第28話 ケインズの家
計画を立ててから三日後、テオドールはリーフェンシュタール邸を訪れていた。今回はアドムも一緒だ。なんでも確かめたいことがあるらしい。
「珍しいな、なんか」
「まあ、な。おれにも思うところがあるだけだ。いつまでもおまえらに任せきりなのも良くない」
「お前が? そんなことを?」
「アメテュスト、おまえおれをなんだと思ってるんだ」
「だから、金ぴか趣味のラハブ様だろ?」
「む……皆しておれを笑うのか。今からでもザフィーアを呼ぼう。あやつはおれの部屋に何も言わんかったぞ」
「それ、反応に困っただけじゃね?」
テオドールがそう言うと、アドムは「ぷくく」と笑った。
「確かに困った顔をしていた気がするぞ」
「ほら見ろ」
リーフェンシュタール邸への道を二人で歩く。話しているうちに大きな豪邸が見えてきた。
慣れたものだ。最初にエドゥアルトがヴァイスヴァルトを訪れ、テオドールが許されていたことを知ってからもしばらくは躊躇していたのに。最近ではリーフェンシュタール邸に足を踏み入れればメイドたちに「テオドール様、おかえりなさいませ」と頭を下げられることすら自然と受け入れられるようになってしまった。今日も門番に挨拶をして、扉を開ければメイドたちが出迎えてくれる。
「テオドール様、おかえりなさいませ……まあ、貴方様はアラブリアのラハブ様でございますか。エドゥアルト様からお噂はかねがね」
「うむ、苦しゅうないぞ」
「どうぞお上がりくださいませ。今エドゥアルト様をお呼びいたします」
客間に案内され、ソファに座る。ご丁寧に紅茶とお菓子が用意されていた。数分もしないうちにエドゥアルトがやってくる。
「やあテオ。アドム君までいるのは珍しいね」
「よう旦那。おれだぞ」
「うんうん。それで今日はどうかした? イグリシアへ行く日が決まったのかな」
テオドールは「四日後だ」と答える。エドゥアルトは頷いて、早速船と宿の準備を進めるようメイドに告げた。
とはいえ本題はそちらではない。テオドールは今日、ケインズ家について話すために来たのだ。
「なあ義兄上。この地図のさ、その、ケインズの家って」
「ああ、そこかい? ほら、家を出ていった君を探すのに手がかりを集める中で知ったんだよ。話しておけば良かったね。僕は一度行ったことがあるけど……君たちもそこに行くのかな」
思いもよらないエドゥアルトの発言にテオドールは思わず身を乗り出した。まさかケインズの家にエドゥアルトが既に行っていたとは。
「どんなところだった? 妖精とか魔法の名残ってのは本当か?」
「うーん、見たところ普通の家だったよ。あ、でも……そこで誰かに会った気がする。女の子だったような」
「ふむ、おなごとな」
「そうそう。長い髪の女の子。顔は覚えてないな」
長い髪の少女。テオドールの頭の片隅で声がする。儚い声。知らない名前。
その少女と会ったことがある気がした。しかも、割と最近。不思議な感覚にテオドールは混乱する。
「……そいつと、何か話したりは?」
「話? ………………あ、したね。彼女、僕に話しかけてきたんだ。家の玄関のあたりにずっと立ってて、観光者かなと思ったらいきなりね。たしか……『貴方は似てるけど、違うのね』って。何のことだろうと思っていたらいつの間にかいなかった。あの子が妖精だったのかな?」
なるほど、妖精や魔法の名残というのは間違いではないらしい。しかしどちらかというと亡霊のようなものだろうか。たとえば、無念の死を遂げたケインズ家の少女…………なんて、考えるにはまだ早いような気もしたが何かありそうなのは間違いない。それに、テオドール自身もその少女のことが気になってしまった。
あるいは、その少女こそツィトリンの所持者かつニコラウスの初恋の少女だったとしたら? すべてが重なるかもしれない。
「やっぱケインズの家は行くしかねえな。義兄上、ケインズ家についての資料ってあるか? ……いや、でもリーフェンシュタールにとってケインズは抹消すべき過去になるのか」
「うん。それにニコラウス君も言っていたように旧文明時代のことはほとんど紙の記録に残されていない。だからケインズの記録は無い、と言いたいところだけどね。リーフェンシュタールの記録をもとに僕が集めたからあるんだよこれが」
「ほう、さすが旦那だな」
エドゥアルトにとってケインズ家のことはかつて母を殺してしまったと思い失踪した義弟、テオドールを探す手がかりでもあり、当主として向き合うべき家の過去だったらしい。もはやエドゥアルトこそ神なのかもしれない。テオドールは信仰心すらおぼえた。
ケインズ家の記録はリーフェンシュタールの重要資料なので、残念ながら持ち帰ることはできなかった。テオドールは読んだものを整理して、軽くノートにまとめて持ち帰ることにした。
「なになに、ケインズ家はリーフェンシュタールの分家…………ん? なあ、これ、リーフェンシュタールはケインズから遺産を相続したのか?」
「それかい? 僕の調べたところによるとケインズ家は結局旧文明末期、双子の姉弟の代で途絶えたらしくてね。彼らが実は莫大な遺産を持っていて、それが親戚であるリーフェンシュタールに渡ってきたわけだ。その遺産をもとにリーフェンシュタールは文明復興を支えたとか」
「ふうん」
口減らしで作られたはずのケインズ家が最終的に莫大な遺産を得ているとは、そしてそれがリーフェンシュタールに渡るとは何の因果だろうか。
もしかしたらそれが不当な相続で、そのツィトリンの所持者かもしれない少女がケインズの子孫だったりして。なんてテオドールは考えてみる。
「あ、そうだ。アドムはいいのか? 聞きたいことがあるんじゃ」
「おお、そうだ。旦那、船にベッドはあるか? ふかふかのやつだ」
「…………まさかお前、それだけ聞きに?」
「うむ。当たり前だぞ。おれは船旅の途中で寝る自信たっぷりだ」
ふんぞり返るアドム。エドゥアルトは笑って頷いた。
「ベッドならあるから安心して。ふかふかね、最高級品を用意しよう」
「アドムお前…………」
「助かるぞ旦那」
テオドールはエドゥアルトに「ごめん義兄上」と謝るが、エドゥアルトはやはり笑顔で「いいんだよ」と言うのだった。
「それにしてもイグリシアか。君たちの目的は魔女を見つけてその宝石眼の呪いを解くことだろうけど、少しくらいは楽しんでおいで。そうだ、お小遣いをあげよう。今回のミッションだ、各々好きな雑貨なりなんなり買いなさい。この前見せてもらったけど君たち……アドム君以外の部屋は簡素すぎるよ」
テオなんか昔僕があげたペン一本をずっと使ってるって言うじゃないか、とエドゥアルトは苦笑する。あれはテオドールの宝物だ。優しい義兄の、リーフェンシュタールの記憶。もちろん、今も優しいが。
「あ、でもできたら僕にもお土産を買ってきてくれると嬉しいな」
「当たり前だろ、もとからそのつもりだ。何が良い? 義兄上」
「皆の選んでくれるものなら何でも嬉しいけど、そうだな……良い時計があったら買ってきておくれ」
「わかった」
ものの品質についてはアドムがいれば間違いないだろう。アドムの審美眼はやはり本人の言う通り鋭いのだ。リーフェンシュタール邸にある、一見豪華には見えない花瓶の価値も一瞬で見抜いた。テオドールにはヴァイスヴァルトにある花瓶との違いがよく分からないのに。
食ならアリリオ、芸術ならアドムなのだろう。こりゃお土産選びは困らなそうだ、とテオドールは安心した。
「じゃあ、四日後ね。気をつけて」
「おう、ありがとう義兄上!」
「期待しているといいぞ、旦那」
テオドールとアドムはエドゥアルトに手を振って、リーフェンシュタール邸を出るのだった。
次の目的地は、イグリシア。そこに何かが、あるいは誰かが待っているような気がした。




