第45話 恨み続けて
ジキルの話を聞いた後、一行の緊張は一気に解けた。目の前の「悪魔」への殺意から、あの日海に消えた彼が生きているかもしれないという希望が胸をいっぱいにしたのだ。
「キミたちはボクの助けなんて借りたくないと思うけれど……できることがあったら言っておくれ。財産も、命も、全て捧げよう」
「それはハイドが戻ってきたら、あいつに捧げてくれ。命はいらねえと思うけどな」
「そうだね。ボクがボクでなかったとはいえ、あの子をボクの研究に利用しようとしていたことは確かだ。時が戻せるのならば、あの子と普通の義親子関係を築きたかった……なんて、いやだよね。ごめんね。本当に……」
ジキルはキョースケを見る。
キョースケはどんな顔をすればいいのか、まだわからずにいた。当然だ。かつて仇だと思っていたハイドはジキルに使われていて、自分自身も掌の上で転がされて、でもそのジキルすらも何かに操られていた。結局、一番空回りしていたのは自分だったのだから。
「キョースケ君、どうかボクのことは恨み続けていて。ボクが罪を忘れないように。だってボクは、ハイドとは違って直接キミを騙したんだから。ボクはしたくないことをさせられたんじゃなくて、もともとしようとしていたことを止めるためのブレーキを壊されただけで」
「………………」
ハイドもそうだった。自らの罪を認め、キョースケに刺されたことを受け入れた。ジキルもそうだ。そしてキョースケもまた、ジキルに騙されていた自分が他の皆……特にアドムに許されないことを受け入れていた。だから、ジキルのことは嫌いだが、今こうして彼がしゃがんでキョースケにかけた言葉に込められた気持ちは、誠意は、よくわかる。
結局のところ、この世界はそういう風に連鎖していくのかもしれない。
「……わかった、恨むよ。お前がヒノモトを本当の意味で救ってくれるまで」
「…………うん。必ずヒノモトを守る。もう二度と、負けないからね」
ジキルは微笑んで、立ち上がる。
「テオドール君、キョースケ君、ニコラウス君、アリリオ君、アドム君……もし、もしもハイドを見つけても、ボクのことは話さないで。『ジキル・ロルバッハ』という悪魔は死んだと伝えてほしい。きっとあの子はボクのことすらも許そうとするから」
「は、わかったような口利きやがって。てめえにハイドのことはわかんねえよ。ハイドがてめえを救いたいなら俺らにもてめえにも止める権利はねえんだ」
「……ああ、そうだね。またボクは間違えたみたいだ」
力無く笑うジキルを背に、テオドールは歩き出した。
ハイドを探しに行かなければ。ツィトリンの所持者を見つけなければ。これまでの旅の証が繋がり、大きく前に進んだ気がする。
「じゃあな、ジキル・ロルバッハ。また必要になったら来てやるから、せいぜい自分のケツを拭くのに忙しくしとけ」
それが、テオドールにできる精一杯の敵討ちだった。
少しだけ早歩きで、小屋を離れる。月明かりが眩しい。まるで最初は警戒していたハイドを再び旅に誘った、あの日の月と同じ。
視界がにじんで地面がうまく見えない。小屋が小さくなったあたりで、テオドールはしゃがんだ。
「……っ、う」
希望が涙になって、ヒノモトの土を濡らす。
「テオ……」
「アメテュスト」
ニコラウス、アドム、それからアリリオとキョースケがうずくまるテオドールの背にそっと手を添える。
友達……親友を助けられなかった後悔。自分の選択が間違っているかもしれないという不安。また誰かを失うことになってしまったらという恐怖。
自分自身でも知らず知らずのうちに押し殺していた感情が一気に溢れ出して、ぐちゃぐちゃになった心がやっと素直になれた気がして、テオドールは夜のヒノモトで泣いた。
ハイドが生きているかもしれない。また六人で揃って旅ができるかもしれない。呪いが解けて、皆で笑いあえる日も目の前に来ているのかもしれない。そんな「かも」が今のテオドールにとってはこの上ない救いであった。
「…………っ、よし」
負の感情はひとしきり吐き出した。呪いではなく、ただの涙という形で。
涙を拭い、立ち上がる。後ろから遅れてエドゥアルトが追いついていた。ジキルと話をしていたのだろう。
ただ事ではない様子の一行を見て彼は慌てるが、テオドールは赤くなった目元で精一杯の笑顔をつくる。
「トクガワ邸に帰ろうぜ。皆、義兄上」
「……うん、テオ」
「そうだね。帰ろうか」
「夜ご飯食べましょう。ワショク!」
「はは、本当にアリリオはご飯ばっかり」
「そう言うちびだってお腹が鳴ってるだろ」
「えっ」
嘘だぞ、とアドムが笑う。
きっと各々、ずっと溜め込んでいたことがあるだろう。不安な感情もあっただろう。
この理不尽な世界でテオドールが学んだことは、踏み出した先に必ず光があること。
そして、その光はわずかであっても必ず温もりをもたらしてくれること。
ハイドが守ろうとした景色が、ハイドを連れて帰ってくる。そんな気がした。
☆☆☆
トクガワ邸。色とりどりの料理を食べながら一行はハイドとツィトリンの所持者を探すための作戦を立てることにした。
「まあ、今までどおり宝石眼所持者を探すしかないよねえ」
「ですね。とはいえほかに行ってないところ……あ! 首都に行ってないですよ! エドゥアルトさんの協力があれば首都にも潜入可能です。旧文明の痕跡は無くても宝石眼所持者を探すだけならありじゃないですか?」
「…………ふ、まあそう焦るな。チャンスは意図していないときに転がり込んでくるぞ」
「アドムが一番焦ってますよね? さっきからお米、掴めてませんよ」
「うるさいぞ、このハシとやらが難しいだけだ」
そう言いながらもアドムはいつもよりそわそわしている。
ハイドが生きているかもしれないという希望は確実なものではない。だからこそアドムは過度な期待をせずに平静を装おうとしているのだろう。だが、抑えきれない期待は隠せていなかった。
「ハシ、難しいけどキョースケの教え方がうまいから割と使えちゃうかも。……とにかく、『デイヴィッド』についての情報も手に入ったね。プレンシアに戻ったらもう一度ナジフの手記で手がかりを探してみるよ。ナジフ、デイヴィッド、セオドア、セシリア……ナジフの手記にセシリアの名前がないのは気になるところだけど、なんせページがいくつか破れてるからなあ」
「うーん、ナジフはアドムと同じ赤い瞳を持ってたんでしょ? ならデイヴィッドはハイドと同じ青? 紫は?」
キョースケが首を傾げる。
セシリアが黄金のツィトリンの所持者なら、紫……アメテュストの所持者はセオドアだろう。
「ジキルの裏にいたのが誰なのかも気になります。やっぱり魔女でしょうか? だから彼、魔法を使えたんですね」
「なんか色々繋がったよな。罪から逃れるための言い訳かと思ったが、こうして考えると最初からおかしかった」
新文明に生まれたのに魔法が使えるジキル。記録に書かれたユートピア計画協力者の名前。
もしかしたら、魔女はずっとテオドールたちを監視しているのかもしれない。テオドールたちが旧文明の真実を追っているのも、魔女の思惑通り……だとしたら、この先に何が待っているのか。テオドールたちとかつてのユートピア計画協力者、宝石眼と魔宝石の関係は何なのか。
ツィトリンの所持者、あるいは彼女に助けられたハイドなら何かを知っているかもしれない。テオドールたちの知らない情報、あるいは……テオドールたちの仮説を全て覆すような何かを。
読んでいただきありがとうございます! これにて三章・柘榴石の章は完結です。
ここから宝石眼と旧文明の真実が暴かれていきます! あと33話、お付き合いしていただけますと幸いです。
ブックマーク、評価、リアクションなどしていただけると大変励みになります! よろしくお願いいたします!
タラノリオ(2026.8.21)




