第42話 旧い記憶
医院を出て、モウリ男爵家へと向かう。博俊も春介もテオドールたちを笑顔で見送ってくれた。もうひと月したら、彼らも退院らしい。村の復興が終わったらぜひ来てくれとヴァイスヴァルトを示した地図を渡しておいた。
ヨシダトラスケに会うのにリーフェンシュタールの名前をあまり無闇に使うのも良くないのかもしれないが、エドゥアルトはヒノモトに着く前に「何かあったら僕の名前も出しなさい」と言ってくれた。何より、リーフェンシュタールの次男……エドゥアルトの弟を名乗れることが、テオドールには嬉しかった。
「トラスケさんってどんな人なんだろう? キョースケ知ってる? ……って、まだ泣いてるの?」
「だってぇ……」
「あはは、でも本当に良かったですね。……ハイド、あの人のしていたことも報われたみたいで嬉しかったです」
「うわあぁ、ハイドぉ……」
「ブシのくせにいつまでも泣くんじゃないちび」
アドムに一喝され、キョースケは涙を拭う。
ハイドが被害者をロルバッハの……実験場ではない医院へと運んだ。それはこうしてキョースケと家族を再び繋ぐ鍵となった。
キョースケにとってはこれほど残酷なことはない。だが、同時にハイドという人間の底なしの善性と優しさの証明は一行の中に温かな涙をもたらした。
「まったく、ザフィーアのやつ、本当に……」
「あいつらしいよな」
どこまでも利他的で、最期もテオドールたちのために散った。ネリネの花束は分けられて、今でもそれぞれの部屋の花瓶で咲いている。
キョースケの家族が生きていた。ならば、ハイドだって生きていても良いのではないだろうか。あの海の何処かで、生きていたら……なんて、テオドールは現実逃避の妄想をする。
「な、アドムさ、もしもハイドに会えたら何て言う?」
もし、もしも、ハイドが生きていたら。気づけなくてごめん、守ってくれてありがとう、そういう言葉をかけたいのは当たり前だが、一発くらいは引っ叩いてやりたいと思う。もちろん、軽く。
その名前のごとく全部隠して、全部抱えて、全部守って、海に消えた。なんて自分勝手なんだ、と。それから、皆お前がいないとまともに食事もできねえんだ、と。お前のこと忘れるわけねえだろ、と。
なんて、叶わない夢。
それでも、一度だけで良いから話をしたい。言葉を交わしたい。あの時、名前を叫ぶことしかできなかったから。キョースケの母親が魂だけで現れたように、ハイドの魂も何処かに存在してくれていたら。それで話ができるのなら、死の呪いも悪くはないのかもしれないとすら思ってしまう。
「阿呆、ザフィーアはもういない。……だが、そうだな。こういう時くらいアメテュストのモーソーにつきあってやる」
「……ありがとな」
「ふん………………おれは、身体の具合はどうかと聞きたい。苦しくないかと。それと、おれはまだおまえのキョーハンシャでいても良いかとな。まああやつのことだ、実際どうであれ全部『うん』と言うだろうが」
「はは、言いそう」
テオドールが笑う。
「それと……おれは生まれ変わりなど信じていない。おれ自身がナジフの生まれ変わりだというのも信じていない。だが、ザフィーアが何処かで生まれ変わっているのなら、今度は罪のイシキもロルバッハでの苦しみも無く、ただ幸せであることを祈っている」
ふ、とアドムもまた笑った。
過去の苦しみよりも、未来の幸せを祈ること。ナガト村でのことは、テオドールたちに大きな希望を見せてくれたような気がした。
「……で、モウリの家はここか」
ヒノモトの権力者の住まいは独特だ。何といえばいいのだろうか、プレンシアの屋敷とはまた違った「ごつさ」がある。石造りだからそう思うのだろうか。男爵家……すなわち公爵家よりも立場上は下であるはずなのに、少し緊張してしまう。
「リーフェンシュタール公爵家の次男、テオドールだ。モウリ男爵に用がある」
「リーフェンシュタール公爵家!? 四大公爵家の……ああ、その家紋、まさに……! 少々お待ちください!」
門番は顔を青くして走っていった。それから、すぐに戻ってくる。
「はあ、はあ……どうぞお入りください! モウリ様がお待ちしております!」
息を切らして門番はテオドールたちを中へと入れた。門を抜けると芝が広がって、池には鮮やかな色の鯉が泳いでいる。
石畳の道を進んで行き、建物の中に入ると中年の男が床に座っていた。その手前に綿の詰められた布が五枚置いてある。
「このようなところにお越し下さりありがとうございます、リーフェンシュタール公爵御一行。毛利男爵家現当主の敬之と申します。どうぞお座りください」
「リーフェンシュタール公爵家次男のテオドール……です。モウリ男爵、はじめまして。突然来てすみません。ここにヨシダトラスケという人はいますか」
「吉田ですか。どうしてまた……」
「聞きたいことがあるんです」
モウリは部下を呼んで、ヨシダを呼んでくるように伝える。その間に茶も運ばれてきた。コーヒーとはまた違った苦みに一瞬テオドールは舌を引っ込めるが、ついてきた菓子と一緒に飲むと渋みも美味しく感じた。
奥の方から老人が出てくる。いくつなのかはわからないが、その足取りはしっかりとしていた。
「あんたがヨシダさんか……ありがとうモウリ男爵」
「いえ、とんでもございません。ヒノモトの復興を支援してくださっているリーフェンシュタール公爵家のためでしたら。私は席を外しますゆえ……何かありましたら、なんなりと」
どうやらモウリ男爵は話のわかる人間のようだ。部屋の使用人も全て退席させてくれた。
部屋にはテオドールたちと、ヨシダが残される。
「吉田虎助と申します、リーフェンシュタール公爵様。貴方がたは……旧文明について聞きに来られたのですかのう」
「!」
「ほほほ、この老いぼれがお役に立てるのでしたら何でもお教えいたしますわい……ああ、皇帝陛下。貴方様の月のような銀の光は未だ輝き続けているのでございますな」
「……先祖を、知っているんですか」
アリリオを見て、ヨシダは昔を懐かしむように目を細めた。
「よく存じ上げておりますとも。儂も旧文明生まれ……今年で百二十になります。皇帝陛下は帝国の光でございました。理想郷計画も、魔女さえ現れなければ……」
「その、理想郷計画っていうのは」
「ええ、魔宝石に民の苦しみを全て注ぎ、苦しみの無い世界を作るというものでした。儂は旧帝国軍の軍師の一人でしたからのう、成功すれば永遠に帝国を守ることができると期待しておりました。しかし魔女の出現で全ては無にかえった……悔しいことでした。しかし……皇帝陛下の子孫たる貴方様の前で申し上げることではないでしょうが、今考えれば、最初から永遠なんて無かったのでしょう」
テオドールはヨシダに宝石眼について話をした。理想郷計画……ユートピア計画で使われた魔宝石に由来する呪いが、テオドールたちにかけられていること。アリリオが預言で宝石眼の所持者を集めるよう言われていたこと。魔女と対峙することになるかもしれないこと。
「……なるほど、そういうことでしたか」
「俺たち、宝石眼は人を容れ物にして魔宝石と同じ効果を発動してるって考えてるんですけど……旧文明の魔宝石も、人を容れ物にする必要があったんですか?」
ニコラウスの問いにヨシダは首をゆっくりと振った。
「儂は魔宝石を見たことはありませぬ。魔宝石を見ることができたのは皇帝陛下と……計画の協力者だけでした」
「計画の協力者?」
「ええ、何でも魔宝石を覚醒させるためには膨大な魔力が必要だったようで。帝国の中でも生まれつき魔力の高い者が魔宝石の数に合わせて四人の協力者となっておりました」
「! そいつらの名前覚えてるか?」
テオドールは勢いよくヨシダに尋ねた。
四人の協力者。もしかしたら、テオドールたちの知っている名前が出てくるかもしれない。
果たして、その予想は正しかった。
「確か…………ラザフォード家から一人、ムハンマド家から一人、ケインズ家から二人だった気が…………デイヴィッド、ナジフ、セオドア…………あと一人は何だったか………………ああ、セシリアです。儂は四人とも直接見たことはありませんが」




