第23話 呪いと加護
「ただいま、これ義兄上からお土産」
「おかえりテオ……何かあった? 難しい顔してる」
ニコラウスが心配そうにテオドールを見つめる。テオドールの眉間には深く皺が寄せられていた。
「いや、なんつーか、なんか大事なこと忘れてるような……?」
「なーんだ、物忘れですか。ニコラならまだしも貴方は割とよくあることです。そのうち思い出しますよ」
「ひどくね?」
「だってそうでしょう? それより今日はシチューですよ!」
それを聞いてテオドールは早速ダイニングに向かう。ミルクのまろやかな香りに満たされた空間で調理をするハイドの足元にはキョースケがぴったりくっついていた。
「ハイド! ハイド! 僕お肉たくさん食べたいな!」
「わかった。君の分は肉を多めに入れようか……ああテオドール、おかえり」
「おかえり!」
「ただいま。……あれ、アドムは?」
ふと、ダイニングにもアドムの姿がないことに気づく。彼も彼でどこかへ出かけたのだろうか?そう思っていると後ろから足音がした。
「よ、アメテュスト。おかえり」
「ただいま」
「アドム、君どこに?」
「うむ。おれの部屋として割り当ててもらった部屋を飾り付けていただけだから心配するなザフィーア。金ぴかにしておいたんだぞ」
この家はやはり元寮と言うだけあってそれなりに小部屋がある。それぞれ皆部屋を割り当てているのだが、アドムはそこに飾り付けをしたと言うのだ。
テオドールの部屋に飾りは無い。金ぴか、とまではしなくとも花くらいは飾っても良いような気がした。
「見るか? アメテュスト」
「あー、ちょっと見てえかも」
「うむ、そうだろう」
アドムはついてこいと言うようにテオドールの前を歩いていった。早く見せたいのか、少し足早に。
階段を上がり、アドムの部屋の扉を開けてテオドールは思わず「うわあ」と声を漏らした。
アラブリアの伝統模様があしらわれた宝石箱や金色の置物が棚に並べられている。アドムのいたムハンマドの屋敷にはもっとたくさんあったから、これでもアドムの所有物全てではないのだろう。
「で、何に使うんだこれ」
「知らんのか。……金にするんだ」
「財産として持ってきたってことか⁉︎」
「うむ。何かあった時に売れるだろ」
「はえ……なるほど? でも普通の金じゃ駄目なのか?」
「金の価値は帝国財政に左右される。だがゲージュツヒンの価値は未来永劫変わらんものだ。実際、旧文明のゲージュツヒンだけは今でも評価されてるだろ」
たしかに、旧文明について深掘りすることは避けられているが芸術は別だ。美術館や博物館には旧文明時代の芸術品が多く展示されている。それは変わらぬ美しさとして現在も評価され続け……あるいは、むしろ作られた当時よりも高い評価を得ている。
なるほど、芸術というものはたしかにアドムの言うとおりかもしれない。特に伝統工芸は機械で量産するものではない。一つ一つに価値が秘められている。
「さ、アメテュスト。ここからは真面目な話だ」
アドムの炎のような瞳がテオドールを映す。
さては部屋の装飾なんて建前だったな、などとテオドールはここでやっと気づいた。
「おまえにこのことを話すのには理由がある。一つはおまえ自身が宝石眼の所持者だから。もう一つはおまえが過去をコクフクしたからだ」
テオドールはリーフェンシュタール邸に向かう前、アドムにも自分と義兄のことについて話しておいた。過去の克服とはそのことだろう。
「おれは今からおまえにザンコクなことを言う。ただ、これはあくまでもおれの考えであっておまえが信じるかどうかは任せることとする」
「お、おう、なんだよ……」
突然のアドムからの情報提供に一気に緊張がテオドールを襲う。残酷なこと。一体何か。もしかしたら、ニコラウスとテオドールも話した「生贄」についてかもしれない。だとしたら恐れることはないはずだ。既にテオドールはそのことを知っているし、その説に矛盾があることはわかっている。
しかしアドムは、テオドールの予想よりもずっととんでもないことを口にした。それは、全ての前提が覆されるようなこと。
「宝石眼は呪いではない」
「………………は?」
「これをおれが言うことは、おまえたちにとって相当怒るべきことだろう。おれは『ラハブ』としてぬくぬく生きてきた。グラナートは『老』の呪いを持つと聞いたが、おれはその呪いに苦しめられたこともなければ発動すらしたことがない。でもだからこそそう考えたんだ」
宝石眼は呪いではない。
何を言っているのかわからなかった。呪いでなければ何だというのだ。人を殺し、苦しめ、絶望に追い込む厄災の、魔女の産物。
テオドールは大きく深呼吸をした。そして強くアドムを見つめ返す。その言葉の続きを待った。
「………………メガネから聞いた。呪いのユーハツジョーケンは所持者の強い負の感情だ。おまえたちは最初から『呪い』として見ているから今まで気づかなかったかもしれないが、キャッカンテキに見ろ。所持者が苦しいとき、痛いとき、辛いときに『周り』を苦しめる力が発動する……それは、まるで」
おまえたちを守っているみたいじゃないか。
「っ、でも、でも俺は望んでなかった! ハイドだって」
「だからザフィーアには話さんのだ。それに、あれは自分を守るに値しない存在だと思っているだろうからそもそもナットクしないだろう」
「……じゃあなんだよ、これは加護だとでもいうのか? とんだ皮肉だな」
テオドールが呪いを発動したのは、義母に殺されかけた時だった。
ハイドが呪いを発動したのは、実験で痛めつけられた時だった。
アドムは、呪いを発動したことがない。
それらを考えれば、アドムの言うことには説得力があった。それはテオドールもわかっていた。
「セーカクには無理やり加護の性質を帯びた呪いなのかもしれん。ならば呪いと呼び続けることに間違いはない。ただ、本気でこの宝石眼について知りたいのなら違う角度からの視点も大切だと思ったんだ」
「……なるほどな。お前の言いたいことはよくわかった。でも俺はまだしも、ハイドは宝石眼に守られたことはないぜ。だって知る限りジキルの奴は宝石眼を恐れてない」
「そこが難しい。チュートハンパな性質だ」
やれやれとアドムは踵を返す。
「混乱させたらすまんなアメテュスト。一人の仲間の、戯言だと思ってくれてもいい」
「いや、お前の視点も大事だよ。ありがとな、教えてくれて」
「苦しゅうないぞ。おまえもリーフェンシュタール卿から色々教えてもらってるだろ、ザフィーアのシチューを食べながらゆっくり聞かせてくれ」
シチュー、シチュー、と自分の口でステップに合わせて呟くアドムは子どものようで、今しがた前提を破壊するような意見を出したとは思えなかった。
宝石眼が、加護……あるいは加護の性質を帯びた呪いだとしたら。魔女はなぜそんなものを残したのだろうか。もしかして、魔女がかけた呪いを誰かが緩和してくれたのだろうか。
もしかしたらその人こそがこの家を用意してくれたのかもしれない。ばらばらだった点と点が繋がりそうで、でも繋げるには決定打が不足している。もどかしい気持ちを抱えながら、テオドールはアドムについて階段を降りていった。
この家を調べれば、その誰か、または魔女のこともわかるのかもしれない。どんな小さなことでもいい。この家の中に手がかりがあってほしい。
だがしかし、最後に見る結果がどんな皮肉でも、どんな残酷な真実でも、自分は受け入れることができるだろうか?それができないのなら、いっそこのまま仲間と、友人と、穏やかな時間を過ごすことができたほうが良いのではないだろうか。
それでも、知らなければいけない。それが自分たちが出会った意味なのだ。テオドールはそう、己に言い聞かせた。




