第16話 推測
リーフェンシュタール家がこの家の所有権を調査し、正式に拠点としてくれるまで、テオドールたちはプレンシアに留まることとなった。
あれから一ヶ月ほど。エドゥアルトのおかげでテオドールたちの生活には余裕ができた。それは経済的にも、精神的にもだ。
何よりも変わったのは食べ物で、定期的に美味しい野菜やきちんと処理された肉、魚、卵も手に入るようになった。テオドールたちはもちろんのこと、料理するハイドも心なしか楽しそうだった。
否、テオドールがそう思いたいだけなのかもしれない。リーフェンシュタール家との確執が無くなったあの日から、テオドールはハイドに対して罪悪感のようなものを感じていた。
宝石眼という呪いに蝕まれ、望んでもいない罪を犯し、家族の繋がりも失った……そういう、同じ境遇であることを喜んでいたのは他でもないテオドールで、彼の拒絶を憎くすら思っていたのもテオドールなのに、今テオドールはそこにいない。テオドールは罪も犯していなければ家族の優しさも失っていなかったのだから。見せつけるように義兄に許されたことを思い、テオドールは勝手に裏切ってしまった気分になっていた。
「テオドール」
「わっ!?」
だから、ハイドに急に声をかけられ不自然に驚いてしまった。テオドールの驚きようにハイドもまた驚く。と言っても、彼の驚きというのは眉が少し上がるだけだが。
「すまない、驚かせた」
「いや、ごめん、違うんだ。ちょっと、考えごとというか……ぼーっとしてたというか」
「大丈夫か? 無理はしないほうがいいよ」
こちらを労るような言葉にテオドールの罪悪感はさらに大きくなる。
最初こそ冷たい態度をとっていたハイドも、そうしてテオドールたちを遠ざける理由がなくなると本来の性格を見せてくれるようになった。彼は無愛想で、笑った顔なんて見たことはない。が、ハーグリアやヒノモトのこともそうだが自分よりも他者の被害を気にしたり、こうして心配してくれたりと利他的な人間であることは出会ってからの期間でテオドールにも理解できた。
おそらく、テオドールが感じている罪悪感についてハイドが知ったところで気にしていないと言うだろう。それどころか、「君がお義兄さんと和解できて良かった」と言うだろう。無愛想だが、中身はいい奴……テオドールの中でハイドとはそういう人になっていた。
「それで、何か用事か?」
テオドールは何でもないようにそう尋ねた。ハイドはまだテオドールの体調を気にしている様子だったが、あまり口を出すのも良くないと思ったのかそのまま話を続けた。
「頼みがある。エドゥアルト公爵に、ロルバッハ家のことを聞いておいてほしいんだ」
ハイドはロルバッハ家が新たな宝石眼所持者を手に入れていることを恐れていた。それから、ネイプル地区でテオドールが最初から「アメテュストの所持者」として狙われたのはロルバッハ家がリーフェンシュタール家を怪しみ、養子だった次男のことを調べたからかもしれないと。
それを聞いてテオドールはぞっとした。そこまで調べるとは。テオドールたちも宝石眼所持者を集めるためにそこかしこを調べ回っているが目的が違う。既に公的な立場もあるロルバッハ家が魔法の力を得るためだけにそんなことをしているのが本当なら、その強欲さは狂気さえ孕んだものだ。
「あの人は強引だ。目的のためならなんだってする。リーフェンシュタール家も警戒しておいたほうがいいだろう……オレが口を出すのも差し出がましいことだが、本当に危険なんだ」
「わかった、今度家の調査結果を聞くときに伝えておくよ」
「ああ、例の実験についても話してくれ。ロルバッハ家が行おうとしているのは帝国を巻き込むかもしれないということもわかるだろうから」
例の実験。そういえばリーフェンシュタール家ならハーグリアとヒノモトの疫病蔓延を何か支援できるかもしれない。テオドールはそう思いついて、エドゥアルトのところへ早めに行くことを決めた。
☆☆☆
「なるほど、ロルバッハ家か。確かに以前連絡があったし、昨日も連絡があったね」
エドゥアルトの言葉にテオドールは飛び上がった。
「昨日!?」
「うん。『青い宝石が逃げたんだ』って……意味が分からなかったけれど、宝石みたいな目をした人間を見ていないかって連絡が来たこともあったしあれも宝石眼を指していたんだね」
やはりハイドが聞いた通り、リーフェンシュタール家にも探りを入れていたらしい。エドゥアルトはすぐに、テオドールを安心させるように言った。
「言わないよ。あの子がロルバッハ卿の言う青い宝石なんだろう」
「…………ハイドっていうんだ。一応ロルバッハ家の今の当主の養子らしい。ただ、ロルバッハ家は宝石眼を使って実験をしてるんだ。あいつもそのために」
ハーグリア地区とヒノモト地区の「小さな厄災」についてはエドゥアルトも知っていた。彼も何度か支援をしようと試みたが、やはりロルバッハ家の力が強くあまり介入はできなかったらしい。その時点で怪しいとは思っていた、とエドゥアルトは唸った。
「地区をまるまる使って実験か、酷いことをする。皇帝陛下もそれを黙認しているとはね」
「リーフェンシュタール家も目をつけられてるかもしれないから気をつけたほうがいいってハイドが」
「うん、警戒しておこう。それから、ハーグリアとヒノモトにもできる限りのことはするよ」
「! ありがとう」
「可愛い弟とその友人のためなら何でもするさ」
友人。その響きがテオドールにはくすぐったいような気がした。どちらかというと彼らは目的を同じくする仲間で、まだ出会ってからあまり時間も経っていなくて、でもテオドールにとってありがたい、大切な存在ではあった。
「そうだ、あの家の調査結果はもう少し待っていて。今調べているんだけれど、不自然な点が多くてね」
「不自然? あの家が?」
「ああ……あの場所、電気なんて通っていないんだ」
アリリオの言葉を思い出す。テオドールはこの森に電気が通っているものだと思っていたが、通っていないのならあれは何なのだろう。
魔法。一つの結論が出た。いや、それ以外思いつかなかった。
「それから前の領主にも聞いたんだけどね、最初の土地調査ではあの森に家なんてなかったらしい」
「じゃあ、途中で建てられたとか……?」
「だとしたらおかしい。君も予想がつくと思うけれどあの家のエネルギー源は魔法だ、少なくとも旧文明時代のもの……つまり百年は前のものであるはずだよ」
「アリリオみたいに、魔法が使えるやつが他にもいるんじゃ?」
「それはあるかもしれない。なんにせよもう少し調査が必要だね」
あるいは、家が魔法で隠されていたのかもしれない。もしもあの家そのものが旧文明時代の遺跡だとしたらテオドールはとんでもないところを見つけてしまったことになる。偶然にしては幸運すぎる。
「ロルバッハ家のことと、あの家のこと、それから首都での調べものはこっちに任せて、君たちは残りの宝石眼所持者を探すことに専念しているといいよ」
残りの宝石眼所持者。リーフェンシュタール家が協力者となった以上探し出すのは早い可能性がある。
もちろんアーラファミリーの協力にも感謝しているし、大きな助けになっている。ただし、テオドールは宝石眼所持者の共通点……と言っても、今のところはテオドールとハイドの共通点になるのだが、それが四大公爵家に関わってくるのではないかと予想をしていた。
テオドールもハイドも、四大公爵家の養子だ。四つの宝石眼に四つの魔宝石、それから四つの公爵家。何かつながっているのかもしれない。
「そうだ」
そこでテオドールはふと思い出した。ニコラウスなら、少なくとも宝石眼所持者の一人について知っているのではないだろうか。最初に彼は言っていた。
『昔ね、俺の大好きな人が魔女の呪いで忽然と姿を消したんだ。今彼女がどこにいるかもわからないし……生きているかどうかも、わからない』
その彼女が宝石眼所持者の一人なのだろう。今どこにいるかがわからなくても、話を聞けば手がかりくらいはあるのではないだろうか。
帰ったら話を切り出してみようと決めて、テオドールはリーフェンシュタール邸を後にした。




