第43話 考察
ヨシダの口から出てきた名前は、まさにケインズ家の壁に刻まれていた名前だった。テオドールたちはエドゥアルトのところ……トクガワ邸の客間へ戻ってきて、早速情報を整理することになる。
「デイヴィッド、ナジフ、セオドア、セシリア……セシリアっつーのは壁には無かったよな?」
「じゃああれ、セシリアさんが書いたんじゃないですかね? ケインズの家ってことはセシリアさんのおうちでもあったわけでしょう?」
「ってことはさ、ケインズ家が途絶えた時の双子っていうのがセシリアとセオドアってこと?」
デイヴィッド……は、まだわからないことが多いが、ナジフの生まれ変わりはアドムだとされていた。そして、ニコラウスが研究に使っていた手記を書いた人物。セオドアはニコラウスがかつて出会ったツィトリンの所持者らしき女性が探していた名前。セシリアはおそらくケインズの家の壁に血のにじむ文字を刻んだ人物。そこまでの情報は整理できた。
「……ねえ、僕の考えを話しても良い?」
キョースケが小さな手を挙げる。
「おう、言ってみろ」
「ありがとう。僕は皆よりも直近で宝石眼の情報を教えてもらってるから、整理しやすいかなって思って……それで、ニコラウスが昔会ったツィトリンの所持者はセオドアを探してたんだよね?」
「うん」
「ケインズ家が途絶えたのって双子の代だよね?」
「おう」
「…………ニコラウスが出会ったのって、『セシリア』で…………『セオドア』は双子の弟なんじゃないかって……」
なるほど、キョースケの主張は一理ある。キョースケの弟、春介もキョースケを探そうとしていた。離れ離れになった兄弟を探していたとしたら、「セオドアのところへ行かなくちゃ」という言葉も理解ができる。
血でにじむまで名前を書き刻んだのも、忘れたくないという執念だったのかもしれない。
「とにかく、単に会いたかったのか、それこそ……実は裏切られたとかなのかはわからないけど、ありえない話じゃないよね?」
「なるほど、じゃあ俺が会った彼女の名前はセシリア……なるほど、彼女の言っていた『セオドア』とケインズの家やヨシダさんの話の『セオドア』が同一人物ならありえる話だ。それに生の呪いの所持者なら旧文明から生き続けていてもおかしくはない。でもセオドアはどこに?」
「うーん…………」
今のところの考察では、ニコラウスが過去に出会ったツィトリンの所持者が「セシリア」、その弟が「セオドア」、そして二人はケインズ家の最後の人間……そこまでしかわからない。
「ま、直接会えば全部解決だ。引き続きツィトリンの所持者を探そうぜ」
「そうだね。彼女に、また会えるかな……」
ニコラウスがふっと目を細める。すべてを覚えていなくとも、彼にとってツィトリンの所持者との時間は大切なものだったことに間違いはないのだろう。
ヨシダはまた旧文明生まれの人間であるがゆえに、魔法を使うことができた。本人は長い時で魔力を消耗して、新たに生み出すこともできないから残りカスのようなものだと言っていたが、その魔力でテオドールとアドムの宝石眼を見てくれた。
『これはこれは……単なる魔宝石とは異なる、追加条件がありますな。安心しなされ、悪いものではございませぬ』
「……追加条件っていうのが、加護のことなのか? ツィトリンの所持者がつけてくれた可能性はあるよな」
「ああそれ、宝石眼が加護の性質を持ってるって話ね。アドムに言われるまで気づかなかったよ。固定観念ってよくないね」
ニコラウスですらこの性質に気が付かなかった。最初にアドムから聞いた時、テオドールだって耳を疑った。宝石眼は所持者とその周囲に害をもたらす、苦痛の種だと思っていたからだ。
しかしよく考えればアドムの言った通り「所持者の強い負の感情に呼応する」というのは見方を変えれば所持者を守っているようにも思われる。
「……でも不思議なのは、あの時……イグリシアから帰る船で、加護の性質がまったく発動しなかったことだ。ハイドはまだしも……俺やアドムは、強い怒りと、悔しさと、恐怖を感じてたっつーのに」
「!」
アリリオが思い切り立ち上がり、机に膝をぶつける。
「いたっ……ごめんなさい、揺らしました。でもわかりましたよ! それですよ! ジキル・ロルバッハ…………彼、魔女と繋がっていたのでは?」
ジキル・ロルバッハが魔女と繋がっていたのだとしたら。魔女の魂を取り込むなど、魔力源として魔女の力を手に入れていたのならば。
宝石眼が実験で苦しむハイドを守ろうとしなかったのも、船上で誰もジキルに反撃できなかったのも、旧文明の人間であるジキルがアリリオよりも魔法を使いこなしていたのも、説明がつく。
「……なるほど、あいつは魔女側か」
「だから平気でヒドウなことができるわけだな」
「ね、説得力あるでしょう。ロルバッハについて調べてみましょう。あんなやつ見たくもないかもしれませんけど……でも、あいつが重要な手がかりを持ってるはずです!」
「………………ジキル・ロルバッハか」
キョースケがうつむく。
キョースケにとって、最も憎むべき相手だ。自分のしたことは棚に上げ、キョースケのハイドへの復讐心を煽り、使い捨ての駒のように扱った。
「……僕、怖いんだ。あいつはなんだか生きてるような気がして」
「……」
ジキルが魔女の力を持っていたのならば、生きている可能性は大いにある。だとしたらハイドの犠牲は無意味なものだったのか? いや、テオドールたちが今こうして真実に近づき始めている以上、彼のしたことは決して無意味ではない。
ジキルが生きていたら、テオドールはおそらく許すことができないだろう。それこそ、殺してしまうかもしれない。それくらい嫌悪感があった。
「……ちび、おまえの予感はあっているかもしれん」
「アドム! 何か知ってるのか!」
「よく考えろアメテュスト。あやつは腐っても公爵家……その当主だ。死んだりユクエフメイになったりでもすれば、新聞に載るはずだ。帝国の一大ニュースになるだろう。……そしてそれが、無い」
全員が言葉を失った。
ジキル・ロルバッハが…………あの悪魔が、生きている。
今も平然と、ロルバッハ邸で実験をしているのか。孤児院や医院で善人の面をしているのか。
「吐き気がする。もし本当なら……」
「ジェンティに聞いてみようよ! ロルバッハのことなら詳しいはずだよ」
ニコラウスのひと言でやっとテオドールは我に返った。
確かに、ロルバッハの医院を買い取ったアーラファミリーならロルバッハの現状も知っているかもしれない。いや、もしかしたらもともとジキルに「用済み」とされた医院は放置されていて、一方的にアーラが買い取ったのかもしれないが。
とにかく、連絡してみる価値はある。今のところわかっていることも共有しておきたい。
連絡石を取り出した、その時だった。
「テオ! 皆!」
客間の「フスマ」が勢いよく開き、トクガワ伯爵と話していたはずのエドゥアルトが慌てた様子で何かを持ってきた。
「新聞? まさか」
ジキル・ロルバッハが死んだという報道か?
だとしたらどうしてエドゥアルトはこんなに慌てているのか。もちろん、ロルバッハの当主が海の底で見つかったとなれば事件性を疑われるだろう。そうなったときにリーフェンシュタール家の船の部品などが出れば、リーフェンシュタールにも疑いがかかる。だから慌てているのだと言われればそれまでだが、エドゥアルトの顔は焦りと同時に混乱を浮かべていた。
手渡された新聞を五人でのぞき込む。
『ロルバッハ公爵、突然の爵位返還』




