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【完結済】Juwel Hexe  作者: タラノリオ
蒼玉の章
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第34話 「幸せな思い出」

 誰が、どこで産んだのすらわからない赤ん坊がいた。

 可哀想なその赤ん坊は、不幸なことに公爵家ロルバッハの孤児院の前で見つかった。

 その当時、ロルバッハの若き当主は魔法を手に入れるための実験を行っており……赤ん坊が引き取られた孤児院は、そのための施設でもあった。赤ん坊は孤児院の使用人として育てられた。実質、奴隷のようなものだった。

 九の月六日に見つかったから九十六番。人は彼をそう呼んだ。

 そんなある日、いつものように院長は彼を呼びつけた。痛いこと、嫌なこと。院長に呼ばれるということは彼にとってそういう意味を持っていた。


「嫌だ!」


 その日、彼は初めて抵抗した。力の限り叫んだ。その途端、奇妙な光が院長を包んだ。

 院長はその場に倒れた。苦しそうに息をして、少年の目を睨んだ。


「何をした……九十六番」

「ちが、オレは、何も」

「嘘だ、今のはお前が、お前が」

「やだ、来ないで!」


 這って近づいてくる院長を拒絶する。また同じことが起こったみたいだった。その時初めて、少年は自分の力に気づいた。


「その目は何だ! バケモノめ……!」


 そう言って、院長は意識を失った。

 少年にとって、恐ろしい光景だった。自分より大きな存在、強い存在を圧倒する力が存在し、それを己が持っているという事実。憎い存在を意のままにできる、と喜ぶには少年は優しすぎたのだ。


 それからしばらくして、少年を迎えに来たのはロルバッハの当主……ジキル・ロルバッハだった。


「ロルバッハ卿、これが以前申し上げたバケモノです」

「へえ? これはこれは……魔女の産物、宝石眼じゃないか」


 少年は、自分の目が宝石のように光を放っていたことを知った。いつの間にそうなっていたのか、それはきっとあの日からだろう。自分の姿を見る機会はほとんどなかったから、ずっと気づかなかった。


「キミ、ボクのところにおいで」


 その人は優しそうに見えた。少なくともその時までは。

 残念ながら少年を待っていたのは地獄だった。ジキル自らによる魔法の研究は孤児院よりもひどいものだったからだ。ジキルは魔宝石について調べるため、少年で様々な実験をした。結果、その瞳は少年の強い感情や痛みに呼応することがわかった。

 そこから、さらに少年は傷つけられていった。


「キミは本来なら『いらない子』。宝石眼があってよかったね、それがある限りボクはキミを養ってあげるよ」


 ジキルはいつもそう言っていた。


 ある日少年はジキルに連れられてとある孤児院を訪れた。その孤児院は研究所にはなっていなかった。


「待っててね。くれぐれも逃げるなんて考えちゃダメだよ。どうせどこに行ったって『いらない子』なんて受け入れてもらえないんだから」


 悪魔の言葉に縛られて、少年は隅で座っていた。

 そこに現れたのが、孤児院の子供だった。年は少年と同じくらいか少し上のようだ。彼は話しかけてきた。


「お前、どこの子? 名前は?」

「………………九十六番」

「それ、番号じゃないか。名前だよ、名前」

「 ?」

「ないの? 九十六番ってしか呼ばれたことない?」

「うん」

「ふうん」


 子供は不思議そうな顔をしていた。彼の知っている中では、名前があるのが普通だったから。


「じゃあ、俺とおそろいにする? 俺はね、ハイド」


 いいだろ! と屈託のない笑みで言われて、少年は頷いた。

 初めて、少年に名前というものができた。それをジキルに呼ばれることはなかったし、それ以来その子供とも会うことはなかったけれど。それでも、嬉しかった。


 少年はそのまま青年になった。その頃、ジキルの実験は道具としての「ザフィーア」の実用化を目指す段階となっていた。

 ヒノモト地区での実験、ハーグリア地区での実験…………。

 少年の力で疫病に苦しめられる人々を見るたび、少年は罪悪感に苛まれた。やらされている、という事実はあれど少年の力が原因であることに変わりはなかったから。

 せめてもの償いとして、倒れている人間をロルバッハの医院の前へと送り届けた。もちろん、まともな医院に。

 何人も、何人も、何人も。


 青年はついに耐えられなくなった。


「あ! こら」


 ごめんなさい、ごめんなさい。

 傷つけた人々、名前をくれたあの子、養ってくれたジキル。自分がいなければ、きっとこんなことにはならなかった。

 この目がなければ、こんなことにはならなかった。


 せめてどこか遠くで、ひっそりと死のう。きっとこれ以上生きる力は残されていないから。それができなくとも、ジキルには見つからないように。

 教会に助けを求めて、それから彼はプレンシア地区へと向かった。

 大きな森があった。それから、大きな廃墟。ここならきっと大丈夫。もうこれ以上誰かを傷つけずにすむだろう。青年はどこか懐かしい気持ちで、満足して意識を手放した。とうの昔に、限界なんて超えていた。


 だというのに、青年は助けられてしまった。葡萄酒の深い色に光を集めたような、夜明けの空の目をしたテオドールという人間に。

 青年はテオドールに名前を聞かれた時も答えることができなかったし、せっかくの誘いを断ってしまった。

 かつて自分に光を与えてくれたあの子と同じ名前を、罪を犯した自分が名乗って良いものかわからなかった。死ぬはずだった自分はこの優しそうな人たちの足手まといになるだろうと思った。


 不愉快な思いをさせたことだろう。それでもテオドールは青年を再び誘い、受け入れ、仲間にしてくれた。


「それでお前、本当は名前何ていうんだよ」

「…………ハイド。オレは、ハイドだよ」


 この人のところでなら、実験台の「九十六番」でも「いらない子」でもなく、人間としての「ハイド」として生きていけるかもしれない。

 あの子と同じ名前に誇りを持っていられるように。罪の償いができるように。


 ハイドは、彼らとともに宝石眼の呪いを解くことを決めた。


☆☆☆


「キョースケ、ごめんなさい。ヒノモトの疫病を流行らせたのは、オレとこの人だ」


 ハイドは静かにそう言って立ち上がった。

 その足元はふらついて、今にも倒れてしまいそうだ。嫌な予感がする。わかっているのに、ジキルの魔法でテオドールたちは動けなかった。


「何、懺悔なら早く終わらせてよね。ボクはあまり待つのが得意じゃないんだ」


 ジキルは欠伸をする。その様子にテオドールはこれまでに感じたことのない怒りをおぼえた。理性を失うような怒りではない。冷たい怒り。軽蔑のようなものだった。


「ジキル……本当なんだよな、オレがあなたのところに戻れば、彼らを見逃してくれるというのは」

「またボクを呼び捨てにしたね? でもいいよ、うん。だから早くこっちにおいで」

「……」


 ハイドはジキルを睨みつける。


「嘘だな。オレがあなたのところに行けばそのまま船を爆破するなりなんなりしてテオドールとアドムを連れて行く。あなたはそういう人だ。おおかたその手にあるステッキに爆弾でも仕込んであるんだろう」

「へえ、賢くなったね」


 爆弾。

 その言葉に全員の顔色が変わった。


 どうしろというのだろう。全員の命がかかっている。だが、ハイドをあのまま行かせるのは誰も望んでいなかった。キョースケだってそうだ。


「行かないでハイド! 僕が、僕が悪かったんだ、あんなやつの言葉に騙されて!」


 あのキョースケが泣いている。これが彼の本音だった。ジキルに騙されていたことに、何よりも許せない「標的を愛した自分」に今さらになって気づいたのだろう。ハイドはそれを見て、悲しそうに微笑んだ。


「ニコラウス、オレに色々なことを教えてくれた。アリリオ、オレの料理をおいしそうに食べてくれた。アドム、オレのわがままに付き合ってくれた。キョースケ、たとえ演技でもこんなオレに懐いてくれていた。ありがとう、君たちといる時間は楽しかった。罪人で、いらない存在で、味方なんていなかったオレに……優しくしてくれて、たくさん話をしてくれて、一緒に旅をしてくれて、名前を呼んでくれて、ありがとう。願わくば君たちの旅の終わりが幸せなものであるように」


 ジキルが一歩、ハイドとの距離を詰める。


「さ、行こうかザフィーア。この船は爆破するけれど」

「……いや、あなたの思い通りにはさせない」


 ハイドはジキルの手からステッキを奪い取る。


「……ボクを邪魔してどうする気?」

「決まっているだろう、オレたちは罪を償わなければいけない」

「その身体で何ができるの? 早くこっちにこないとキミの命が先に終わるよ」

「それでもいい。死ぬなら道連れだ」

「この……っ!」


 ハイドが爆弾を遠く彼方、何もない海に投げる。ジキルはハイドに掴みかかった。


「テオドール」


 ザフィーアとアメテュストの光が交わる。テオドールの目に映ったハイドは、今までで一番綺麗な笑顔をしていた。


「あの時、オレを誘ってくれてありがとう。本当はすごく嬉しかったんだ」

「ハイド!」

「さようなら。『ハイド』という友達がいたことを、忘れないでいてくれたらうれしいな」


 ジキルの腕を掴み、ハイドはそのまま目を閉じる。ふらりと傾いた身体が船の外へと飛び出した。ジキルも、そのまま一緒に。

 その瞬間に拘束の魔法が解けて、テオドールは飛び出した。


「ハイド! ハイド!」


 大きな音と、水しぶき。船は依然として動き続けていた。

 冷たい青だけがどこまでも広がって、テオドールの知っているあの温かな優しい海はもうどこにもない。

 遠く彼方で、爆発音がした。

読んでくださりありがとうございます!


これにて蒼玉の章終了です!

ハイド、一番お気に入りのキャラクターなのに退場させてしまった……。彼はまさにネリネの花言葉です。


ブックマーク、評価、リアクションなどいただけると大変励みになります! よろしくお願いいたします!


タラノリオ(2026.8.18)

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