第12話 計画と不安
「ハイド! 貴方って本当に素晴らしいです! これですよこれ!」
昼のヴァイスヴァルト。アリリオの歓喜の声がダイニングに響き渡った。
「喜んでもらえたなら何よりだよ」
生、あるいは火を通すだけの雑な食べ方をされるはずだったハーグリアの食材たちはハイドというシェフにより温かなスープへと調理された。テオドールも一口飲んでみたが、これがとんでもなく美味しかった。ニコラウスも美味しい美味しいと感動している。
「すごいんだねハイド」
「君たちの役に立てて良かった。もし良ければこれからも家事を任せてほしい」
「良いのか?」
テオドールたちはしばらくヴァイスヴァルトに留まることを決めた。それにあたり、この家で共同生活を送ることになるわけだが家事が得意な人間が一人でもいるならそれは心強いことだ。
もちろんテオドールだって今までここで暮らしていたのだから洗濯はできるし掃除だって……それなりにはできる。ただしハイドのそれは全てプロ級だった。料理はこの通り、さらに彼がしてくれた掃除の後には部屋がまるでネイプルのホテルのように整頓され、もはや輝いてすら見えた。
「ハイドの料理、本当に美味しかったよ。これでアリリオも生きていけるね」
「命の恩人です」
ハイドが一体どこでその技術を覚えたのかはわからなかったが、テオドールたちにとってハイドはさっそくありがたい存在となった。
「さて、腹いっぱいになったところで今後の計画だが、しばらくプレンシアで過ごすとして、どこから調査しような。グラナートとツィトリンの所持者についてわかりそうなところ……」
プレンシア地区は科学的に発展した地区だ。工場や研究所が多く置かれ、他の地区から出稼ぎに来ている人も多い。昼間の人口は一番多いのではないだろうか。
人が多いということは情報も多いだろう。宝石眼について知っている人もいるかもしれないが逆にこちらの情報が回るのも早い。
「木を隠すなら森、人を隠すなら人の群れ。案外しれっと宝石眼が混じってるかもよ」
「強い感情さえ抱かなければ呪いは発動しないからな、目立って迫害されたらおしまいだが」
「まずは宝石の魔女のことがどこまで知れ渡ってるか、じゃないですか? プレンシア中に知られているなら宝石眼所持者なんていないでしょうし」
おそらく厄災の原因が宝石の魔女であることについてハーグリアの人々はあまり知らないのだろう。教会の神父も宝石眼について特に怪しむことはなかった。ただ、プレンシアの人間の中には最初にテオドールを襲った人々のように宝石の魔女が厄災の原因であると知り討伐しようとする者もいるだろう。
「そういえば五日後に帝国博覧会があるんじゃない? その時ならもっと人が集まるだろうし俺とアリリオで調査でも行く?」
帝国博覧会というのは年に一度プレンシア地区で行われる、産業関連の展覧会だ。新たに導入した技術やプレンシアの工場で作られたもの、使われている機械、研究所の成果などを展示して帝国の産業発展を促す目的で開催される。
今年の博覧会はプレンシアの領主がリーフェンシュタール公爵家に変わってから初めての博覧会となる。ニコラウスとアリリオが博覧会に調査に行けば、リーフェンシュタールの動きも掴めるかもしれない。
「宝石の魔女について知ってるか、それとなーく聞いてみようよ」
「逆に怪しくないですかそれ」
「だから、それとなくだってば。厄災について研究している帝国学校生ってことにしてさ。旧文明のことを聞いて回っても皆答えてくれないかもだけど、厄災のことなら話してくれると思うよ。特に厄災を直接体験した人ならなおさら、ね」
ニコラウスが帝国学校を卒業したのは一年前らしい。そうなると無理がないわけではないのか? とテオドールは首をかしげる。
アリリオも納得はしたらしいが、不安そうにテオドールの方を見た。
「二人でここに残るのは大丈夫でしょうか……」
「あー、家から出なきゃ平気だよ。前回はたまたま外にいたから駄目だっただけ。肉追っかけてたらまさか自分が追っかけられることになるなんてな」
あの時ニコラウスが来ていなければテオドールは「また」人を殺めてしまっていたかもしれない。
「それに、博覧会があるなら皆そっちに行くだろ」
「それもそうですか。念の為森にシールドを張っておきますけど、あまり強くはないのでなるべくは外に出ないようにしてくださいね」
テオドールとハイドは頷いた。
この家だって、森の入口にあるわけではない。それなりに奥の方にある以上はこちらが入口に近づかなければ大丈夫だろう。
「じゃあ決まり! 五日後、俺とアリリオが宝石の魔女の認知度を調査、テオとハイドが………………ま、留守番だね」
「んじゃ、俺は一旦今わかってることをまとめてみることにする」
「オレは食事を作って待っているよ」
もし宝石の魔女についてあまり知られていなければ、テオドールとハイドも調査に参加できるかもしれない。ニコラウスはさらにあの時テオドールを襲った団体についても調べてくれると言った。言われてみれば彼らも何か情報を持っているかもしれない。手がかりは多ければ多いほど良い。とにかく呪いを解くためには宝石眼の所持者を探し出し、宝石の魔女についての情報を集めなければならないのだから。
「もっと効率よく情報を集められたら良いんだけどね。何せ旧文明が関わってくるとなると大々的には動けないから」
「過渡期にある帝国に、下手に混乱を招くのもよくないです」
帝国は百年の間に何度かの厄災を乗り越え、今はやっと安定した時代を迎えたところだ。そこに再び厄災の話を持ち出せば混乱を招き、それに乗じたロルバッハのような勢力が出てくるかもしれない。
「そう考えると、リーフェンシュタールがプレンシアの領主になってくれたのはラッキーだったかもね。動向を追いやすいよ」
「リーフェンシュタール……そうだ、あの人が話していたことを今思い出した」
研究対象という扱いだったとはいえ、ロルバッハ家にいたハイドは当主が話していた他家の状況や研究内容について聞くことができた。まさか逃げ出されるとは思っていなかった当主は自らの道具の前で何も隠さずぺらぺらと話してしまっていたのだ。だからこそ逃げ出したハイドを力尽くで連れ戻そうとしているところもあるのかもしれない。
「リーフェンシュタールのこと、何か知ってるのか」
「ああ。あの人の勝手な妄想かもしれないが、リーフェンシュタール家に宝石眼の所持者がいる可能性がある」
「なんだって!」
テオドールが大声を出したので、ハイドの肩がびくりと跳ねた。
「あ……悪い」
「いや、気にしないでくれ。リーフェンシュタールだが、あの人は宝石眼所持者について試しに聞いたことがある。公爵家には電話があるから、それで。その時のリーフェンシュタール卿の様子がどこかおかしかった。挙動不審というか、何かを隠しているような……だからあの人は、リーフェンシュタールも宝石眼所持者を捕まえて同じような研究をしているんじゃないか、と怒っていた。妙な時期にプレンシアの領主となったのもそれが関係している、と」
テオドールはにわかには信じることができなかった。リーフェンシュタール家がロルバッハ家と同じような研究をしているなんて。宝石眼所持者を、力を得るための道具として使っているなんて。呪われた力を使って、人を傷つけるなんて。
だって、今のリーフェンシュタール家の当主は。
「テオ? 大丈夫?」
下を向いて黙り込んだテオドールに、ニコラウスが心配の声をかける。ハイドも申し訳なさそうな顔をした。
「すまない、何か良くないことを言っただろうか」
「……なんでもねえ。それって絶対じゃないんだろ」
「ああ。あくまでもあの人の考えだ。自分がそういうことをしているからそう思いこんでいるだけかもしれない」
ロルバッハ家とリーフェンシュタール家は全然違うと思う、とハイドはフォローを入れてくれた。
もちろんそうであってほしいが、本当のことはまだわからない。五日後にニコラウスとアリリオが持ち帰ってくる情報が、恐れているものではないように。テオドールはひたすらに願うことしかできないのだった。




