第30話 宿泊
ケインズの家には他には何もないようだった。天井まで隅々、六人がかりで探したが何もない。地下室も隠し扉も、何も。気づけばホテルのチェックインの時間が近づいている。一行は諦めてケインズの家を出た。
「はあ、何もなかったな。不気味な文字だけ」
「あれってやっぱり魔女の恨みなんですかね? なんだか魔女の亡霊がついてきてるみたいで怖いです」
「……」
アドムは黙ってテオドールを見つめている。そこで初めてテオドールは気が付いた。
アドムが「バカなのか?」という目をしている。言葉にされなくともわかる。これはバカにしている目だ。あるいはテオドールに失望している目だ。なんだよ、と言いたくなったがテオドールはアドムの言葉を思い出した。
……呪いは、加護かもしれない。
魔女が恨みで呪いを生み出したなら、なぜ加護の性質を帯びているのか。あの三人を恨むものがいたのなら、少なくとも守ろうとするものもいたはずだ。
仮にこの呪いが加護そのものだとしたら、魔女はあの三人を恨むどころか愛していたことになる。
呪いが後から加護の性質を帯びたのなら、あの三人……あるいは、テオドールたちを守ろうとする存在がいたのかもしれない。そしてそれがツィトリンの所持者、ニコラウスの初恋の人なのかもしれない。今彼女が会えないのは、魔女と一人で戦っているから。
テオドールがそれに気づいたことを、アドムも理解したらしい。満足そうに頷いて、キョースケの方へ走っていった。
「ようちび、おれがおんぶしてやろうか」
「やだ」
「ナマイキな」
「ハイドがいい、ハイドがいいーっ!」
「どうしたんだキョースケ、今日は随分甘えただな。ほらおいで」
ハイドはまんざらでもない様子で、アドムに「大丈夫」と言うとキョースケをまた抱き上げた。キョースケは嬉しそうにしている。
「はあ、ちびもザフィーアも二人の世界を展開しおって。代わりにアメテュスト、おれをおんぶしろ」
「やだよ」
「ナマイキな」
「なんだ、俺もハイドがいいってだだこねろって?」
は、と笑ってそう言えばアドムはあからさまに嫌そうな顔をした。こいつは本当に顔に出る、とテオドールは苦笑いした。
しばらく歩いて着いた、貸し切りのホテルは大きなものだった。ロビーに入れば受け付けの職員から「ようこそお越しくださいました、リーフェンシュタール御一行様」と手厚いサービスを受ける。温かい紅茶と軽食が用意されており、部屋の鍵を渡され、荷物が既に全て部屋に送られていると報告を受け、一行はケインズの家での雰囲気から一変して明るい気持ちで部屋へと向かった。
「あ、まず部屋割り決めようぜ。三人ずつな」
「僕ハイドと一緒! 絶対! 絶対ハイド!」
「公平にくじ引きしましょう、ね」
アリリオがいつの間にやらホテルの備え付けのトランプを持ってきて、赤と黒のカードを裏返して三枚ずつシャッフルする。
「いいね、くじ引き! 俺、これで」
「んじゃ、俺はこれ」
「おれはこれにするぞ……ザフィーア、おまえはこれだ」
「え、ああ、わかった」
「僕こっちにする! アリリオは余りね」
「ええ。……では、いきますよ!」
一斉にトランプを表に返す。
テオドールとニコラウス、キョースケは黒色のトランプだった。となるとこの三人が同室ということになる。
「えー! 僕ハイドと一緒がよかった! アドム、僕とかわって!」
「ふん、良いかちび。世の中思い通りにいかないこともあるぞ。何事も、な」
アドムが笑う。その瞳はキョースケという幼子をからかうものではなかった。本気の忠告のようなそれに、キョースケも「うぅ」と何か言いたいようだったがとうとう不服な顔のままテオドールにしがみついた。
「いい! ハイドなんかもう知らない!」
「えっ」
キョースケの言葉にハイドは本気でショックを受けたようで、固まって動かなくなってしまった。
「ハイド? おーい」
「……えへへ、嘘だよハイドごめんね?」
ハイドも相当子どもかもしれない、とテオドールは思った。キョースケは楽しそうに笑う。ハイドをからかって遊んでいるみたいだ。
「ねえハイド、明日の朝は一緒にいてね? それまではテオドールで我慢するからさ」
「キョースケ? 今一番かわいそうなの俺だってことわかるか?」
「いや、どう考えても同室なのに無視されてる俺じゃないかな」
テオドール、ニコラウス、キョースケの部屋はかなり騒がしくなりそうだ。比較的穏やかなハイド、アリリオ、アドムの部屋を少しだけうらやましく思う。とはいえ、向こうも向こうでアドムのいびきがうるさいであろうことに気づく。
「どっちもどっちだなこりゃ……早く飯食べようぜ」
「賛成です! ご飯ご飯! ところでイグリシア料理って美味しいんですか?」
「ん? あー……ここで出されるのは帝国の外にあるフランニアって国の料理だぜ」
イグリシア料理は好き嫌いあるからね、とエドゥアルトが言っていたことを思い出す。
一行はホテルのレストランへと向かった。
☆☆☆
「いやあ美味しかった。あれがフランニアの料理ですか」
夕食後、ホテルの廊下でアリリオが幸せいっぱいの顔でそう言って膨れたお腹をさすった。
コース料理だったのでテオドールもお腹がいっぱいだ。リーフェンシュタール邸で食べるような料理をこの六人で食べているという事実が不思議で、どこか心地よかった。
「うむうむ、美味かったぞ。おいザフィーア、帰ったらあれを作れ」
「えっ…………努力はするよ」
さすがのハイドも帝国外の料理、しかもコースの再現は難しいのだろうか。とはいえ帝国風にアレンジされたフランニア料理なんかも美味しいのかもしれない。
「さ、部屋に行こうぜ」
「あ、待ってその前に……明日はどうするの?」
「買い物。お土産買わないとな」
「えー! 僕でっかい時計みたい! 見たいみたい!」
「わかったわかった、時計台だけ先に行くか」
そんなに時計が気になっていたのか、とテオドールは呆れながらも時計台へと訪れることを決めた。
それから各々部屋へと向かう。キョースケはテオドールの足元にしがみついていた。ニコラウスがシャワーを浴びている間も、キョースケはテオドールにずっと話しかけてくる。てっきり船旅とケインズの家で疲れ果てて眠るかと思っていたが、彼は元気があり余っているようだ。
「ねえねえテオドール、お話しよ!」
「なんだよ、今度は何の話だ?」
「うーん、僕の故郷の話とか?」
キョースケの故郷といえばヒノモト地区だ。帝国の東、海を越えた小さな島。
「そういやあんまり知らねえな。ヒノモトってどんな感じなんだ?」
「あのね、武士がいるの。刀を持って、主様のために戦うんだ。僕の父上も武士だったよ」
「ブシ? へえ、かっこいいな、なんか」
「でしょ? 僕も武士になるんだ。武士はね、恩義を大事にするの。僕はテオドールには恩があるから、ちゃんと守ってあげる」
えへへ、と笑うキョースケは間違いなく子どもらしかった。だというのに、またあの不気味さがテオドールの背を這うような、そんな気がした。違和感があるのだ。ニコラウスやアリリオ、アドム……それからハイドの笑った顔になかった不自然な何かが、キョースケにはある。
「どうしたのテオドール?」
「ああ、いや、何でも」
たまにお前が怖く見えるんだ、なんて言ったらキョースケは泣くかもしれない。あるいは彼もまた、かつてテオドールがリーフェンシュタールのことを言えなかったように過去を抱えているのかもしれない。
テオドールは何も言えなかった。
「……本当に、感謝してるんだよ」
キョースケのその言葉だけは、本当に心からのものに感じられた。




