第3話 太陽の街
かくして、テオドールはニコラウスと共にヴァイスヴァルトを出ることになった。もちろん、もう撃たれた足は治っている。
彼にとって、あの森の外へ出るのは数年ぶりだ。最初に着いた街で、テオドールはそわそわしながらニコラウスに声をかけた。
「なあ、目、隠したりしなくて良かったかな」
「うーん、覗き込まなければ大丈夫だと思うけどね。第一、ただ歩いてる人の目なんてわざわざ見ないよ。あいつらはどっちかっていうと、テオが怪しい森に一人で住んでるっていう前提知識で判断したんだろうし。不安ならはい、これ」
「帽子……」
なるほど、影にさえなっていれば宝石の輝きも少しは落ち着く。テオドールはありがたくその帽子をかぶることにした。
ニコラウスは、まずはプレンシア地区を離れて隣のネイプル地区に行くべきだと言った。森での出来事が地区の中で広まるのもそう遠くはないだろう、そうなれば報復がやってくる。あるいは、事実確認として領主がやってくるかもしれない。まだ呪いを解くための行動は始まったばかり、面倒ごとは避けたいところだ。
そうしてやってきたネイプル地区はプレンシア地区よりも温かく、天気も良いことが多い明るい地区だ。石造りの建物が並ぶ街並みと、ポモドーロという果実のような野菜のような食べ物が有名らしい。もちろんテオドールは初めて来た。
「賑やかな街だな」
「プレンシアは割と静かだから新鮮でしょ。さ、宿を探そう」
ここに来るまでの電車賃もニコラウスが払ってくれた。彼はそれなりに資金を持っているらしい。そりゃ帝国学校卒だもんなあ、とテオドールは勝手に納得して、厚意に甘えることにした。
「あそこなんか良さそうじゃない?」
「……『チェーロ』?」
看板にある文字を、テオドールは読み上げた。
「ネイプル語か」
「だろうね」
魔法の発展した旧文明では、それぞれの地区でそれぞれの言語が話されていても通用していた。しかし新文明となってから帝国共通語が定められ、その地区特有の言語が日常で話されることはほとんどなくなった。このような固有名詞や人名には当時の言語の特徴が出ることがあり、魔法の存在しない今は学ばなければその意味がわからない。
帝国学校では語学も教えられるらしい。ニコラウスが嬉しそうに話しだした。
「あれは空って意味だね。ネイプルの人たちは空とか太陽とかが好きなんだよ。あ、この話もっと聞く?」
「いい、いい。宝石眼にゃ関係ねえんだろ」
「それはそうだけどさ」
話し始めたら長くなる。そんな気がしたテオドールはさっさとその宿の扉を開けた。
チリン、と軽快なベルの音が響く。ぱたぱたと奥から少女が出てきた。
テオドールはその少女の目をじっと見てみたが、鏡で何度か見たことのある己の瞳とは輝きが違った。
「こんにちは。何名様ですか?」
「二人で」
「かしこまりました! ついてきてください」
青のポニーテールを揺らして歩く少女に、テオドールとニコラウスはついていく。
「お二人はどちらから?」
「プレンシアだよ」
「まあ、プレンシア! 素敵なところですよね。私、一度行ってみたいってずっと思ってるんです」
「そうなんだ。俺たちもネイプルには初めて来れたんだよ」
ね、と言われてテオドールは慌てて頷く。あまりにも自然に会話が進むから置いていかれそうになってしまった。
「よろしければ案内しましょうか?」
「本当に? 助かるよ」
「もちろんです、私はジェンティア……ジェンティとお呼びください」
「俺はニコラウス、ニコラでいいよ。こっちはテオ」
「ニコラさんにテオさんですね、よろしくお願いします」
花のようにジェンティアは笑う。テオドールよりは幾らか年下だろうが、ずいぶんしっかりした少女だろうという印象を受けた。
「観光でしたら、水の都はおすすめですよ。旧文明時代から続くフェリー文化が人気なんです」
「旧文明時代」
「もしかして旧文明に興味をお持ちですか? 珍しいですね」
ニコラウスの言った通り、旧文明について探求するような人間はあまりいないらしい。かといって、嫌な顔はされなかった。
「その水の都、案内してくれるかな」
「ええ」
ジェンティアから部屋の鍵をもらい、荷物を部屋の中へと置く。全体的に白を基調とした清潔感のある部屋だった。シンプルな家具と絨毯ゆえに、壁にかけられた絵画が目立つ。ネイプルは芸術の街とも呼ばれているんですよ、とジェンティアが言った。
「では、水の都に行ってみましょうか。すぐ近くなので歩いて行けますよ」
「楽しみだね、テオ」
「ああ」
チェーロの近くの川に沿って歩いていくと、湖のように広いところに出た。青く透き通った水。その上を彩るフェリー。ところどころに水が噴き出している部分があり、周りの建物の景色と合わせてまさに楽園のような美しさとネイプルならではの自由な雰囲気を感じられる場所だった。
初めて見る景色にテオドールは息を呑んだ。
「綺麗だな」
「本当に綺麗。これが旧文明時代から続いてるんだよね? ルーツは?」
「それがですね、水運の発展から始まってるんです。もともとネイプルは輸送業で栄えていました。旧文明時代において輸送は魔法によるのが普通でしたが、魔法の発展に伴って人々が個人で物を送ることができるようになって、この街の需要が失われていき……この美しい川の流れで物を運ぶ、という新たなパフォーマンスによって観光地として復活をとげたんですよ。新文明に変わってからは、輸送業の需要がまた増えているんですけどね」
魔女や宝石眼には関係ないのだろうが、テオドールはついついその説明に聞き入ってしまった。新しい何かを学ぶというのは楽しいものだ。
「ありがとうジェンティ」
「お役に立てたら何よりです。ほかに何か知りたいことはありますか? ネイプルのことでも、旧文明のことでも、わかる範囲でお答えしますよ」
「そうだなあ……ジェンティは、旧文明時代のユートピア計画のことは知ってる?」
ニコラウスの問いに、ジェンティアは頷いた。しかし彼女が知っていることは既にテオドールがニコラウスから聞いたことであって、宝石眼のことについては何も知らないようだった。皇帝のユートピア計画と、そこに現れた魔女の妨害、それから、旧文明の滅亡。魔宝石のことや魔女の呪いについては触れられなかった。やはり宝石眼について知っている人は少ないようだ。
そう思った矢先、ジェンティアは驚くべき言葉を口にした。
「そういえば、知り合いがそのあたりのことについて詳しいですよ。旧文明時代から続く呪いをどうこう……って」
「 !」
テオドールとニコラウスは同時に顔を見合わせた。
呪い。おそらく魔女の呪いのことだろう。その言葉が出てくるということは、同じように魔女に呪われたテオドールと同じような存在か、あるいはそれについて調べているニコラウスのような存在か、どちらかである可能性が高い。いや、そうでなくとも旧文明時代についての情報を何かしら得られるかもしれない。
「ジェンティ、その人に会わせてもらうことってできるかな」
「もちろんです。では一度チェーロに戻りましょうか」
ここに来て一歩前進できる可能性がある。それだけでテオドールは嬉しかった。小さなことでもいい、もし既出の情報だったとしてもいい。
チェーロに戻ろう。ジェンティアとニコラウスについて行こうとしたその瞬間、テオドールの腕を誰かが強引に引っ張った。
「……テオ?」
ニコラウスの声が小さく聞こえた気がする。しかしテオドールの意識はそこで途切れた。




