第20話 黄水晶の贈り物
「出発前に寄りたい所がある」
ヴァイスヴァルトへと戻る日の朝、アドムがそう言うので五人はアラブリアの街から少し離れたところへと向かっていた。
テオドールがアドムと握手を交わしたあの後、ムハンマド家の当主が現れて「ラハブ様をよろしくお願いします」とテオドールたちに跪いたり、あれやこれやとアラブリアの名物を持たされたりとてんやわんやだった。アラブリアはもっと厳格で独裁色の強い地区だと思っていたテオドールだったが、アドムが適当にそれらをあしらっている様子を見て思っていたよりも賑やかで面白いところだと気づく。テオドールたちのことも温かく送り出してくれた。
「良いところなんだな、アラブリア」
「うむ、おれもここが好きだ。でもこれから行くだろう他の地区にもキョーミがある。世界は広い」
着いたぞ、とアドムが告げる。
「ここは……」
「アラブリア式の墓だ。これがおれの育ての親、おじじの墓。おじじは去年寿命を全うして、幸せそうな顔で亡くなった」
白色の石でできた大きい墓の前に、アドムがしゃがむ。
ライハン ・ ユーヌスと書いてあった。テオドールはアドムが最初にフルネームを名乗ったことを思い出す。ムハンマド家の初代当主の生まれ変わりとしてムハンマド姓を名乗るようになっても、彼はミドルネームとして「おじじ」の姓を持ち続けていたのだ。それだけ、アドムにとって大事な人だったのだろうと思う。
「おじじは捨てられていたおれを拾って育ててくれた。もちろん、ムハンマド家の当主もおれをラハブとして大事にしてくれたが……『アドム』として育ててくれたのはおじじだ。だからおれの仲間をおじじにホーコクしたかったわけだ、急に連れてきてすまんな」
アドムもまた、宝石眼所持者と出会うことをずっと望んでいたのかもしれない。テオドールとも、ハイドとも違って彼が虐げられたり呪いに苦しんだりしたわけではないことはもうわかっていた。しかし記憶もない、知りもしない初代当主の生まれ変わりとして扱われるのは彼にとってどんなことだったのだろう。勝手な想像で人様を憐れむものではない。だが、アドムもテオドールたちに出会うことを望んでいてくれていたのなら、仲間というものを望んでいてくれていたのだとしたら。そうだったら良いなとテオドールは思うのだ。
たとえそれが初代当主の遺言だったとしても、もう「仲間」だと言ってくれたことがテオドールにとってこの上なく嬉しいことだった。
「行ってくるな、おじじ。おじじも知りたがっていた旧文明の真実を知るために」
アドムが小さな声で墓に語りかける。
「アドムのおじいさんは旧文明の真実を知りたがっていたの?」
「ああ、おじじも変わり者だったからな。それと、ナジフの遺言がおじじにも伝えられていた。手記じゃないぞ、遺言の方だ。まさか拾った子供がその遺言にあるナジフの生まれ変わりとなるとは思っていなかっただろうが」
「遺言では何て言われていたんですか?」
「そのままだ。『私は非業の死を遂げる。呪いによって死を遂げる。赤の宝石を守りなさい。私はきっとそこにいる』……手記と照らし合わせればナジフの特徴だった赤の宝石眼を指しているのがわかる。ナジフはおそらく最初の厄災で魔女に呪われて死んだのだろう」
テオドールはニコラウスの話を思い出した。テオドールたち以外にかつて宝石眼がいた可能性の話だ。ナジフはまさにそれだろう。ニコラウスとテオドールが以前出した結論は、宝石眼所持者が生贄となって厄災が起こるというものだった。となればナジフは最初の厄災で呪われ、その後次の厄災の生贄となったのだろうか?
「なあ、『ラハブ様』っていうのはお前以外にいたことはあるのか?」
「む、いないぞ。おれが最初のラハブだ」
「うーん……?」
厄災は今までに何度か起こっている。ならばムハンマド家が今回初めてグラナートの所持者を見つけたのは少し不自然ではないか。少なくともテオドールは違和感を感じた。そもそも、厄災が起こっているのは新文明だ。宝石眼所持者について何の記録も残っていないのはおかしい。
もしかしたら宝石眼所持者が厄災の生贄となる、という仮説は棄却されるのかもしれない。それはテオドールたちにとって安心できることだが、同時にますます真相がわからなくなる。ニコラウスの見つけた「生贄」の話は何だったのだろう。そもそもそれもナジフの手記由来の情報だが、アドムはそれに触れなかった。とはいえテオドールとニコラウスもハイドやアリリオにその話をしていない。不安を煽らないように敢えて話に出さないのかもしれない。
どうしたって、旧文明の遺物を完全に解読することは不可能だ。今の時代、旧文明時代の言葉を使える者はいないのだから。どれが正しくてどれが正しくないのか、手探りで探していくしかない。
「アメテュスト、色々考えているのかもしれないがナジフの手記も遺言もおれが持っているから後でいつでも見返せる。真相というのはのんびり眺めている時に現れるものだぞ」
「……それも、そうか」
「うむ。大体おれはまだおまえたちの持つジョーホーも知らん。ゆっくり整理するべきだ」
呑気で何も考えていないように見えて、アドムは冷静で考え深い人なのかもしれない。
彼の言う通り、テオドールたちの持つ情報は共有していない。おそらくほとんどはアドムも知っているのだろうが、呪いの発動条件やロルバッハ家のことなども話しておかなければならないだろう。
「それで、ずっと気になっていたんだが『あれ』はおまえらの仲間か?」
「え?」
アドムの指さす方に目をやる。
テオドールたち一行から少し離れたところにある墓石の後ろ、誰かがいるらしく黒く艶やかな髪がちらりと見えていた。ニコラウスの髪は黒色だが、あんなに長くはない。何よりここにいる。
つけられていた? ロルバッハの刺客か? テオドールは咄嗟に身構える。
しかし、テオドールの仲間ではないと気づいてもなおアドムは大胆にそれに近づいていった。
「……ちび、おまえ何者だ?」
「ぴゃっ」
慌てて飛び出したのはまだ年齢も二桁いくかいかないかに見える少年だった。変わった服を着ている。袖口や首元がゆったりとした、ボタンの無い服。長い布を腰のあたりに巻いて、服を留めているのだろうか? テオドールはそれがヒノモト地区の服装である「コソデ」というものであることをニコラウスから今しがた聞いて知った。
アドムにじっと見られ、決まりが悪そうに出てきた少年はテオドールたちを見て「えへへ」とあどけなく笑った。
「バレちゃった。おにーさんすごいや! 僕はキョースケ、勝手についてきちゃってごめんね!」
「もしかして迷子? 大丈夫?」
ニコラウスがしゃがんで目線を合わせてやる。キョースケという少年はそんなニコラウスに目もくれず、テオドールの瞳を見つめた。
「おねーさん、宝石みたいに綺麗な目。僕ね、それと同じ目の人に頼まれて来たんだよ」
「……なんだって?」
お姉さんじゃねえよ、というツッコミも忘れて、テオドールはついキョースケの肩を掴んだ。
「なあ、そいつ、金色の目だったか?」
「えっと、金色だったと思うよ⋯⋯? 僕、一人で旅してて、お腹空いてるところを助けてもらって、アラブリアに行けってだけ言われて。あのね、まだ会えないからちょっと待っててって言ってたんだ」
「……ほう。それでちび、おまえは一人か」
「うん!」
彼も何か訳ありなのかもしれない。テオドールは深くは聞かないことにした。アドムも同じ決断をしたらしい。
おそらくキョースケをここに向かわせたのはツィトリンの所持者だろう。キョースケは一人で旅をしていたらしいから、自分の情報を持たせてアラブリアに送ることで「ラハブ様」に保護してもらおうとしたのだろう。だが、そのラハブ様……アドムはもうこちらの仲間としてアラブリアを出るところだ。
ツィトリンの意図がわかる以上見過ごすこともできないが、かといって共に行くには彼は幼い。それに、今は苦しみを感じていない、むしろ前向きな気持ちでいられているテオドールでもいつ呪いを発動することになるかわからない。
悩んでいると、キョースケは黒く大きな瞳に涙をためて、テオドールを見つめた。
「おねーさん、このまま僕も一緒に行っちゃダメ……? 一人はさみしいよ」
「う……」
テオドールはまずニコラウスを見た。何を考えているのか彼はグッドサインを出しており、アリリオも特に気にしていない様子だ。ハイドも困った様子でテオドールを見ている。アドムは少し冷めた目でキョースケを見ていた。




