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【完結済】Juwel Hexe  作者: タラノリオ
蒼玉の章
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第29話 起源

「イグリシアだーっ!」

「こらキョースケ、走ると危ないだろう。それに逸れる」

「ハイドと手つないでるから平気だもん!」


 イグリシアの港に着いて早々、キョースケは駆け出した。

 船旅は快適なものだった。アドムがせがんだ豪華なベッドもそれはそれは高級品で、ニコラウスとハイドに至っては触れるのすら遠慮していたくらいだ。


「とりあえず無事にイグリシアについて何より何より……ってアリリオ! お前は飯の匂いがするからってふらふらすんな! アドムお前は起きろ! 立ったまま寝るな!」


 着くまでよりも着いてからのほうが大変なのでは? とテオドールはあきれてため息をつく。テオドールは行ったことはないが、帝国学校の幼児園の教諭というのはこのようなものなのだろうか。


「だってテオ、良い匂いがしますよ。エドゥアルトさんのとってくれた宿のご飯も今から楽しみです」

「ふが…………ふご、あめてゅすと、うるさいぞ」

「うるせえのはお前のいびきだ! アリリオお前もそんなに楽しみなら早く行くぞ!」


 これが旧皇帝の子孫とアラブリアの「ラハブ様」だとは。キョースケよりもよほど手のかかる子どもかもしれない。

 テオドールの視線の向こうではハイドとキョースケ、ニコラウスが並んで手を振っている。


「テオー! アリリオ、アドムも! 置いてくよ!」

「早く早く! 僕泊まるところも行きたいし、でっかい時計も見たいし、妖精さんにも会いたい! ねえハイド!」

「うん、楽しみだな。……ふふ、テオドール、アリリオ、アドム。本当に置いていくかもしれないよ」

「え、ハイドまで!? 待ってくださいよ!」

「ふが、ふご」

「起きやがれアドム! 重い!」


 イグリシアの空は薄く雲がかかっていたが、気候は暑くも寒くもなくちょうど良い。港に出ている小さな露店の食べ物の匂いと、海の香り。この六人で旅ができることに喜びを感じながら、テオドールは走り出したアリリオに続いて前の三人のもとへと向かった。……アドムを引きずって。


「自分で歩けこのアホ!」


☆☆☆


 ケインズの家は東の方にあるらしかった。くだらない話をしていると、小さな丘が見えてくる。


「おー、あったあった。あの上にあるのか?」

「そうじゃない?」

「わあい、妖精さん妖精さん!」

「あっ、キョースケ」


 またもやハイドが引っ張られて、丘の上へと連れて行かれる。テオドールたちも後からついて行った。

 風が穏やかに頬を撫でる。辺り一面に素朴な花が咲いて、辺りに誰もいない静けさが六人のにぎやかな時間を際立たせた。


「はあ、はあ、きょ、すけ、もう走れない……」

「えー! ハイド、体力つけなきゃダメだよ。あ、テオドールたちがちょうさ? してる間に僕と追いかけっこしよう!」

「勘弁してくれ……」

「おいおい、大丈夫かハイ………………ド」


 テオドールは一瞬言葉を失った。ハイドのあまりの体力の無さに、ではない。顔を上げた瞬間の、目の前の建物。

 少女はそこにはいなかった。何の変哲もない、ただの家。旧文明の建物というには質素で、まさに追いやられた分家のさみしげな様子を体現した建物。正反対のリーフェンシュタールで、海の向こうの首都で育ってきたテオドールには縁のないものだというのに。



 知っている。



 この場所、この空気。



「…………テオドール? どうしたんだ?」

「……俺、ここ、知ってる。いや、でも、俺は、イグリシアに来たことは、ないはずで」


 混乱する。頭の中がぐるぐるして、締め付けられるように痛い。

 イグリシア。ケインズ。リーフェンシュタール。


「……もしかしたら俺、リーフェンシュタールに拾われる前……ここにいたのかもしれない」


 そう考えればなんとか納得ができた。思えば、テオドールの一番古い記憶はリーフェンシュタール邸でのものなのだ。その前にイグリシアにいたとして、覚えていなくても仕方がない。だとしたら、エドゥアルトが見たという少女とも何か関係あるのかもしれない。何か、何か重要なことを忘れている気がする。

 この旅は、テオドール思っているよりもずっと複雑な何かが絡み合っているのかもしれない。宝石眼の呪い、旧文明、魔女、そして、テオドール自身のルーツに関わる何か。

 それら全てが一本の線で繋がるとき、明らかになる真実とは? 何が自分たちを待ち受けているのだろう? テオドールは全身に鳥肌が立つような気がした。


「なるほど、ここがテオの本当の出身地かもしれないってこと?」

「なんか、すっげー見覚えあるっつーか……」

「入ってみましょう! 何かわかるかもですよ!」


 アリリオがそう言って扉を開ける。重い音が響いた。

 扉の向こうにあったのは、いたって普通の家だった。ただ、暖炉や蛇口が無いだけで。


「やっぱ魔法使ってたのかな……」


 やはりどこか見覚えのあるその家の中をぐるりと見渡す。異様に綺麗だった。誰かが定期的に掃除しているのだろうか? 亡霊が掃除? そんなことを考えてみる。


「……アメテュスト! 来いアメテュスト!」


 アドムの声に我に返り、テオドールは声のする方へと向かう。そこには異様な光景があった。

 旧イグリシア語で、びっしりと文字が書かれていたのだ。


「うわ……なんだこりゃ。おーいニコラ、これ」

「え? うわぁ! 怖! すごいことになってるね、しかもこれ全部傷だ。石か何かで書いたのかな? どれどれ」


 文章、かと思いきやそれは同じ単語の繰り返し、それも固有名詞だ。最初の文字が大文字になっているのは固有名詞だとニコラウスが教えてくれた。


「…………セオドア ・ ケインズ、デイヴィッド ・ ラザフォード、ナジフ ・ ムハンマド」

「あ! それ、ナジフの手記にあった名前じゃねえか!」


 ところどころに血痕が残っている。必死に描いたようだった。何度も、何度も、何度も……まるで、その名前を忘れることを恐れるように。その名前を全てに刻むように。


「この人たちに何か恨みでもあるのでしょうか……?」

「やだぞ、先祖が悪事を犯していたなんてオチは。おれは生まれ変わりとすら言われているのに」

「でもこの字、ちょっと怖いじゃないですか。ホラーですよ!」

「案外魔女がこいつらを恨んでたりしてな。なら何で俺らが呪われてんのか知らねえけど。ケインズがリーフェンシュタールの分家ならわからなくもないが、俺たちは拾われ子だぜ? 血縁関係だって本当はないだろ?」

「……憶測だけどさ、リーフェンシュタールはケインズから莫大な遺産をもらってるわけでしょ? 実はこの三人が結託してケインズにいた女の子を使ってお金を稼いでて、その子の亡霊が魔女だったり」

「ひぃ」


 アリリオの口から小さな悲鳴が漏れる。ニコラウスもなかなか恐ろしいことを考えるものだ。テオドールも背筋が凍りそうだった。アドムも苦い顔をしている。ハイドは相変わらず無邪気な笑顔のキョースケを抱えたまま、悲しそうな顔をした。


「ま、どんな理由があろうと俺の初恋のあの子と、何よりテオとハイドとアドムを呪った魔女のことは許せないけどね」

「旧文明も壊してますしね」


 少し嫌な気分の中、一行は捜査を再開した。家の中には恐ろしいほど何もない。それこそ金目のものはリーフェンシュタールが持っていったのかもしれない。

 もしもニコラウスの説が本当なら、優しいエドゥアルトはどんな顔をするだろうか。ただでさえケインズ家に罪悪感を抱いている彼なのに。テオドールだってリーフェンシュタールが好きだ。あの家が、残酷な過去の上に成り立っているとしたら。テオドール自身もどんな顔をすればよいかわからない。


「……ニコラの説が間違っててほしいって初めて思ったな」

「え? ああ、憶測だからそんな顔しないで。ごめんねテオ」


 ニコラウスが謝るが、テオドールたちがこれから立ち向かう真実はそれよりも残酷かもしれないのだ。テオドールは静かに首を横に振って調査を続けるのだった。

 アドムはまだ、壁の文字を見つめていた。

読んでくださりありがとうございます!


ついにイグリシアにやってきました! 色々見えてきましたね、でも大変なのはこれからです。


ブックマーク、評価、リアクションをしていただくと大変励みになります! よろしくお願いいたします!


タラノリオ(2026.8.16)

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