第14話 博覧会
博覧会の会場で、アリリオは一人大きなため息をついた。
「ニコラ、置いていきますよ」
「まってアリリオこれも見たい……あ! あっちも!」
「目的忘れてませんか?」
やはり帝国学校の卒業生は探究心の強さが違うらしい。たくさん並んだ最新の研究結果にくぎ付けだ。かれこれ三十分は論文を読みあさっている。
「先に行ってますからね」
「ごめん、ごめん待って! だってこれ旧文明時代の技術を科学だけで再現したって! もしかしたら手がかりに」
「……あと一分ですよ」
アリリオがそう言うと、ニコラウスは本当に一分で論文を読み終えた。なお、手がかりは無かったようだ。アリリオは呆れるが、他人から何かを聞き出すならニコラウスがいたほうが良いのはよくわかっているので本当に置いていくことはできなかったのだ。
「ありがとうアリリオ。さ、行こう」
論文を読みながらでも、彼は話を聞けそうな人に目星をつけていたようだ。迷うことなく別の論文を読んでいた男性に声をかける。
「こんにちは、浄水技術に興味がお有りなんですか?」
「おお、こんにちは。君たちもこういう研究が好きなのかな」
男性の胸元についているのは下級貴族の家紋だった。彼は人の良さそうな紳士で、ニコラウスと何やら難しい科学の話で盛り上がっている。やはりニコラウスを置いていかなくてよかったとアリリオは思う。科学のことなんて、アリリオにはこれっぽっちもわからないからだ。
「もっと効率の良い浄水技術が広まれば有事の時も安心ですよね。例えば厄災とか」
「君は厄災のことを知っているのかね? かなり若く見えるが」
「帝国学校生なんです。厄災についての研究をしていまして……そうだ、もしよろしければ調査にご協力いただけませんか?」
自然な流れで話題は厄災のことへと変わり、男性は色々なことを話してくれた。
「厄災か、あれは恐ろしかったよ。世界が崩壊するんじゃないかと思ったね。本当にひどかったんだ。我が家はこのプレンシアの一角を任せていただいているんだが、支援も追いつかないしどこもかしこもボロボロで大変だったよ」
「そうだったんですね。厄災の原因って結局何なんでしょう?」
「はて……巷じゃ魔女の仕業だなんて言われているらしいけれど、そんな噂を信じているのは学の無い輩だよ。この時代にそんなことを言っている人間は笑われるさ。ヴァイスヴァルトだったか、あそこに魔女がいるなんて話もあったが他でもないリーフェンシュタール公爵がそれを否定したんだ、もう誰も疑いやしない」
「……リーフェンシュタール公爵が?」
ニコラウスとアリリオは互いに顔を見合わせた。
リーフェンシュタール家に宝石眼所持者がいるかもしれない、というハイドの話を思い出す。その挙げ句、現当主はヴァイスヴァルトに魔女がいるという噂を否定した。
これはリーフェンシュタール家が秘密裏にヴァイスヴァルトを調査することの前触れだろうか。否、ニコラウスには別の考えが浮かんでいた。
「公爵が噂を否定したのはいつですか?」
「少し前だよ、半月くらい前かな? 愚か者たちがあの森に乗り込んだらしくてね、調査が入ったんだ。さすが四大公爵家、すぐに結論を出してくれたよ。宝石の魔女を見ただなんだと言っていたらしいが、公爵家の発表では幻覚作用のあるキノコでも食べたんだろうとのことだった。今はあの森に近寄らないよう言われているよ」
「なるほど、わかりました。ありがとうございます」
男性から離れ、ニコラウスはアリリオを人のいない隅へと連れて行った。
間違いなく、リーフェンシュタール公爵家が宝石の魔女の噂を否定したのはテオドールとニコラウスが出会ったあの日が原因だ。だからといって、テオドールの撃たれた脚が完治するまでの間に公爵家の調査が入った様子は無かった。それにも関わらず公爵家は宝石の魔女の噂を公的に否定し、幻覚作用のあるキノコの生息地であるからという建前でヴァイスヴァルトを実質的な立ち入り禁止区域にしている。
もしもリーフェンシュタール家がロルバッハ家のように宝石眼所持者を使おうとしているなら、あんな目立つ家がある以上調査を続けるはずだ。先の行動もそのためであると考えるのが自然だが、リーフェンシュタール家の調査は行われていない。調査が続いていれば、ニコラウスたちより先にハイドを見つけていただろう。
リーフェンシュタール家は、味方かもしれない。
そんな仮説が、ニコラウスの中には浮かんでいた。
「ねえアリリオ、もしかしたら、俺たちがリーフェンシュタール公爵家に匿われているのかもしれない」
「それはつまり、リーフェンシュタールがわざわざ見逃してくれているということです? まさか。本気ですか?」
「もちろん確信は無いよ。もしかしたら猶予をくれているだけかもしれない。ただ、俺たちがあの森で安全に過ごせているのはリーフェンシュタール家のおかげなんじゃないかって」
「へえ」
視界がふっと暗くなる。
ニコラウスはすぐに振り向いてアリリオの前に出た。目に飛び込んできたのは先程まで話題となっていたリーフェンシュタール家のエンブレム。それがリーフェンシュタール家の若き当主であることを理解するのに時間はいらなかった。
もちろん、プレンシアで行われている博覧会に領主となったリーフェンシュタール公爵家が顔を出さないわけがないことはわかっていた。そもそも今日の目的の一つにリーフェンシュタール家の動向を探るというものもあったわけで。
だが、何故わざわざ隅で話していた一般人二人のところに? 話を聞かれていた?
ニコラウスは冷静になるよう自分に言い聞かせ、目の前の人に微笑んだ。
「これはこれは、リーフェンシュタール公爵様。僕のような学生に何か御用でしょうか」
「うん、君とそこの銀髪の子に用があるんだ。今の話についてね。なんてことはない、すぐに終わるよ」
終わったのはこっちだ、とニコラウスは絶望した。
まさかリーフェンシュタール公爵に直接目をつけられるとは。しかもわざわざ声をかけられるなんて、これは罠だったのかもしれない。味方だと油断させておいて、泳がせ、ニコラウスとアリリオを人質に取るなりなんなりして宝石眼を狙うつもりだったのか。
一瞬でも味方かもしれないと思った己を愚かだと思った。そんなのはニコラウスの理想であり、妄想だ。冷静になって考えてみれば、リーフェンシュタールという公爵家が、領地の脅威となりうる怪しい森、怪しい存在を放っておくなんておかしい。
「あの……せ、せめてこっちだけでも見逃してもらえたり」
こうなればヤケだ。アリリオだけでも森に帰ることができれば何とかしてあの二人を逃がせるかもしれない。
ニコラウスが恐る恐る言ったその言葉に、目の前の相手は驚いたような顔をしてから可笑しそうに笑った。ニコラウスもアリリオも、その顔にどこか見覚えがあるような気がした。長い睫毛、目鼻立ちのくっきりした顔立ち、すらりとした手足。目こそ一般的な空色で、およそ女性と間違えられるほど華奢ではないが、彼は二人のよく見知った人物……テオドールによく似ていた。
「……もしかして警戒されてるかな? ならばきちんと挨拶をしよう」
ニコラウスはそこで、公爵である彼の周りに人がいないことに気づく。逃さないという高圧的な様子もない。
再び立てたニコラウスの仮説は、その人自身によって答え合わせがされる。
「初めまして、僕は公爵エドゥアルト ・ リーフェンシュタール。弟の名前は、テオドール ・ リーフェンシュタールだ」




