第21話 ようこそ
困り果てるテオドールに助け舟を出したのはアリリオだった。
「大丈夫ですよ、何かあってもこのおちびさん一人くらいなら俺の魔法で守れます」
「アリリオ……」
テオドールはキョースケをもう一度見つめる。置いていかないでと訴えるような、小動物のようなその様子に、テオドールはついに観念して答えを出した。
「じゃ、一緒に行くか」
「わあ! おねーさんありがとう!」
「あ、そうだ! おねーさんじゃねえよ! 俺は男! テオドールって名前!」
「テオドール? わかった!」
キョースケがにぱっと笑ってテオドールの手を繋ぐ。その手は小さく柔らかで、幼子のそれだった。義父と義兄と手を繋いで歩いた首都を思い出す。今だって頼めばエドゥアルトはやってくれるだろうが、さすがにそんな年でもない。帝国学校に行っていたとしたらとっくに卒業済みなのだから。
「ねえねえ、おにーさんの名前は?」
「……オレ?」
キョースケはテオドールの手を握ったまま、今度はハイドに声をかけた。突然笑いかけられて驚くハイドだが、彼は幼子に随分優しいらしい。テオドールたちに話すよりもいくぶんか柔らかな声色で、ニコラウスのようにキョースケに目線を合わせてしゃがんだ。
「オレはハイド。よろしくな、キョースケ」
「……うん! ハイド!」
キョースケはハイドの手も握り、そのままニコラウスとアリリオ、アドムのところにも行く。
「よろしくねキョースケ」
「一人旅だったなんて、今まで頑張ってきたんですね」
ニコラウスとアリリオにも可愛がられ、満面の笑みを浮かべるキョースケ。それを見るテオドールの背をアドムが軽く叩いた。
「おいアメテュスト、出発するなら早く行くぞ。おれはもうおじじへの挨拶は済んだ」
「え、ああ、そうだな」
「うむ。あとおれはお腹が空いたぞ。どうせならプレンシアの駅で何か食べたい」
「良いですね!」
「アリリオお前食い物の話になると生き生きするよなあ」
テオドールが呆れながらも笑う。アリリオはそれを恥じるどころかむしろ満足げな顔で「食べることは幸せなことですから」と語った。
旧文明時代、大帝国スバニアを治めた皇帝……の、末裔の割にはかなり庶民的な幸せに歓喜するものだ。
「テオドールたちはプレンシアに住んでるの?」
「まあ、拠点と呼ぶならあそこだな」
そういえば、そろそろエドゥアルトの調査も終わっている頃だろう。あの家が一体どういう存在なのか……もしかしたら、あの家が丸ごと知られざる旧文明の遺跡だという可能性もある。電気がなくとも成り立つ家。そもそも最初から不思議だった。あんないかにも怪しげな森の奥にあって、テオドールが来るまで誰も見つけなかったなんて。まるでテオドールを待っていたかのようだ。
運命なんて言葉を、テオドールは信じない。それでも、リーフェンシュタール家を出ていった自分があの家にたどり着いたことに何かの意味があったのだとしたら。
「戻るか、プレンシアに」
エドゥアルトもきっとテオドールたちの帰りを待っている。それから、グラナートの所持者が仲間となりツィトリンの所持者の存在も確認できたと報告したら喜んでくれることだろう。
テオドールはキョースケの手を引いて歩き出した。
☆☆☆
アラブリアの駅からプレンシアまで、列車の中は何を食べるかという話で持ちきりだった。プレンシアの料理といえば肉料理が多い。手軽に食べられるヴルスト、酸味の強いザウアーブラーテン、塩味の効いたアイスバイン……。
色々と考えた結果、ヴルストを買って食べることにした。ヴルストは獣の肉を腸詰めにしたもので、万人に食べやすい味から変わった味までさまざまな種類がある。他地区の人間にも人気がある料理なので東西南北出身者が入り交じるこのパーティーにはうってつけだと判断したのだ。
「さーて飯飯。ヴルスト専門店でも行くか」
「わーい、ヴルストヴルスト! 俺あれ大好きなんだよね、帝国学校にいた時プレンシアで食べたのが忘れられなくて」
「せっかくなので変わり種を試してみますか。皆はどうします?」
プレンシアの駅に着くなり一行はヴルストの美味しい店を探しに歩き出した。傍から見ればただのヴルスト大好き集団だ。もっとも、人の多いプレンシアでは彼らに特別目をやる存在など無いのだが。
「俺も変わったのにする」
「俺は一番無難なやつ!」
「……オレもニコラウスと同じもので」
「おれはボーケンするぞ」
「僕テオドールと一緒のやつが良い!」
各々食べたい味を決めると、ニコラウスとアリリオがまとめて注文に行ってくれた。少し肌寒い午後の空気の中、熱々のヴルストが渡される。一口頬張れば肉汁が溢れて口の中いっぱいに旨味が広がる。テオドール……と、キョースケの選んだ味はハーブ入りのものだった。肉の旨味、脂、そこにハーブの爽やかな風味が加わる。テオドールの中では満点だ。
「うーん、これだよこれ! この塩と香辛料の味! ……アリリオ、変わり種はどう?」
「思っていたよりも辛いです。でもこのスパイス感が絶妙ですね」
「…………すっぱい」
「アドム! 口がすごいすぼまってるよ!」
アドムのきゅっとすぼめられた口を見てニコラウスが大爆笑する。それはアドムにとっても面白かったらしい。もう一度ヴルストを食べて、ますます口をすぼめる。これにはアリリオも吹き出していた。ニコラウスに至っては今にも笑い転げてどこかへ飛んでいきそうだ。
が、テオドールはその向こうでキョースケが何やら不満げな顔をしているのに気がついた。
「ニコラウスが食べてるやつも美味しそうだったなあ。肉! って感じで」
「……」
ハイドがその横でキョースケと、まだ口をつけていない自分のヴルストに交互に目をやった。それから彼はおもむろに、ヴルストを包み紙の上から半分に折り片方をキョースケに差し出す。少し驚いたが、テオドールは黙ってそれを見ていた。
「……これ、ニコラウスのと同じだ。君がまだ食べられるなら半分どうぞ」
「え! 良いの? ハイドの半分になっちゃうよ?」
「こんなにたくさんは食べられないから、もらってくれ」
無表情の中に柔らかな優しさを表して、ハイドはキョースケにそう言った。キョースケは嬉しそうにハイドからヴルストを受け取る。
「ありがとうハイド!」
無邪気な、そして屈託のない太陽のような笑顔につられてハイドの口元もふっと緩んだようだった。
「……良かったのか? 義兄上から飯代もらってるしもう一本買っても良いんだぜ?」
「ううん。もともと一本まるまるは食べ切れないと思ったていたんだ。思っていたよりも大きくて」
「そうか? お腹空いたらアリリオみたいに遠慮なく言えよ」
「テオ? 何か言いました?」
「いや、何も」
テオドールはそう誤魔化して笑って、ヴルストにかぶりついた。
それからまだ口をすぼめているアドムと笑いが止まらないニコラウスも何とか食べ終わったようで、腹ごしらえができた一行はヴァイスヴァルトへと戻る道をまっすぐに歩いていった。
森の中を行けば大きな家。アドムもキョースケも驚いていたがもはやこの家の異常さに気づいてしまったテオドールは「そりゃ驚くよなあ」と納得さえする。こんなところをさらっと見つけて自分の家として使い始めたかつての己の行動力をある意味恐ろしく思うのだ。
テオドールは扉を開ける。
ここがどんな場所でも、旧文明の遺跡だったとしても、たとえば「魔女」のものだったとしても、間違いないのはあの時テオドールがここを見つけたという事実。既にここでテオドールとニコラウス、アリリオ、ハイドが暮らしていて、これからアドムとキョースケも加わるという未来。
「じゃ、ようこそアドム、キョースケ」
そう言って笑う今のテオドールの中に、苦しみなんてなかった。
これにて紫水晶の章終了です!
メイン6人が揃いました……! わちゃわちゃしてるのって可愛いですよね。好きだなーって子を見つけてくださったら嬉しいです! この子が好きだと教えてくださったらもっと嬉しいです!
次章、蒼玉の章もよろしくお願いいたします!
タラノリオ(2026.8.14)




