第2話 出発
「お前が言いたいことを確認させてくれ。知っての通りこの世界には百年前まで今とは異なる旧文明が築かれていた。それを破壊したのが『宝石の魔女』と呼ばれる存在で、度々起こってるっつー厄災の元凶でもある。俺と同じような目を持ってて、俺が森で起こした現象もそいつの呪いが関係してる……で、お前はその呪いを解くのに協力してくれる。こんなとこか」
「うん、まとめちゃえばそういうことだね」
ニコラウスが頷く。
が、旧文明について……もっと言えばこの帝国の歴史についてすら、テオドールは詳しく知らない。知っているのは、かつて旧文明があって、それを終わらせたのが厄災で、最後に起こった厄災がテオドールの生まれる少し前だということだけだ。
「旧文明由来の呪いを解くんなら、旧文明について知ってたほうがいいよな?」
「そうだろうね。テオが知らないならざっくりでよければ教えるよ」
「ああ、頼む」
了解、とベッドに座っていたニコラウスは立ち上がった。
「旧文明は魔法で発達した文明で、百年前にはすでにこの大陸のほとんどがスバニア帝国っていう大帝国に支配されていた。それで、当時のスバニアの皇帝は苦しみのないユートピアを作ろうとしていたんだ」
「ユートピア」
「そう。人間の苦しみっていくつあると思う?」
人間の苦しみ。いくつ、と言われると難しいものだ。そもそも数えられるものなのだろうか? テオドールが真剣に考えているとニコラウスは笑った。
「そんな考え込まなくてもいいよ。当時はね、四つあるって言われてたんだ。生と死と病と老」
「随分大雑把に分けたな」
「なんでそうなったのかはわからないけれどね。とにかく皇帝はその苦しみを帝国中から取り除こうとした。そして計画が完成しようとしたそのとき、宝石の魔女は現れた」
「それが、最初の厄災か」
「そう」
その後はテオも知ってるでしょ、とニコラウスが言う。
宝石の魔女は旧文明を滅ぼし、スバニア帝国も滅んだ。その後文明の復興を目指す人々によって新たな皇帝が立てられ、魔法ではなく科学により新文明が発展した。
これが、今のテオドールが生きるラーマ帝国だ。
「ちなみに、文明復興に貢献したのが今の四大公爵家ね」
「四大公爵家ならわかるぜ。リーフェンシュタール、ロルバッハ、ムハンマド、ラザフォードだろ」
現在の四大公爵家は爵位は与えられているものの、今でも首都にいるとわかっているのはリーフェンシュタールだけだ。ロルバッハは慈善事業により首都を離れ、ムハンマドはもとから商人の団体であったため商会として本拠地であるアラブリア地区へと戻っているという。ラザフォードに至っては随分前に突如消息が途絶え、家も、後継者も、今はどうなっているかわからない。
「四大公爵家は厄災の時も帝国の人たちを支援したり、厄災の原因を探ったりしてたっつーよな……まさか、お前も公爵家の連中の一人なのか?」
「そんなわけ!俺は帝国学校にいたときにどこかの公爵家にお世話になったことはあるけど……」
「帝国学校!? お前帝国学校に通ってたのか⁉︎」
「そうだよ」
帝国学校なんて一部の天才しか通えない。それどころか、学校に通っている人間自体がほんの一握りではなかろうか。貴族か、よほど頭の良い人間か。
前者は貴族学校に行くはずだ。ということはニコラウスは後者であるはず。
「お前、頭良いんだな」
「苦労して入ったんだよ、どうしてもやりたいことがあったから」
「やりたいこと?」
「宝石の魔女の呪いの研究さ」
ずっとにこやかだったニコラウスの顔がすっと真面目になった。
「俺がなんで宝石の魔女の呪いのことを知ってるのか、疑問に思ったでしょ? 昔ね、俺の大好きな人が魔女の呪いで忽然と姿を消したんだ。今彼女がどこにいるかもわからないし……生きているかどうかも、わからない」
突然の告白にテオドールは唖然とする。
「ちょっと待てよ、俺以外にも魔女に呪われてる人間がいんのか」
「あれ、言ってなかった?」
「言われてねえよ!」
先程までの間の抜けた顔に戻ったニコラウスか「ごめんごめん」とへらへら笑う。テオドールはあきれ返ってため息をついた。
「結構大事じゃねえの、それ……もしかしてお前、頭のいいポンコツか? 大体呪われてるっつー俺と一緒にいて怖くないのかよ」
「大丈夫。その呪い、所持者の苦しみによって発動するから。俺がテオに嫌なことしなければ良いんでしょ」
「それも初耳だが?」
なんでそういう大事なことを先に教えてくれなかったんだ。テオドールはこの先が少し不安になった。が、だからといってどうすることもできない。他に頼れる人はいないし、そもそも呪いを知っている人がいるかどうかすら怪しいのだから。その点ニコラウスは間違いなく呪いについて詳しいはずだ。ただ、それを肝心のテオドールに伝え忘れているだけで。帝国学校の出身、ということはつまり帝国のお墨付きなわけだ。協力者としてのスペックは申し分ないはずなのだが……。
「ニコラお前、他に何か俺に言ってないことあるんじゃねえの? 例えば呪いの効果とか」
「あ! そうそう、その呪いって旧スバニア帝国にあった四つの魔宝石と共通してるところがあってね。知ってる?」
「長くなりそうだが一応聞いておく」
帝国学校の人間は頭の良い変人ばかりだ、なんて聞いていたがまさにこのことだろう。魔宝石について語るニコラウスは生き生きとしていた。
「四つの魔宝石はアメテュスト、ザフィーア、グラナート、ツィトリンって名前で、それぞれ紫、青、赤、金の宝石なんだ。スバニアの皇帝はさっき言ってた四つの苦しみをこの魔宝石にそれぞれ吸収させることでユートピア計画を進めようとしてた。テオのその目は紫、つまりアメテュストと共通してるだろ?さっきの現象も合わせて考えると、テオの呪いの効果は……死、だね」
テオドールはあの現象について思い出す。
確かに、ニコラウスの言う通りだった。あの現象はテオドールが恐怖を抱いたときに起こっていたような気がする。それから、周りの人間たちの死を呼んだ。
ただ、ニコラウスの話が本当なら腑に落ちない点があった。
「ん……? 魔宝石を使おうとしたのはスバニアの皇帝だろ? でも宝石の魔女がそれに関連した呪いを俺たちにかけたってことか? なんでだ?」
「そこは詳しくわからないんだよね。色々説があるけど、今のところ魔宝石はもともと魔女のものだったって説と、逆に魔女が魔宝石を狙ってて持ち去ったって説で割れてる。あ、俺の中でね」
「お前の中でかよ」
「そりゃそうだ。魔女の呪いの研究なんて誰も付き合ってくれなかったんだもん。それどころか旧文明の話はタブーみたいな風潮があるからさ」
ラーマ帝国の皇族とスバニア帝国の皇族とでは血筋が全く違うらしい。ならば旧文明の話をあまりしてほしくないのも理解ができるかもしれない。このプレンシア地区の領主が変わったとして、それにも関わらず以前の領主の話ばかりしていては今の領主はいい顔をしないだろう。
「ってことはさ、呪いについて知ってるやつもあんまりいないってことか」
「だろうね。ただ、だからこそ宝石眼を持ってるテオを魔女本人だって勘違いして駆除しに来る輩もいるってこと。良いか悪いかで言ったらちょっと悪い寄りかも」
「なるほどな」
そうなると、ここにとどまるのもよくないかもしれない。すでにテオドールを狙う輩が訪れ、かつ被害に遭っている以上次はもっと本気で殺しに来るだろう。
そんな想像をしてぞっとするテオドールを知ってか知らずか、柔らかい声でニコラウスが尋ねた。
「それで、テオはこれからどうしたい?」
「どう、って……呪いのことなら、お前のほうが詳しいんじゃ」
「それもそうだ。じゃあ三択ね、一番優先したいことを選んで。旧スバニア帝国の遺跡を調査する、帝国学校に行ってみる、それか……同じ境遇の人を探してみる」
おそらく、一つ目が一番の近道だろう。それはテオドールもわかっていた。
が、テオドールの頭からはどうしても「自分と同じ境遇の人がいる」という事実と、ニコラウスの真剣な顔つきが離れなかった。
「三つ目だ。それを優先しながら旧文明について調べる……どうだ?」
「テオは優しいんだね。うん、俺もそれが良いと思う」
ニコラウスはそう言って微笑んだ。




