第31話 手にしたもの
翌朝、イグリシアの大時計前。
「こりゃまた人が多いな」
「待ち合わせとかする人が多いからね。ここは新文明の象徴とも言われてるらしいよ、はい」
どこからかパンフレットを持ってきたニコラウスからそれを受け取る。テオドールはそこに書いてある文字を見つめた。
「一回止まったのか、これ」
「らしいね。もとは魔法で動いてたんだって。でも厄災で魔法と旧文明が失われて、科学の力で動かすようになったみたい」
「ふうん」
大時計は賑やかなその足元に対して、静かに時を刻んでいた。一度止まった時計がこうしてまだ動いているなんてなかなかすごい。科学の力とはやはり可能性に満ちているのかもしれない。
……と、テオドールは思ったのだがアリリオは違うらしい。
「一度止まったのに無理やり動かされるなんて、ちょっと可哀想な気もします」
「え? ああ、そういう見方もあるのか」
「もちろん、時計に意思があるとは思っていませんけどね」
よく考えれば、時計も動いているのではなく動かされているものだ。旧文明という時代を終えて、役目を終えたものが本来適さないエネルギーで無理やりその仕事を続けさせられている。
それでも、それが愛というものであってほしいとテオドールは願った。動いてほしい。忘れないでほしい。生きていてほしい。そういう願いが、この時計を新文明が始まった今でも動かしているのかもしれない。その証拠に、この時計の足元には人が集まるのだ。
柄にもないことを考えて思わず自嘲の笑みがこぼれる。
感傷に浸るような時間は、ハイドの慌てた声で一変した。
「テオドール、どうしよう、キョースケが……はぐれた」
「はぐれたぁ?」
あのバカ、とテオドールはため息をついた。
「申し訳ない、手をつないでいたんだがぱっと離して走っていってしまって」
「……この人混みじゃわかんねえもんなあ」
キョースケは小さいので人の群れをすり抜けて行けるがテオドールたちは立派な青年なのだ。ましてやキョースケのような小さい子を蹴り飛ばしてしまっても恐ろしい。あいつに連絡石を持たせておけばよかった、とテオドールは後悔した。
「ニコラ、アリリオ、アドム。キョースケどこ行ったかわかるか?」
「キョースケ? さあ、さっきいつ帰るのか聞かれたけど聞いてそのままどっかいっちゃった。てっきりハイドのところにいるのかと」
「……さっきまでは、いた」
「あー……一旦ここを出ましょう。探そうにも探せませんよ」
アリリオがそう言うので、テオドールたちは時計台の人混みを何とか脱出して少し離れたところに身を寄せた。
「お前の魔法で探せねえの?」
「だから、魔法は万能じゃないです。キョースケの持ち物でもあれば別ですが」
テオドールはふと考える。
キョースケがいない状況なんてなかなかない。これは、彼への違和感を相談するチャンスなのではないだろうか。いや、しかしキョースケがあの「無」……あるいは、もっと底知れない深い闇のような表情を向けていたのは間違いなくハイドに対してだ。そしてそれはあの日ハイドが懸念したこと……キョースケの故郷が、ロルバッハの実験の被害に遭ったことの根拠となってしまう。
だが、もしも、もしもキョースケが、彼なりの何かを抱えているのだとしたら。それを救ってやりたいと思ってしまうのがこの旅でさらに育まれてしまった、もともとのテオドールの性分なのだ。
「なあ、あのさ、キョースケって」
テオドールが口を開いたその瞬間、彼は恐ろしい「何か」の気配を感じた。それは鋭く突き刺す刃のような、そしてまた内側から蝕んでゆく毒のような。
この感覚を自分は知っている。そうだ、義母だ。彼女は笑顔で幼かったテオドールを部屋に呼んで、それから…………。
思わず、警戒して勢いよく振り向いた。
「テオドールたち、みっけ!」
……そこにいたのは義母でも、恐ろしい亡霊でもない、いつものキョースケだった。にこにこと機嫌よく、楽しそうにこちらに笑いかける。明るい声で、無邪気な声で。
「キョースケ! どこに行っていたんだ」
テオドール以外はそれに気づいていないらしい。ハイドは心配そうにキョースケのもとへ駆け寄った。
「えー! 綺麗なお花があったから見に行ったんだよ! ハイドがついてきてくれないから!」
「う……すまない、君と違ってオレは人混みをすり抜けられるほど素早くないんだ」
「僕、ニンジャだもんね!」
えっへん、とキョースケが胸を張る。
恐ろしい気がした。キョースケが何者なのか、もうテオドールにはわからなかった。
彼はそもそも、本当にツィトリンの所持者に会っていたのだろうか? 実はそれが魔女で、敵対する存在だったら? それとも、キョースケは……。
「どうしたのテオドール、早く行こう! 僕もう時計飽きちゃった!」
救いたい存在、闇から連れ出したい存在。
キョースケはそんな甘いものではないのかもしれない。テオドールの理想のずっと、ずっと対極にある存在かもしれない。そんな予感がしてならない。
何でもないはずのその台詞が、ひどく恐ろしく感じた。
☆☆☆
イグリシアの港で、テオドールはキョースケを抱えて歩くことにした。またどこかへ行かれては困る。それに、それ以上に妙なことをされたくなかったのだ。これ以上この幼い子に「恐ろしい」という感情を抱きたくなかった。
「見てテオドール! 高い!」
「そりゃ俺の肩に乗ってるからな」
「ハイドハイドー! 見て、僕ハイドより背高いよ!」
「そうだな。あまり暴れてテオドールを困らせないようにするんだよ」
「はあい」
イグリシアの港には可愛らしい店がたくさん並んでいる。テオドールは雑貨屋でペンとノートを買った。情報を整理するノートのページがもうなかったからだ。
エドゥアルトに渡す懐中時計も、ぴったりなものが雑貨屋にあった。値札を見てニコラウスが腰を抜かしそうになっていたがエドゥアルトからもらったお小遣いは使い切れないほどあるのだ。余ってもおそらく「じゃ、普通にお小遣いね」と渡されてしまうだろう。そうなるくらいならエドゥアルトに良いものを買いたかった。
「義兄上の時計ももう古いからな……よく言われるんだ、俺は赤ん坊のとき時計を眺めていると泣かなかったんだと。だからずっと持ってるって」
「へえ……変な趣味」
「異端児に言われたかねえよ」
もしかしたら昔の俺は捨てられる前にイグリシアにいたってことを覚えてたのかもな、とテオドールは笑う。
しばらく店の中を見ていると買いたいものも決まってきたようだ。ニコラウスはメガネケース、アリリオはオルゴール、そしてアドムは金色の写真立てを買うらしい。
「いやあ、俺の眼鏡もついに高級品になっちゃったか」
「高級なのは眼鏡じゃなくて、ケースでしょう。あ、見てくださいこれ。砂糖菓子みたいなキラキラしたオルゴールです!」
「相変わらずの食いしん坊だな皇子。おおそうだ、おまえら、あとでシャシンを撮ろう。このシャシンタテに入れて金ぴか部屋に飾ってやるぞ……む、ザフィーア、それは?」
ハイドもいつの間にかお土産を選んでいた。手に持っているのは小さな花束で、そのなかにはピンク色の花が咲いていた。ヴァイスヴァルトでは見たことがない。
「ネリネというらしい。でも、持って帰れないだろうか」
「大丈夫ですよ、花を守るくらいなら俺に任せてください! 船旅でもちゃんと綺麗に保ちますよ」
「ありがとうアリリオ……花言葉? とやらが『幸せな思い出』だと聞いたから。すごく、ぴったりだなと」
そう言って嬉しそうに花束を抱えるハイドは仏頂面のあの時とは随分変わったものだった。ニコラウスもアリリオも、もちろんテオドールも感極まって胸の奥が熱くなる。
「ハイド、貴方は本当に……」
「うんうん、買おうねえ」
「これからも思い出作ろうな」
「………………うん」
ピンク色のネリネがハイドの濃紺の髪と共に揺れる。
アドムは、少しだけ眉をひそめた。
読んでくださりありがとうございます!
今回もアドムさんが何やらわかっていそうな感じです。そしてそろそろ二章・蒼玉の章も終盤です。次回もよろしくお願いいたします!
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タラノリオ(2026.8.17)




