表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】Juwel Hexe  作者: タラノリオ
紫水晶の章
PR
17/81

第17話 薄れた記憶

「彼女について? あー……」


 テオドールがニコラウスにかつてあったという宝石眼所持者の話について聞くと、ニコラウスは困ったように何やら悩み始めた。


「言えないなら、無理に言わなくていいけどよ」

「違うんだ、実は彼女については記憶が曖昧なところがあって」


 ニコラウスはゆっくりと話しだした。断片的な記憶をなんとか探り、繋ぎ合わせながら。


「俺が小さかった頃、父さんも母さんも仕事に忙しくてさ。構ってもらえなかったものだからよく外に出て一人で川とか眺めてたんだ。……たしか、彼女とはそのときに出会ったんだよね。どんな人だったか……顔も、名前も、目の色も、覚えていないんだ。それから…………何を話したのかも、不思議なくらいにね。俺って記憶力が良い方なのに。でも、彼女があの頃の俺にとって世界の全てだったことと、彼女が姿を消す前に言った言葉だけはずっと頭から離れなかったんだ」

「それって」

「……『私は呪われた存在。でも、セオドアのところに行かなくちゃ』」


 その言葉を最後に彼女は姿を消した。そして幼いながらに彼女に恋心を抱いていたニコラウスはその言葉をきっかけに、呪いというものを調べだした。

 そこからの記憶ははっきりしているという。呪いについて調べていくうちに、厄災の原因として「宝石の魔女」という存在があることを知った。帝国学校で数少ない旧文明の記録を読み漁り、魔女が皇帝のユートピア計画に使われていたという魔宝石に由来した呪いを人にかけていたことがわかった。

 プレンシアの森の奥にその魔女がいるという噂を聞いた。


「それで、テオと出会ったわけだよ。アメテュストがテオ、ザフィーアがハイドである以上彼女はグラナートかツィトリンの所持者なんだろうけど……そのセオドアって人は宝石眼所持者じゃないのかな?」

「そいつのその言い方じゃ、そうなんじゃねえの? というかセオドアってやつは女なのか? 男なのか?」

「プレンシアの人名じゃないからわかんないけど、『ジェンティア』が女の子なら『セオドア』も女の子じゃない? というかそうであってほしい」

「必死だな」


 当たり前だ、ニコラウスにとっては初恋の人が他の男性に会うためにいなくなってしまっていたら絶望すること甚だしい。


「まあ、でもさ。もし仮にセオドアが男の人でも、彼女の恋人だったとしても、俺は宝石眼について調べ続けるつもりだよ。今は、助けたいのは彼女だけじゃないからね」

「ニコラ……」


 テオドールにとってニコラウスは、この旅を始めるきっかけを与えてくれた、手を差し伸べてくれた存在だった。彼がいなければテオドールは呪われた身のまま、いつの日か、いや、あの日に既に厄災の原因として殺されてしまっていたかもしれない。この目が何だったのかも分からず、義兄とも和解ができず、仲間というものも知らなかった。

 だからこそテオドールはニコラウスの願いを叶えてやりたかった。今のテオドールの目的は、自身を呪いから解放すること以上にこの仲間たちの望みを叶えることにあった。もちろん、ニコラウスはもともとテオドールを助けるために協力してくれることになったわけで、その発端にある自身の呪いを軽く見ているわけではない。だが、呪いを解くだけでは満足できない気がした。できることならすべての真実を知って、旅の終点が最も幸せなものであるように。


「宝石眼はあと二人なんだ、そいつもすぐに見つかるよ。そしたらお前もまた会える」

「……そうだね。ありがとうテオ。彼女が元気だと良いんだけど……それに、俺も彼女のことを思い出せると良いな」

「なあ、それって」


 ニコラウスは記憶力が良い。見たものはほとんど覚えているし、帝国学校で学んだという文章の内容も暗記していた。そして、テオドールが好きだと言った色やアリリオが美味しそうに食べるもの、ハイドの表情が柔らかくなる香りを覚えていて、好きそうだからと買ってきてくれる。情報を共有し忘れたり、興味のある分野について話し出すと時間を忘れていたり、抜けているところはあるが、彼がそんな大事な女性との思い出を忘れるのは不自然なように思われた。

 ではなぜニコラウスの当時の思い出が曖昧なのか。嘘をついているようには思えない。彼が嘘を付く時はむしろ饒舌だからだ。何の準備もなしに嘘を付いて、「忘れた」なんてあり得ない。

 だとしたら、ニコラウスは誰かに忘れさせられたのではないか。ニコラウスが宝石眼に興味を持つことを、調べることを恐れた誰かに。


「お前、魔女に会ったことあるんじゃないか。それで、記憶を消されたとか」


 幼いニコラウスが恋心を抱いたのは魔女に呪われた宝石眼の所持者だった。アリリオの先祖が預言を残したように、後にニコラウスが自身の脅威になるとわかった魔女は、ニコラウスからきっかけである「彼女」の記憶を消した。そう考えれば辻褄が合う。

 もちろん、ニコラウスがそれを考えないわけがなかった。


「……俺も、そう思ったよ」

「じゃあ魔女にとって何かお前が動くことによる不利益があるってことだろ。でもその時には既に宝石眼所持者たちは呪われていたわけだ。そうなると魔女のやりたいことっつーのは…………俺たちみたいなのを呪って、それで終わりじゃねえってことだよな」


 何かを見落としている。そんな気がした。

 テオドールは以前からずっと、なぜ自分が呪われたのか考えていた。ハイドは考えたことがなかったというそれを、ずっと。でも、本当に考えるべきはその先なのかもしれない。もっと恐ろしい何かが、この宝石眼には隠されているのではないか。旧皇家から魔宝石を奪った魔女は、テオドールたちに呪いをかけて、それから、再び文明を滅ぼそうとしているのかもしれない。だとしたらそのとき、テオドールは? ハイドは?


「なあ、お前が帝国学校で読んだ資料にその辺りのことは書いてなかったのか?」

「……『ナジフの手記』は旧アラブリア語で書かれていて、一部のページしか残ってなかった。魔宝石を使った皇帝の理想郷計画のページと、魔女の厄災のページと、あと…………」


 ニコラウスは黙り込む。それが何を意味しているのか、テオドールにはなんとなくわかってしまった。ニコラウスが過去のことについてあまり触れなかったのも、こうしてテオドールが察してしまうことを恐れていたのかもしれない。

 だが、今のテオドールには己が真実を受け入れられるという自信があった。


「何のページがあったんだ」

「……呪われた生贄って、言葉が」


 旧アラブリア語を解読するのは難しい。魔法を使い紙を用いない記録が行われており、魔法により異言語が通じる旧文明において、新文明に残された辞書など無かったからだ。ニコラウスはそれでも旧文明の言語を知ろうとした。旧アラブリア語は比較的残された記録が多かった言語だったから、現在のアラブリア地区の固有名詞や人名も参考にしながら、少しずつ。


「魔女に呪われた生贄…………それが宝石眼所持者の正体なのか」

「わからないんだ、俺の翻訳ミスかもしれない。それに、それが本当なら百年前にも宝石眼の所持者がいたはず。その記録も探したんだけど見つからなくて。でも、アリリオが前に『厄災を終わらせろ』って言われたって話してたよね。俺、ずっと引っかかってたんだ。魔女が魔宝石を旧皇家から手に入れたなら、そこで厄災は終わるはずなんじゃって。だから次の厄災があるなら、それは」


 テオドールたちを犠牲にして、起こるのかもしれない。

 心配そうにテオドールを見るニコラウスに対して、不思議なことにテオドールは恐怖を抱かなかった。


「させなきゃいいだろ、こっちには宝石眼所持者が全員揃うんだぜ。それに、魔法が使えるアリリオもいる。現公爵の義兄上もいる。アーラファミリーのボスの娘のジェンティもいる。何より、旧文明についても新文明についても、色んなこと知ってるお前がいる。魔女なんかの思い通りにはさせねえよ」

「テオ……」


 眼鏡の奥の目が、安心したように細められる。


「そうだね。俺たち、まだ始まったばっかりだもんね」

「おう。ありがとな、色々教えてくれて」

「ううん。こちらこそありがとう。聞いてくれて……言わないほうが良いかなってずっと思ってたんだけど、言ってよかった」


 ニコラウスが笑う。

 この時のテオドールには自信があった。この旅路の終わりは必ず幸せなものであると。順調なものであると。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ