第39話 故郷
宝石眼の正体。ツィトリンの所持者の居場所。少しずつ何かが紐解けていくような気がする。でもまだ足りない。欠けたピースがどこかにあるはずだ。
それを探すために、次の目的地を決めなくては。
「プレンシア、ネイプル、ハーグリア、アラブリア……イグリシア。どう考えたって怪しいのは危険区域の雪山だが、もし魔女がいて、ツィトリンの所持者とも合流できてねえうちに直接対峙なんてことになったら困るよな」
「そもそも侵入するのも難しそうじゃないですか? というかあそこ、何で危険区域なんでしょう?」
「帝国学校の先生に聞いたことあるけど、すっごい無理やりはぐらかされたなぁ」
「ってことは旧文明関係なんじゃないですか?」
「俺もそう思う。でも警戒されすぎだよね、さすがの俺だって命は惜しいよ? いくら旧文明関係でも命知らずに突っ込むなんてしない……はず」
「いや、死の呪い持ってる人間に突っ込んできただろお前」
ニコラウスは頭脳派に見えてかなりの行動派だ。始めて会った時だって、彼は呪いを発動させていたテオドールに問答無用で近づいて気絶させたのだから。あの距離なら少しくらいは呪いが効いていたはずなのに。
あるいは、もしアドムの言った通り宝石眼が加護の性質を帯びていたのならば最初からニコラウスが敵ではないと認識していたのだろうか?
「とにかく、雪山は駄目だね。他に行ってないところ……」
ニコラウスはキョースケを見た。
「…………ヒノモトにはまだ行ってないね」
「そうですね、でも厄災復興のために人の出入りに規制がかかっていた気が」
「関係者以外は、だよ」
穏やかな声が頭上から降ってくる。テオドールが見上げると、そこにいたのはエドゥアルトだった。
「義兄上」
「やあ皆、お疲れ様。次の目的地はヒノモトかい? なら僕も同行して良いかな」
「ほう、旦那がか」
そういえば、リーフェンシュタール家はまさにヒノモトの復興支援を始めたところだ。もしエドゥアルトが同行して、復興支援のための人手としてテオドールたちがヒノモトに入る形になれば、規制についての問題は解決だ。
「僕もヒノモトの様子を自分の目で見ておきたい。もちろん現地では別行動で構わないからね。君たちは魔女について調べないといけないだろう。ヒノモトには長生きの人も多いから何か重要な情報が得られるかもだよ」
「エドゥアルトさん…………」
キョースケが立ち上がって、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。その、ヒノモトのこと、気にかけてくださって」
「約束しただろう、できることはするさ。早速トクガワ伯爵に話をつけておこう。また来るよ」
トクガワ伯爵家。ヒノモト地区の管理を任された伯爵家だ。ヒノモトはトクガワ伯爵家の下でいくつかの男爵家が村々を管理する形での運営になっている。キョースケのいた村がどこの男爵家に管理されていたのかはわからないが、復興の目処は立っているのだろうか。
「な、キョースケ。そういえばお前の話あんまり聞いてなかったな。話したくなかったら良いんだけどさ、お前の住んでた村に何かできることねえかなって思って」
テオドールがそう言うとキョースケは驚いた様子で何度か瞬きをして、それから静かに座り直した。
「……僕の住んでいた村は、モウリ男爵の管理下にあった」
ヒノモトの西の方ね、とキョースケが付け加える。
モウリ男爵の管理下の土地の中でも、キョースケの住んでいた村は小さな村で、豊かなところとは言えなかったが、それでも幸せだった。
☆☆☆
母は彼が幼くして亡くなり、共に住んでいたのは父と弟。
決して裕福な家ではなかったけれど、ヒノモトノという小さな地区の中のひとつの村で、キョースケ…伊藤恭介とその家族は幸せに暮らしていた。
「兄ちゃん!」
弟、春介はいつも恭介のあとをついていき、恭介と常に一緒にいた。恭介はそんな春介を可愛がり、大切に守ろうとしていた。
春介を守るために、剣の稽古をして幼いながらに村で一番の剣士と言われるまでになった。
春介を守るために、ひたすら学んで神童と呼ばれるまでになった。帝国学校に行きたかったけれど、ヒノモトの出入り規制でできなかった。だから、少し遠くにある私塾で勉強することになって、彼は少しの期間家を出た。
全ては、弟を守るため。
この平凡な日々を、守るため。
強くなれば、賢くなれば、きっとどんなものでも守れる。そう思っていた。
甘かった。
強さも賢さも、呪いの前では無意味だった。
恭介が帰省した時、ロルバッハの実験により村は悲惨な状態になっていた。
「……!?」
異様に静かな村。誰かが倒れている。恭介が近づくが、その人はもう息をしていなかった。向こうでも、その向こうでも、誰も返事をしない。
おかえり、と。
ただひと言、笑顔で出迎えてくれることだけを望んでいた。
脳裏に浮かぶのは他の村で起こったという小さな厄災。そしてその厄災の時、海の目をした男が現れるという噂。
自分の村でまで、こんなことが起こるなんて。
転がってる死体、異臭、廃墟。生きている人はもういない。自身の家族の遺体を見つけることすらできずに、恭介は一人閑散とした村を飛び出した。
☆☆☆
「それから、僕はハーグリアとの貿易船に乗って密かにヒノモト地区を抜け出して、西へと向かった。プレンシアまで来たときに、テオドールたちと……ハイドを、見つけた。アラブリアに行くところだったみたいだから、尾行した。様子を見ていて、仲間として同行したほうが行動しやすいと思ったから、わざとアドムに見つかった」
プレンシアからアラブリアまでは、ジェンティア率いるアーラファミリーの中の一人が護衛としてついていたはずだ。キョースケはかなりうまくやったのだろう。神童と言われただけあって、状況判断能力は的確だ。
キョースケは言い切ってから、うつむいた。
「それで……」
そこから先を、テオドールたちは知っている。口を開いたのはアドムだった。
「……ザフィーアのことを知り、ロルバッハの罠にかかり、アラブリアまで来ておれたちについてきたのか」
「……うん。僕は、自分の故郷が大変なことになっているときに、何もできなかった。そのあげく、ロルバッハの言うことをあっさり信じて、ハイドのことを信じることができなかった」
馬鹿だよね、とキョースケは笑う。その表情がひどく痛々しく見えた。
それは小さな子どもが背負うには、あまりにも重いものだ。
「同情してくれとは言わないし、だから許してとも言えない。でも、もし、ヒノモトに行くなら……僕の村に、故郷に、もう一度」
「行こうぜ」
キョースケの縋るような言葉に、テオドールはほとんど重ねるようにそう言った。
行かない理由なんてない。何か手がかりがあるかもしれないから、ではなくキョースケという一人の仲間の、本当の仲間の故郷に、今からでもテオドールたちにできることがあるのならば。
「お父さんと弟君も、ほかの人達も、ちゃんとした形で弔ってあげよう」
「今からでも遅くないですよ。貴方の故郷で、貴方の家族なんですから……行きましょう」
「……ちび、このおれがおまえ以外の生き残りも探してやる」
ニコラウス、アリリオ、アドムも口々に言った。
ハイドだってきっと、キョースケの故郷へ行くと聞いたら何かできることをしたいと言うだろう。
「じゃ、決まりな。行こうぜ、ヒノモトに」
また、海を渡ることになる。
でも、今度はキョースケは無邪気な子どもでも恐ろしい復讐者でもない。彼は重い過去を背負った一人の「キョースケ」という人間だ。エドゥアルトだっている。
二度と、あんな悲劇が起こらないように。安全に旅が終わるように。
ハイドの願った幸せな結末のために、テオドールたちはまた歩き出す。




