第40話 魂の帰郷
ヒノモト地区。厄災からの復興が遅れているという小さな地区。
……と、言われている割には随分と綺麗だった。開発の進んだプレンシアとは違う景色が広がっている。山々には柔らかい緑と鮮やかな緑が入り交じる斑模様。キョースケは「この時期だと山滴る、かな」と教えてくれた。
ヒノモトの表現は独特だ。虫の音も「声…と言うらしい。プレンシア育ちのテオドールにはよくわからない感覚だったが、何とも言えないしみじみとした表現で、嫌いじゃない。
「さ、手続きは終わったよ。僕はまだトクガワ伯爵と話をするから、君たちは行ってらっしゃい。何かあったら連絡石で教えてね。暗くなる前にここに戻ってくるんだよ」
「うん、わかった」
エドゥアルトと別れて、一行は西の村へと向かう。キョースケの故郷、ナガト村へ。
「この辺からモウリ男爵領だよ。でも僕の村はもっとあっち……西の果てだから、あの時も気づいてもらえなかったんだよね」
だからこそロルバッハ卿は「実験台」に選んだのかもしれない。ハーグリアでも中央駅から随分離れた、あまり人目につかないような村を選んでいた様子だった。
「汚えやつだよな、ジキル・ロルバッハ」
「本当だよね」
「…………」
アリリオが静かに、しかし何かを考えている様子で立ち止まる。
「どうした皇子?」
「……いえ、ロルバッハ卿で思い出したんですけど……今更ですが彼、どうして魔法を使えたんでしょう」
「そりゃあお前、研究の成果だろ」
「…………研究でどうにかなるんですか? ちょっとした魔法ならまだしも、俺よりも魔法を使いこなしていたんですよ?」
アリリオは旧文明時代の皇家の子孫だ。そしておそらく旧皇家はずっとその血に継承された魔法の力を守ってきた。だから、魔法が使える。
しかしよく考えればそれもまたおかしな話だ。アリリオが魔法を使えるのならば、ムハンマド家の人間だって使えるはずだ。ナジフは旧文明時代の人間で、ムハンマドはその血を引いているのだから。そんなことを言っていたらキリがない。そもそも四大公爵家自体が旧文明時代の人間の生き残りから始まっていて、血の濃さだってある程度は保っているはずなのに。
「ロルバッハはそんなに血が濃いんですかね……?」
「……いや、アリリオの疑問は正しいよ」
ニコラウスがそう言う。
「そもそも、なんで魔法が使えなくなったのか……それは厄災において旧文明が滅ぶと共に帝国の魔力が全て魔女に奪われたからだ。前に行ったでしょ。石炭からエネルギーが取り出せないみたいなものって。今の帝国にはエネルギーごと無いわけだ。無いエネルギーを使うことはできない。じゃあ何を使ってるかって言うと……帝国じゃなくて、個人の身体に蓄えていた魔力ってことになる。それで、生命っていうのは環境にある粒子からできているから」
「あー! わかりにくい! わかりにくいんだよニコラ! もっとわかりやすく言ってくれ! 端的に!」
ニコラウスの長話が始まりそうになったことを察したテオドールが叫ぶ。助け舟を出したのはキョースケだった。
「僕、わかったよ。簡単にいうと、新文明に生きる僕らの身体は魔力の無い環境で生まれたものだから魔力を持っていない。ジキル・ロルバッハも新文明で生まれた人間である以上魔力を持っていない。だから、魔法をつかえないはず。じゃああいつはどこから魔力を持ってきたのか? 自分の身体にも、環境にも無いはずなのに……って話でしょ」
「そう! それそれ! キョースケの方が俺よりも説明が上手だし賢いね」
キョースケのおかげで、テオドールもやっと理解した。つまり、どんなに旧文明の人間の血が濃くとも、身体が新文明下で生まれた以上は魔法が使えないはずなのだ。
「ん? じゃあなんでロルバッハは魔法を使えたんだ?」
「だから、それを聞いてるんです。なんなら俺だってどうして魔法が使えるんでしょうか?」
「考えられるのはどこかに魔力源を隠し持ってるってことだね。アリリオは……そういえば、前に預言がどうのこうのって言ってたよね」
確かに、ネイプルで出会った時、アリリオは預言でテオドールたちと出会うことを知ったと言っていた。その預言が先祖の残した魔法かもしれない、とも。先祖が膨大な魔力を蓄積して、どこかに残しておいた可能性は大いにある。
「まあ、ヴァイスヴァルトだって魔法が残っているわけだからな。案外魔女もすべての魔力は奪いきれてないのだろう。ならば魔力源が残されていてもおかしくはないな。ロルバッハがそういった遺物を手に入れていたカノウセイもある。考えたくないが、ザフィーアの力を無理やり別の何かに蓄積したということも……」
「最悪だ、どこまで非道なんだよあいつ!」
「が、本来適さないはずの魔力をあれだけ好き放題使っていたんだ。ロルバッハが死ぬのも時間の問題だったのかもしれんな」
ハイドがかつて言っていたように本来新文明生まれの人間は魔力に適応するのが難しいはずだ。その理由がおそらくニコラウスの言ったように『本来身体に魔力を蓄えていないから』だろう。
「…………何なんだろうな、旧文明で起こったことの意味って。魔法って、呪いって……」
人間の苦しみの容れ物である魔宝石。それと同じ力を持っていたのならば、その苦しみを魔力に変換するための装置こそ宝石眼とその持ち主なのかもしれない。魔女は自らが魔力を奪った世界で、一体何をしたいのだろう。
そんなことを話していると、ナガト村に到着した。
「……あんまり変わってないなあ、僕が飛び出したときと」
「探そうぜ、お前の父上と弟」
「うん」
キョースケがここを飛び出していってからも、整備はされなかったのだろう。しかし時は残酷だ。腐った身体では顔もわからない。
「……」
「何か身につけてたものとかねえの?」
「……春介は、僕があげた貝殻をずっと持ってた。父上は、母上の形見の櫛。でも、ここにはないみたい」
この辺りに倒れている遺体の中に、キョースケの家族は見つからないらしかった。
「俺、向こうの方見てみる」
テオドールは少し離れたところへと早歩きで向かっていく。キョースケの家族を、何としてでも見つけてやらなければならない。会えないままではあまりにも可哀想だ。
何か手がかりがあれば。そう思って何もない道をどんどん進んでいくと、かなり離れてしまったみたいだった。振り返ってもニコラウスたちの姿が見えない。
「やべ、離れすぎた」
「………………もし」
微かな声が聞こえて、テオドールは思わずびくりと跳ねた。
人だ。人が声をかけてきたのだ。上品な「キモノ」に身を包んだ、長い黒髪の女性だった。
「! あんた、ナガト村の生き残りか⁉」
「…………外のお方」
テオドールの問いに、女性は答えなかった。何やら訳ありなのだろう。テオドールは静かに彼女の言葉を待つことにした。
「あの子……あの、黒髪の、小さな子」
「キョースケを知ってるのか?」
「キョースケ…………恭介。貴方はあの子の、お友達ですか」
「…………ああ。友達で、仲間で……もしかしてあんた」
キョースケの母親か?
テオドールはそう言いかけたが、キョースケの話を思い出した。母親は幼い頃に、亡くなっていたのではなかったか。
テオドールの疑問に答えるように、女性ははらはらと涙をこぼす。
「恭介。私の子。あの子は独りじゃないのですね。良かった……」
「テオー! 何してるの! あんまり遠く行ったら逸れるよ!」
女性の言葉を遮って、ニコラウスが叫ぶ。走ってきた彼はまるで女性のことなど見えていないかのように不思議そうに言った。
「どうしたの、一人で立ちすくんで」
「は? だって、ここに」
テオドールが女性に手を伸ばす。その手は虚空を掴んだ。ふと見れば彼女の足元は透けている。
ああ、これが、この地に残った魂というものなのかもしれない。なんとなく……それはテオドールが「死」に呪われているからか、とにかくそんな考えがふと頭に浮かんだ。
「…………あの子を、よろしくお願いします。どうか私の代わりに、導いて……」
それだけ告げて、女性は消えていった。
ニコラウスが何かに気づいたように、先ほどまで女性のいた場所にしゃがみ込む。
「ねえテオ、これ」
彼が拾い上げたのは、花の模様が彫られた木の櫛だった。
テオドールは目線を遠くにやる。少し向こうに、ボロボロの建物が見えた。
「…………『ロルバッハ家支援・サクラ医院』」




