第19話 砂漠の柘榴石
二日後。プレンシアの駅でテオドールたちはジェンティアの部下と合流し、アラブリアへと向かった。アラブリアの駅は簡素な作りになっていて、プレンシアやハーグリアの駅にあるような店はムハンマド家が管理する関所を抜けたところにしかない。
ジェンティアの部下は関所の係員に何やら話した後、テオドールたちを手招きした。
「ここから先はラハブ様の領域、僕は行けないみたいです。一度お嬢のところに報告してきますので、ここで」
「ああ、ありがとうな。ジェンティにもよろしく伝えておいてくれ」
「はい、皆様もお気をつけて」
ジェンティアの部下に手を振り、今度は歩き出したムハンマドの案内人について行くと金銀に光る部屋に通され豪勢な音楽が鳴り響く。紅の絨毯に沿って何人もの人が跪いていた。
豪華な出迎えだ。アーラファミリーの紹介だからだろうか? それとも、「ラハブ様」の指示だろうか?
「よく来た、遠方からの客よ」
抑揚のない声が聞こえ、テオドールは声の主がいるのであろう前方を見る。階段を一段ずつ降りる音、柔らかな布が揺れる音。ベール越しに、炎のような深紅の瞳がテオドールたちをとらえた。
紫と青、赤の光が交錯する。
「……わざわざ来てもらってすまないな、おれがラハブと呼ばれる者、あるいはグラナートの所持者」
「 !」
グラナート。宝石眼の由来となった魔宝石の名前だ。テオドールたちにとって赤色の宝石眼を指す言葉。やはりラハブという存在はテオドールたちの探し求めていた宝石眼所持者だったのだ。
とはいえ、ハイドの時とは違い相手はムハンマド家で崇め奉られている存在だ。こうして出会えたことは良いが旅に連れ出すことなどできるだろうか?
「遠路はるばるご苦労だった。向こうでもてなそう、ついて来い」
「ラハブ様、私共は」
「席を外せ。個人的に話がある」
「しかし護衛を」
「いらん。この目を忘れたか」
「……失礼しました、仰せのままに」
ここの人間は皆彼の使用人というのか、従者というのか、とにかく彼の言うことを聞くようだった。何せここはアラブリア、長きにわたるムハンマド家の絶対支配で栄える地区だ。そのうえ初代当主の生まれ変わりとされる彼はよほど大きい支配力を持つのだろう。
テオドールはリーフェンシュタール家の次男で、現在はエドゥアルトによって正式な立場を保証されている身だ。しかしここは相手の領域である。慣れない緊張感にテオドールの心臓の鼓動が速まる中、奥の部屋の扉が開かれる。
周りの従者たちは皆分厚い扉の向こうに追い出され、重い音が響く。その瞬間、グラナートの所持者はどかりとソファに座った。その座り方は威厳ある支配者のものではない。まるで子どものように足を揺らして、のんびりと座っている。先ほどまでの張り詰めた空気が一気に緩んだ。
「ま、座れ」
「あ、ああ……」
促されるままにテオドールたちも座る。革製のソファで、座り心地は最上級だ。
グラナートの所持者は呑気に口を開いた。
「改めてジコショーカイする。おれはアドム ・ ユーヌス ・ ムハンマド、十七歳だ。よく来たな、アメテュスト、ザフィーア、皇子」
どうやらアリリオが旧皇帝の子孫であることは既に知っているようだ。そして他の宝石眼所持者のことも。
「…………と、メガネ?」
アドムは首をかしげる。そりゃそうだ、とテオドールは頭を抱えた。よくよく考えればニコラウスは宝石眼所持者でもなければ旧文明の関連者でもない。ただ、テオドールの旅が始まったのは間違いなくニコラウスのおかげで、彼がいなければ宝石眼のことすらわからなかったのだが、それも客観的に見ればおかしな話だ。帝国学校卒業生とはいえ、ニコラウスは完全に一般人。一しかし般人がよくここまで動けるものだ。過去に惚れた女性一人のために。
テオドールが説明する前に、最初から特に緊張もしていなかった様子のニコラウスはこれまた呑気に笑った。
「俺はニコラウス。旅人? 学者? まあ何でもいいや、宝石眼の呪いを解くための協力者だよ」
「ほう、とするともしやおまえがテーコクガッコーの異端児か」
「ん? 異端児?」
ニコラウスは気まずそうにテオドールから目を逸らして、誤魔化すように笑う。
「ほら、言ったでしょ。誰も研究に協力してくれなかったって」
「いや、言ってたけど異端児なんてまで言われてたのかよ!」
「まあ周りからの評判はあんまり良くなかったかも……? あ、でも大っぴらに処分とかはされてないよ! 陰で変わった奴だって言われてただけ!」
変わり者ばかりという噂の帝国学校の中でさらに変わり者だと思われていたとは。テオドールはニコラウスの肩にぽんと手を置いた。アリリオとハイドもニコラウスを憐れむように声をかける。
「……俺たちは貴方の味方ですからね」
「何かされたら言うんだよニコラウス」
「あはは……」
苦笑するニコラウスに、アドムがふんぞり返って自慢げな顔をする。
「ちなみにおまえがテーコクガッコーにいた三年前に匿名で支援金を送ってた貴族がおれだぞ」
「えっ、そうだったの!? ありがとうございます!」
「異端児が旧文明の研究をしていると聞いたからな、この瞳に関して何かわかればと思って支援した」
アドムがソファに座り直す。
「さて、本題に入ろう。聞きたいことはあると思うしおれもおまえたちに聞きたいことがあるが、まずはおれの話を聞いてくれ」
「……わかった」
再び走る緊張感にテオドールは息を呑んだ。初代ムハンマド家当主の生まれ変わり、グラナートの所持者、ニコラウスの研究を支援した者……気になる点ばかりだが、まずは静かに話を聞くことにして頷くと、アドムはにやりと笑った。
「うむ、助かる。まず一つ目だがおれは初代ムハンマド家当主の生まれ変わりとされているが、その記憶は全くない。おれはムハンマド商会の元会長に拾われた捨て子だ。まあ、それもまたあいつらの信仰を増幅させる要素の一つになったわけだがそれは良い。とにかく幼い頃にこの目を出現させて以降こんなふうに『ラハブ様』となったわけだ。だからおれが本当にムハンマド家初代当主の生まれ変わりかどうかはわからん。初代当主の時代……つまり旧文明のことについて聞かれても答えられないことは言っておく。それから二つ目、これはお願いだ。おまえたちのメンバーから察するに随分調査が進んでいるようだな? おれをそこに入れてくれ。以上だ」
「お、おう、要するに俺らと一緒に来てくれるってことだよな?」
「そういうことだ」
最初に会ったハイドがあの調子だったから尚更だが、あっさりと話が進んでしまったのでテオドールは逆に困惑した。
「大丈夫なの? 『ラハブ様』が旅に出るなんて知ったら皆反対するんじゃ」
「いや、このことは皆前から知っている。おれは宝石眼所持者が見つかったら共に行くと決めていたし、宝石眼所持者に会えというのは他でもない初代当主の遺言だ。ああそうだ、おまえたちにも見せておこう」
アドムが立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出した。いや、本というよりもそれは雑に束ねられた紙束だった。ニコラウスがはっとして尋ねる。
「まさか、旧文明の記録? ナジフの手記と言語が似てる」
「知っていたか。まさにこれはムハンマド家初代当主、ナジフ ・ ムハンマドの手記だ」
「!」
ナジフの手記。その名前にテオドールも覚えがあった。ニコラウスが旧文明および宝石眼について調べたときの手がかりとなった、数少ない旧文明の記録だ。しかしナジフというのがムハンマド家初代当主の名前だったとは。
「帝国学校にもナジフの手記があったんだ。ページはところどころ飛んでたけど、これが原本?」
「そうだったのか。おそらくテーコクガッコーにあるのはこれの複製だな。古代アラブリア語で書いてあるから翻訳にかなり時間がかかった。メガネ、おまえ一人でこれを読んだのか?」
「うん、まあ、異端児だからね」
はは、と自嘲するニコラウスだがその功績はおそらく彼自身が思っているよりもすごいものだ。アドムも感心したように声を漏らした。
「さすがだな。おれも自分の前世とされる人間のことを知っておこうとおもってこれを読んだがほとんどわからなかった。ムハンマドの学者もだ。旧文明の記録は無いに等しいから仕方ないが、辛うじてわかったのが四つの宝石眼の存在と、呪いという言葉だ。そして魔女という単語がいくつか出てきていたこと……ついでに、旧皇家の者が銀髪銀眼だったことくらいは理解した」
「なるほど、だから俺のこともわかったんですね」
「うむ。とにかくナジフの遺言に従っておれはおまえたちについて行く。これからよろしく頼むぞ。そうだな、多分この中だとおまえがチューシンなんだろう、アメテュスト」
アドムがテオドールに手を差し出してきた。
自身が中心だと思われていることはテオドールにとって少し不思議だったが、ニコラウスもアリリオも、ハイドも特に気にする様子はなくむしろ頷いていたのでそのままアドムの手を取る。
これで、三人目の宝石眼所持者だ。




