第13話 留守番
博覧会当日、朝食を食べてからニコラウスとアリリオは元気よく出かけていった。
テオドールは二人にリーフェンシュタール家の動向についてわかったことがあれば詳しく教えて欲しい、ということを言っておいた。二人は快く返事をして、なぜリーフェンシュタール家を気にするのかということを二人は何も言わなかった。それはテオドールにとってありがたいことであり、二人はそれをよくわかっていたのだろう。
宣言通りテオドールは現在わかっていることを書き出して整理してみることにした。この家にあった小さなノートと、数少ないテオドール自身のものであるペンを取り出して、まずは四つの丸を描いてみた。
「アメテュストが死、ザフィーアが病だっけ……グラナートとツィトリンは老と生、だったよな」
四つの魔宝石に、四つに分けられた苦しみ。旧文明の皇帝、すなわちアリリオの先祖は魔宝石と苦しみを対応させ、全ての苦しみを魔宝石に引き受けさせようとした。そうして理想的な帝国を作ろうとしたのだ。
残念ながら計画は失敗した。それは魔宝石を狙う、あるいは取り戻そうとする宝石の魔女が厄災を引き起こしたからだった。
そこで、テオドールの中にふとある疑問が浮かんできた。
(魔女が俺たちに呪いをかけたのはいつだ?)
最後の厄災はテオドールの生まれる少し前だったと聞いている。そしてそのときに魔宝石は魔女の手に渡ったとアリリオは言っていた。
ならばテオドールたち宝石眼所持者は生まれたときから呪われていたのだろうか? それとも、テオドールたちが生まれてから何かがあって、それがきっかけで呪われたのだろうか?
魔女が呪いをかけたというそのタイミングがわかれば、意図もわかるかもしれない。
(少なくとも俺は魔女に会ったことなんてない。呪われる原因があるとしたら……先祖とか、か?)
それとも無作為に選ばれてしまったとでも言うのだろうか? だとしたらあまりにも理不尽だ。
気を取り直してテオドールはジェンティアにもらった帝国の地図を広げた。今、プレンシアにはテオドールたちの拠点ともいえる家があり、リーフェンシュタール家もこの地区の領主だ。帝国産業の中心地であり最も発展した地区ともいえるプレンシアには人も多い。
プレンシアから見て東のハーグリアにはロルバッハ家の管理下にある施設がたくさんある。テオドールたちが見てきた通り表通りと裏通りに随分と差があるが、それは表通りの人間が裏通りに畑を所有して孤児院や村の人間に畑仕事を任せ、作物を納めさせているという体制によるものらしい。
西のネイプルにはジェンティアがいるが、ロルバッハと繋がっているテレーノファミリーもいた。アリリオと会ったのもこの地区である。ネイプルは人の移動が激しいので今ごろ別の宝石眼所持者が移ってきているかもしれない。とはいえ、もしそうならジェンティアが気づいてくれるだろう。
南のアラブリアはムハンマドの本拠地だ。独自の経済体制を築いていることやムハンマドの一強統治であることからすぐに調査に入るのは難しいだろう。もしも宝石眼所持者がアラブリアにいたら合流はなかなかできないかもしれない。
北西のイグリシアにはジェンティアの弟がいると言っていたが、そこに行くには海を越える必要があるが、アリリオの魔法では人の移動まではできない。アーラファミリーに頼めば交通手段を手配してくれるかもしれないが、今は優先しなくてもいいだろう。
ハーグリアの東にあるヒノモトも海に囲まれている。ハイドの話ではロルバッハ家は一度ヒノモトを訪れているわけだが、おそらくそこでは宝石眼所持者を見つけることはできなかったのだろう。小さな地区である上に今は厄災と疫病からの復興のため人の出入りに規制をかけているから、ヒノモトに宝石眼所持者がいるとは考えにくい。
ネイプルとプレンシア、アラブリアの間に首都があり、帝国学校はそこにある。首都に入れるのは一定の身分以上の者か帝国学校生だ。皇宮もそこにある。ただ、首都からは旧文明の痕跡はほとんど排除されているから宝石眼に関する手がかりはほとんど望めないとニコラウスが言っていた。
また、北には地区として名を持たない雪山があるが、そこに何があるのかはわからない。噂では旧文明の重要な遺跡があるとされているが、そのせいなのか危険区域に指定され訪れることもできなかったとテオドールはニコラウスから聞いた。
(宝石眼所持者がいた場所も記録しておいてみるか)
テオドールはもともと首都にいて、そこからプレンシアへと移動してきた。ハイドはどうだったのだろう。ハーグリアとヒノモトに行っていたというのは聞いたが、ロルバッハ家はもともと首都にいたはずだ。ただ、ハイドもまたこのプレンシアにたどり着いている。
これは偶然だろうか。いや、仮に何らかの因果があるとしても、四人のうち二人しか例がないものだから確かめようがない。
テオドールは一旦、ハイドに呪いのことについて聞いてみることにした。まずはいつから自分たちが呪われていたのか。ハイドは宝石の魔女に会ったことがあるのか。
「おーい、ハイド」
階段を降りてダイニングへ向かう。ダイニングにハイドはいなかった。この時間から昼食を作っているわけはないか、とテオドールは窓の外を見た。
森にはあまり光が届かないが、今日は天気がいいようで外は明るかった。
緑の隙間からさす光、そこにちらりと濃紺が揺れる。ハイドが外にいることを理解したテオドールは扉を開けた。
「洗濯か」
「テオドール」
家の横にはテオドールが服を干すのに立てておいた棒がある。ハイドもまたそれを使って洗濯物を干してくれていた。
「手伝うよ」
「ありがとう。作業はもう終わったのか」
「ああ、お前に聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと」
役に立てるのなら何でも聞いてくれ、とハイドは言った。相変わらずの無表情だが、だからといって冷たさは全く感じなかった。
「お前の目が宝石眼になったのっていつだ? 答えたくなかったら良いんだが……」
ハイドは手に持っていた洗濯物を棒にかけてから、テオドールの方を見た。
「三年前だ」
「三年……」
テオドールが自分の宝石眼に気づいたのは十二の時、つまり五年前だ。
時期がずれている。魔女は同時に呪いをかけたわけではないのだろうか。個々に狙って呪いをかけた……そうなるとこの呪いは無作為なものではない。
「じゃあ、宝石の魔女に会ったこととかは?」
「無いよ」
「そうか……」
ならばなぜ? なぜ宝石の魔女はテオドールとハイド、そしてまだ顔も知らない二人に呪いをかけたというのだろう。
「何で俺たちが呪われたんだろうな」
「………………呪いの理由、か。考えたことがなかった」
その言葉にテオドールははっとした。
テオドールはかつてこの宝石眼の力を目の当たりにして、なぜ自分がこんな目に遭っているのか、なぜ普通の暮らしができなくなってしまったのか、真っ先に考えた。それをハイドは考えたことがなかったというのだ。
それは、彼が鈍感なのか、それともそんなことを考える余裕すらなかったのか。もしかしたら彼はテオドールが思っているよりもずっと悲しい人なのかもしれない。
「ハイド、お前」
強い風がさあっと吹き抜けていった。布がはためく音と木の葉の揺れるが響く。テオドールの目の前を白い布が通り過ぎていった。
「あっ」
「! すまない、うまく留められなかったみたいだ」
ハイドが慌ててそれを追いかける。テオドールも一緒になって追いかけた。
彼は、ロルバッハ家に引き取られる前何をしていたのだろう。テオドールは宝石眼の苦しみを共有したいと思っていたが、果たしてハイドのそれとテオドールのそれとは共有できるものなのだろうか。テオドールとハイドは同じ境遇であるようで違うようなものである気がしてならなかった。




