第15話 過去との対峙
「おかえりニコラ、ありり…………お」
二人の帰ってきた声に扉を開けたテオドールは、三人目の来訪者にすべての動きを止めた。沈黙。何もない時間が流れる。
テオドールは、静かに扉を閉めた。
「テオドール? どうしたんだ?」
「何で義兄上がここに……やっぱりプレンシアの領主が変わったのって」
顔色の悪いテオドールを見て、ハイドは硬い顔でテオドールと扉を交互に見つめた。それから、何やら決心したらしい彼は勢いよく扉を開けた。
「お引き取り願おう」
「ちょっと待ってハイド、話聞いて!」
「なぜ? テオドールが困っているだろう」
青の宝石眼に睨まれたエドゥアルトが苦笑いをする。
「あのね、聞いて。エドゥアルトさんはテオのお兄さんで」
「ならば聞くが、ただの兄にあんな反応をするか?」
ハイドがテオドールのことを庇ってくれたことはテオドールにとって嬉しかった。だが、それ以上にテオドールは己の過ちに、罪に、向き合わなければならなかった。こうして対面することになった以上、それは避けられないことだった。
「違うハイド、俺が悪いんだ。義兄上は悪くない」
テオドールはエドゥアルトのところへと、一歩足を踏み出す。
恐ろしかった。エドゥアルトが、ではない。エドゥアルトと直接顔を合わせて、「あの時」のことを思い出し、話をするのが。
「義兄上……」
謝らなければならない。全てを。
ところが、エドゥアルトはそんなものを望んでいないとでも言うかのように、昔のままで微笑んだ。
「やあ、元気だったかいテオ」
その瞬間に、テオドールの中に過去……リーフェンシュタール家で暮らしていた頃の出来事が一気に流れ込んでくる。
テオドールはリーフェンシュタール家の次男であった。といっても、雪の降る日にリーフェンシュタール家の門の前で見つけられ、養子にされたのだが。
義理の父親、つまり先代公爵はエドゥアルトと共にテオドールを可愛がってくれた。今思えば、自分によく似たテオドールを妾の子供だと思っていたのかもしれない。それを気に入らなかったのは夫人、つまりエドゥアルトの実母でテオドールの義母だ。夫人は自分の子供ではないテオドールを、自分よりも整った容姿をしたテオドールを、いつもいじめた。
それでもテオドールに優しくしてくれたのは先代公爵とエドゥアルトだった。それは夫人の怒りを煽っていたのかもしれないが、間違いなくテオドールにとって救いだった。
ところが五年前、テオドールの目は宝石眼となった。厄災に関わる何かの病気なのかもしれないと心配した先代公爵はテオドールを医者に見せたが何もわからなかった。身体に他に変わったことは無かったため、それはそのまま放っておかれることになった。
先代公爵が亡くなったのはその後のことだった。本当に突然のことだった。テオドールが仕事を手伝っていて、目の前で倒れて、それからそのまま亡くなった。夫人はテオドールのせいだと言ってますますテオドールをいじめた。その時から、テオドールの扱いは召使いも同然となった。
そうして三年前のある日、夫人はテオドールを呼び出した。優しい顔をしていた。それが異様に怖かったことを、テオドールは今でも覚えている。その奇妙なほど優しい顔のまま、夫人はテオドールの首に手をかけた。
そこからの記憶は抜けている。ただ、目が燃えるように熱かった。気がついたら倒れていたのは夫人の方で、血の気の無い顔の開かれた瞳孔がテオドールを見ていた。
殺してしまった? 自分が?
最愛の義兄にだけは知られたくなかった。でも、どうすれば良いかわからなかった。
だからテオドールは逃げた。首都から、ずっとずっと走って、走って、走って、走って走って走って走って走って……。プレンシアのこの森に、たどり着いた。
「俺なんだ、義兄上。義母上を殺したのは。俺が、俺が」
「……………………母上は生きておられるよ。今は首都に」
あの日君を殺そうとしたのは母上の方だ、とエドゥアルトは言った。
「呪いが不完全だったのかもしれない。だから君があの日すぐに僕に相談してくれればもっと早く味方になれたのに……とにかく、あの後僕が公爵になって、君の行方を調べていたんだ。そうしたらプレンシアの森に宝石の魔女がいるという噂を知ってね、もしかしてと思ってこうしてプレンシアの領主となったわけだ。森に乗り込んだっていう集団が訴えに来た時はさすがに驚いたけど、彼らの『幻覚』の証言のおかげで君がここにいると確信できた。それからはヴァイスヴァルトに一般人が近寄らないように勧告して、君の様子を見に行く機会をうかがっていたわけさ」
「そう、だったのか」
全身から力が抜け、テオドールは床にへたり込んだ。
あの日以来、リーフェンシュタール家での暮らしを一時も忘れることは無かった。リーフェンシュタール家がロルバッハ家と同じように宝石眼を狙っているかもしれないと聞いて、自分のせいで優しい義兄が変わってしまったかもしれないと恐れていた。
しかし現実は、テオドールが思っていたよりもずっと優しかったようだった。義兄はこうしてテオドールを探しに来てくれて、義母は生きていた。テオドールは己の思っていた罪など犯していなかったのだ。
「じゃあ義兄上は、俺たちのことを守ってくれていたと」
「結果的にはそうなるかな。それでテオ、話には続きがあるんだけど……まずは、無事でよかった」
温かな手がテオドールの頭を撫でる。それはかつてと変わらない、テオドールの義兄エドゥアルトのものだった。
「っ、ごめんなさい、義兄上」
「本当に心配したんだよ。だいたいの話はニコラウス君とアリリオ君から聞いたけれど、君の口からも聞かせておくれ」
お茶を淹れようか、とハイドが言って全員部屋の中へと入る。エドゥアルトは廃墟のような見た目をした建物の中が清潔で美しいものであったことに驚いているようだった。
ハーグリア産の茶葉の香りに包まれながら、テオドールはリーフェンシュタール家にいた頃の話をニコラウスたちに、ヴァイスヴァルトに来てからのことをエドゥアルトに話した。医者にもわからなかったこの宝石眼は厄災の原因である宝石の魔女の呪いによるものだと、ここにいるのはその呪いを解くために集まった仲間であると、ネイプル地区にも協力者がいるのだと。
「社交パーティーも怖がって参加しなかったテオがこんなに友達を……」
「恥ずかしいからやめてくれ義兄上」
「はは、とりあえず君たちが今やるべきことはわかった。その、宝石眼の所持者を集めて宝石の魔女に呪いを解いてもらえば良いんだね。僕、いや、リーフェンシュタール家も協力しよう」
「! 本当か」
四大公爵家の一つが協力してくれるのなら、今後の調査はずっと楽になるだろう。何よりもテオドールたちだけでは近寄ることもできないであろう上流貴族間で交わされる情報にも触れられるようになるのだから。
「この森はリーフェンシュタール家の直轄地として一般人の立ち入りを規制しよう。それから物資の支援もするよ。今までずっとニコラウス君の資金に頼っていたんだろう?」
「助かります、人が増えると俺のお金すっからかんになっちゃうんで」
四人だけならまだしも、今後少なくともあと二人は増えることになるのだ。いくら帝国学校卒業生として資金がそれなりにあるといえども、リーフェンシュタール家の支援があるならそのほうがありがたい。
「他に必要なものはあるかな。もっと便利な拠点が良ければ用意するけれど」
「……いや、俺はここが好きなんだ」
この森に住んで三年、最初にたどり着いたときからどこか安心できるような雰囲気があったこの家は今やテオドールにとって愛着のあるものとなっていた。
「もし所有者がいるならいいんだけどさ」
「わかった、君たちが安心してここを拠点にできるように調べておくよ」
「ありがとう義兄上」
そう言ったテオドールの心には、一つだけ引っかかるものがあった。




