第4話 公爵家の陰謀
「テオ? ジェンティ、テオが」
「え?」
ニコラウスはテオドールが突然いなくなったことに困惑し、辺りを探し出した。こんな急にいなくなるなんて、と呟くその声は震えている。
ただはぐれたわけではないのはすぐに分かった。
「テオ……テオ! どこにいるの!」
「落ち着いてニコラさん、もしかしたら黒マフィアかもしれません。最近この辺りをうろついていましたから……それにテオさんは綺麗な方です。黒マフィアは綺麗な女性を好みますから」
「テオは女の子じゃないのに!」
「そうだったんですか!? てっきり口調の荒い女性なのかと」
おそらくこの会話をテオドールが聞いたら怒るだろう。が、今はそんなことを言っている場合ではない。
ジェンティア曰く、黒マフィアはネイプルにいる暴力団のことで、盗みや誘拐に関わっているらしい。時に人身売買に手を出すこともあるのだとか。とにかくそんな危ない連中にテオドールが攫われたかもしれないとなるとニコラウスは冷静ではいられない。
「どうすれば」
「大丈夫、私がなんとかします」
そういい切ったジェンティアの目は、ただの少女とは思えないほどに鋭かった。
☆☆☆
テオドールの意識が再び浮上したのは薄暗い部屋だった。手足が拘束されており、捕まったのだろうということはすぐにわかった。
「……誰だ、お前」
「お前に名乗る名前はない。おとなしくしろ、アメテュストの所持者」
「 !」
アメテュスト。テオドールにかけられた呪いの源となったであろう魔宝石の名前だ。
なぜその名前を知っている? そもそも、この拉致も宝石眼を狙ったものなのか?
聞きたいことは色々とあったが、ここで焦ってしまってはまたあの現象が起こるだろう。焦ってはいけない。とにかく冷静に、テオドール自身が呪いに飲まれないように。
「俺を殺すつもりか?」
「まさか。生け捕りにしろとの命令だ」
命令、ということはつまりテオドールを攫えと指示した誰かがいるということだ。その人物なら宝石眼について何か知っているかもしれない。
いっそこのままおとなしく攫われるのもありなのかもしれないが、テオドールにはニコラウスという同行者がいる。彼はテオドールを心配してくれるだろう、なんとかして逃げて、追及するならその後だ。
とは言っても、どうやって逃げようか。
「ここは、どこなんだ?」
「それをお前に教えることは、俺たちにとって不利な話だ」
「……じゃあ、ここがネイプル地区の中かどうかだけでも教えてくれ」
「ネイプルに決まってんだろ、短時間でそんな遠くまで来れるかよ」
ということは、ニコラウスたちといた水の都からさほど離れてはいないはずだ。時間もあまり経っていない。
まずはこの部屋を出なければ。そのためには拘束を解いて、この見張りの男の気を何処か別のところへ逸らさなければ。
なんとか考えるテオドールだが、考えれば考えるほどわからなくなっていく。下手に刺激をしてもいけないだろう。
ただ睨むことしかできないテオドールに、男は笑って近づいた。
「しかし綺麗な顔してるなぁ、姉ちゃん。宝石眼ってのも本当にあんのか。指示は生け捕りってだけだったし……いいよな」
「げっ、やめろ、そもそも俺は姉ちゃんじゃねえ!」
伸ばされる腕に思いっきり噛み付く。男は「いてっ!」と悲鳴を上げたがやめる気はないらしい。
こちらの話を聞いていないのだろうか。それともお構いなしということだろうか。思い切り急所を蹴り上げていいだろうか。
ついにテオドールが拘束された両足を思い切り上げようとしたその瞬間、別の声が聞こえてきた。
「ボス、依頼主からの連絡です」
「……ちっ、おとなしくしてろよ」
見張りの男はこの組織のボスらしい。余計なことをしなくて良かった。テオドールはため息をついて姿勢を戻した。
今のうちに拘束を解くために刃物を探す。這って壁の方に移動し、近くにあった箱の中を漁っていると突然視界が暗くなった。正確に言えば、影になったのだ。後ろに、人がいるせいで。
しまった、と思ったがその声は先ほどの男の声ではなかった。
「暴れないでくださいね」
「! 何を」
バチン、と音がしてロープが切れる。テオドールの手は自由になった。続いて、足も。
「立てますか。時間がない、早く出ましょう」
「お前は……」
「後で名乗りますから」
声の主はフードを被った銀髪の青年だった。よく見ると珍しい銀白色の目をしている。宝石とまではいかないが、雪のように柔らかな銀。
拘束を解いてくれたということは少なくとも敵ではないのだろう。テオドールは言われるがままについていった。
「あ、おい! おとなしくしろっつっただろ!」
「 !」
「まずい」
青年が手を出すと、男の足元の床が爆発した。煙が男を隠す。
「行きましょう」
手を引かれ、テオドールは全力で走った。と、目の前に見知った顔が現れる。
「テオ!」
「テオさん! 良かった……それに、アリリオさんまで?」
「久しいですねジェンティ。先ほどこの人が連れ去られるところを見て、追いかけたんです。ここはおそらくテレーノファミリーのアジト、それから後ろにボスが」
「……わかりました」
テオドールもニコラウスもテレーノファミリーという名前に聞き覚えはなかったが、ジェンティアとアリリオは知っているようで、華麗な身のこなしでテオドールたちの後ろに回った。
いつの間にか、あの男は追いついてきていたようだ。
「お前は……アーラのボスの娘か! 手を出すな、こっちはロルバッハ卿からの依頼でアメテュストの所持者を連れ帰らないといけないんだ!」
「ロルバッハですって? 黒マフィアと繋がっていたの……」
ジェンティアは銃を取り出し、男に向かって躊躇なく撃った。男の首すれすれを弾が通過する。ひるむ男の隙をついて、彼女は男の武器を奪い、後ろから首元に腕を絡めて銃を突きつけた。
「ひっ」
「弱小マフィア」
銃声が響く。男の首から血は出ていなかった。どうやら気を失っているらしい。中身は睡眠薬か何かだろう。
「アリリオさん、他の部下は」
「地下に閉じ込めておきました」
「さすがです……テオさん、ケガはありませんか」
「あ、ああ」
「申し訳ありません。私がついていながら貴方を危険にさらしてしまった」
男を縄でしっかりと拘束してから、ジェンティアが頭を下げる。テオドールは慌ててそれを止めた。ジェンティアのせいではない、むしろ助けてもらったのはこっちなのだとテオドールは言うがジェンティアは申し訳なさそうにするばかりだ。
「こんなんじゃアーラとして失格です……」
「ジェンティは、何者なんだ? アーラって、お前もマフィアなのか?」
先ほどの、テレーノファミリーのボスはジェンティアを「アーラのボスの娘」と言っていた。おそらくアーラというのもマフィアの名前なのだろう。そしてジェンティアはそこの娘。それくらいはテオドールでも察しがついた。
「マフィアには黒マフィアと白マフィアがいるんです。元はどちらも厄災のときに自然発生した自警団なのですが、そのうち犯罪に手を染めだしたのがテレーノのような黒マフィア、警察的な役割を果たすようになったのが私たちアーラのような白マフィアです」
「なるほどな」
「さっさと消しておけばよかったあの弱小マフィア……アジトが見つかったのは良いことだけどまさか一般の人、しかも観光に来た別地区の人を巻き込むなんて」
とはいえ、テオドールは一般の人とは言えないのかもしれない。
テレーノファミリーはロルバッハ卿、つまりロルバッハ家の現当主から要請を受けてテオドールを連れ去ろうとした。魔女と言っていたあたりから、宝石眼に関係のあることなのだろう。しかし気になるのは、彼がテオドールの目を見て攫ったわけではないのであろうことだ。
ロルバッハは、宝石眼に関する何かを知っているのかもしれない。
「とりあえずチェーロに戻ろうよ、ね?」
ニコラウスの言葉で、テオドールたちは早くテレーノのアジトを出てチェーロへと戻ることにした。




