第33話 共犯者
「ザフィーア、おまえ、おれたちに何か隠していないか」
それはハイドが体調を崩した、あの図書館の日から二日後のこと。何の脈絡もなくアドムはハイドにそう言った。
「……隠しごとなんてしない」
「おれは商人だ。嘘をついている人間はすぐにわかる」
「……」
ハイドは目を逸らした。それが答えだった。無論、アドムにはすでにわかっていたが。
「黙っている気か。なら、おまえがまだロルバッハと繋がっていておれたちのジョーホーを売っていると思っても文句はないな」
「! そんなことはしていない!」
「なら何だ。ここまで来て敵対でもするつもりか」
「違う、オレは、君たちの敵になんて、っ」
その瞬間ハイドが崩れるようにしゃがみ込む。乾いた咳の音にアドムはすべてを理解する。ゆっくりと背中をさすると、口元を押さえる彼の手が血に汚れているのが見えた。
「脅すようなまねをして悪かった」
「い、や……誤解、されても、仕方ない」
荒い息の間でハイドは言葉を紡ぐ。
「隠しごとはそれか。あの時から様子がおかしいとは思っていたが」
「……本当は、君も知らないほうが良かった」
「どういうことだ?」
ゆっくりとハイドは話し出す。その途中でも何度か咳をして、そのたびに赤の面積は広がった。それでも、アドムは最後までハイドの話を聞いた。
ハイドはかつてロルバッハ家で呪いを道具とするための実験台となっていた。その時、何度も呪いを使わされた。そこまではアドムも聞いた話だ。問題は、その後だった。
この呪いは他者に苦を与えるが、同時に自らの中に周囲の苦を取り込むものでもある。使えば使うほど、所持者の身体は呪いに蝕まれるのだ。それはロルバッハ家での実験でわかったことだった。
「君もテオドールもまだ呪いを多くは使っていない。今後やむを得ず発動してしまってもこうはならないはずだ。だから、知ってほしくなかった。知らないならば、そのほうがいい。そのまま、呪いを、解いて」
「大丈夫か、横になった方がいい」
おそらく、もうハイドの身体は取り返しのつかないところまで来ている。だからこそ隠していたのだろう。あるいは、この状況を彼自身が信じたくなかったのかもしれない。
「お願いだ、アドム、見なかったことにしてくれ。君たちに迷惑をかけたくない。もう少し……もう少し、せめてイグリシアにだけでも、行きたいんだ。君たちとまだ、一緒にいたい。それが終わったら、自分で全部話すから……おとなしく、身を引くから」
「無理だ」
言い放ったアドムに、ハイドは悲しそうな顔をした。
「そう、だよな。実際にこうして知られている以上、足手まといになるのも時間の問題だ」
「そうだな。だからおれは見なかったことにはしない。その代わり、キョーハンシャになってやる」
「………………共、犯者?」
「うむ。おまえ一人では隠すのにも限界があるだろ。おれも一緒に黙っててやる。ごまかすのは得意だ」
「アドム……」
「おまえの気持ちはわかった。でも無理をするくらいならおれを頼れ」
ありがとう、とかすれた声が聞こえた。
☆☆☆
「あいつの気持ちがわかるか、ちび。呪いを恐れてほとんど感情を殺していたあいつが、必死な顔でおれにああ言ったんだ。それほどまでにあいつはヴァイスヴァルトのやつらを愛していた。だから苦しかったんだ。あいつが望んで人を傷つけると思うか。おまえがその目で見たあいつはそんなことをする人間か」
「……っ」
キョースケの心が揺らいだ気がした。
「ちび、おまえの誤算はな、ザフィーアが優しすぎたことだ。そしてそんなザフィーアにおまえが心の底から甘えるようになってしまったことだ」
復讐心が、彼を動かしていたのかもしれない。
当たり前だ、村を、家族を亡くして、たった一人で砂漠にいたキョースケ。本当はツィトリンの所持者とだって会っていなかったのではないだろうか。思えば彼の返答は曖昧だった。
ハイドが、ハイドの力が、キョースケの家族を奪ったことは紛れもない事実だ。だが、キョースケの演技はいつしか本気になっていたのだ。ハイドがいい。ハイドと一緒にいたい。ハイド、ハイド。
大好きだよ。
「なあ、キョースケ。お前の村を滅ぼして……実験台にしてたのは四大公爵家の一つ、ロルバッハなんだ。悪かった、俺も、お前に言えなかった」
「…………それも、それも嘘なんでしょ。ハイドは教えてくれなかった! 自分じゃないって! 違うって! 確かに僕は信じなかったかもしれないけど、でも」
キョースケの瞳から涙がこぼれる。その表情は紛れもなく幼い子どものものだった。
「じゃあ僕は何のために生きればいいの? もう居場所なんてない。それに、ロルバッハ公爵が……? なら、なら」
もう僕は、とんでもないことを。
波が大きな音を立てる。
本当の悪魔の来訪を告げるように。
「やあ、時間稼ぎをありがとう。えっと…………きょーへー君? きょーすけ君? どっちでもいっか」
どこからか、聞き覚えのある声が聞こえた。
この声をテオドールは知っている。一度だけ聞いたことがあった。そうだ、ザフィーアの所持者を探すためにハーグリアに行った時だ。
「ジキル ・ ロルバッハ……!?」
「これはこれは、リーフェンシュタールの次男坊」
月明かりに照らされ、その人は薄く微笑んでいた。
キョースケはコソデを揺らして、ジキルの立っているデッキの先へと走り寄った。
「ロルバッハ公爵! あなたは、あなたはあいつが全部やったって……そうなんだよね、間違ってないんだよね? あんなやつに絆された、僕がおかしいんだよね?」
「え? そんなこと言ったっけ?」
何でもないように、ジキルは首を傾げる。
小さな復讐者の顔は絶望に染まった。テオドールもすべてに気づいてしまった。彼が、彼こそがキョースケをそそのかしたのだ。
ハイドという道具を取り戻すために。
「まあいいや、キミは用済み」
ジキルが指を鳴らすと、どこからか細長い紐のようなものが伸びてきた。ハイドの手当てをしていたニコラウスとアリリオも紐に捕らえられる。すなわち、ハイド以外の全員がジキルの縄の中に拘束されてしまったのだ。
「おいてめえ! 何してんだ! お前がキョースケにハイドを刺すように言ったのか!」
「殺せとは言ってないよ? あ、でも復讐? ってやつは良いんじゃないって。どうせ僕の道具になるだけだしさ」
笑っちゃうよね、とジキルはハイドに目を向けた。
「ボクのザフィーア、帰っておいで。相変わらず綺麗な瞳だね。でも勝手に抜け出すなんてダメでしょ? 一体何が嫌だったんだい? 名前を呼ばなかったこと? 火が怖かった? それとも薬が嫌だったのかな?」
「……じ、きる……」
「あ、呼び捨て」
ぱん! と軽快な、しかし残酷な音が響いた。
「ダメでしょ?」
「…………っ」
「ジキル ・ ロルバッハぁ!」
「ハイドに何するの! 怪我してるんだよ!」
「この……っ!」
テオドールの叫びも、ニコラウスの叫びも、ジキルは聞こえていない。いや、聞いていない。アリリオが魔法で対抗しようとするがそれすらも封じられているようだった。
ジキル ・ ロルバッハは魔法を手に入れたのだ。
「ザフィーア、可哀想に。帰っておいで」
「嫌だ、帰らない……!」
「ええ……? あ、じゃあ代わりにあの子たちでいっか」
「!」
ジキルはこちらを見た。テオドールとアドム…………の、その瞳に光る宝石を。
恐ろしかった。自分も、アドムも……ハイドも殺されると、そう思った。どうしてこういう時に限って呪いが発動しないのだろう。ニコラウスの話を聞く限りこの呪いは所持者の強い負の感情に呼応するはずだ。だからアドムはこの呪いを加護かもしれないと言った。
なのに、どうして。目の前の仲間一人、救えないのだろう。
「………………わかった」
沈黙の中、口を開いたのはハイドだった。
読んでいただきありがとうございます!
次回で二章・蒼玉の章は完結でございます。ハイドの決断を見届けてあげてください……! 続きもよろしくお願いいたします!
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タラノリオ(2026.8.17)




