第11話 休息
「おはようテオ、早いね……ってあれ、もしかして」
ニコラウスとアリリオは朝から森の周りを視察がてら散歩していたらしい。いつもよりも早起きのテオドールにニコラウスは驚いているようだったが、それ以上に後ろのハイドが気になるようだった。
「ザフィーアの所持者……ハイドだよ。ハイド、こっちがニコラウスでこっちがアリリオな」
「初めまして、体調は大丈夫?」
「よろしくお願いしますね」
「うん、よろしく」
まだ少し戸惑っているようだったが、ハイドは二人の様子に安心したようだった。
こうしてハイドが仲間に加わった以上、互いの持つ情報を改めて交換しておいたほうが良さそうだ。ジェンティアにもどこかのタイミングで報告をしなければならない。
少しの間はプレンシアに留まるとして何からやるべきか、テオドールがニコラウスの方を見ると彼もまた不思議そうな顔でテオドールを見ていた。
「いつの間に仲良くなってたの、昨日はあんなに」
「あー……うん、夜色々あったんだよ」
「ふうん?」
「まあまあ、とりあえず話そうぜ」
テオドールはアリリオとハイドも手招きして、ダイニングにある大きなテーブルを囲んだ。ちょうど椅子は四人分あった。この家は本当に便利だ。
テオドールたちはハイドに一通り知っている情報を伝えた。ハイドはその目が厄災の原因たる宝石の魔女による呪いで生まれたものであること、旧文明時代に存在した魔宝石に由来していることは知っていたようだった。
「それもロルバッハの当主が?」
「ああ。あの人は異様に詳しいんだ。その上宝石眼を使って実験していたからこの宝石眼のことならあらかた知っているだろう」
「ちょっと待ってください、実験ですか? 宝石眼を使ってって……」
アリリオが驚いてハイドを見た。
昨夜、ハイドがロルバッハ家によって宝石眼の力を無理やり使わせられていたということは聞いていた。が、ハイドの話した実験の内容はもっとひどいものだった。
「あのハーグリアの流行り病もあの人の実験の一つだ。それからその東、ヒノモト地区でも同じことをした」
「慈善事業で利益を得るために?」
「それだけではない。あの人が欲しているのは金ではなく……魔法そのものだ」
今の文明において、魔法を使える人間はいない。アリリオや宝石眼所持者は特殊な存在として使うことができるが、宝石眼所持者のそれは自分の意志で使うわけではないので、魔法ではなく呪いなのだ。
ロルバッハ家の当主はその魔法を使おうとしている。ハイドが言いたいのはそういうことだった。
「そんな不可能な。旧文明の崩壊と一緒に人の中にあった魔法の根源も綺麗さっぱり消えちゃったんだよ。今で言うと、蒸気からエネルギーが取り出せないみたいな……それを自分で生み出そうってこと?」
「ああ。だからあの人はオレを養子に迎え入れて、保護しながら実験台、あるいは道具として使っていた。だから姓を名乗るとしたらロルバッハになるわけだが、あんな人間と一緒にはなりたくないな。とにかくある意味であの人の目論見は叶ったと言えるだろう。ただし、あの人は道具を失った」
「…………そんな」
ニコラウスもアリリオも呆気にとられていた。目の前の青年がロルバッハに道具として使われていた。その上宝石眼の呪いを無理やり使わされていただけではなく、薬品や力による実験までも朝から晩まで行われていたのだ。倒れていたあの様子からも、どれだけ壮絶なものだったのかがよくわかる。テオドールにとっても予想以上にひどいその事実は衝撃的なものだったが、ハイドは顔色を変えずに淡々と話すのだった。
「そうだ、テオドール。一つオレからも情報を共有しよう」
ハイドはその目をテオドールに向けた。
「おそらく本来オレたちの身体は魔法というものを受け入れにくいのだろうな。だからか、呪いを使えばまるでそれが返ってくるかのように体調を崩したり不幸なことがあったりする。あの人は『呪い返し』と名付けていた。もっとも呪いを使わなければいいわけではあるが、制御できないものである以上そうも言っていられないだろうから」
気をつけて、とハイドが言う。
アリリオのような者は血筋ゆえにもとから魔法を使うことができる。そういう場合は副作用のようなものも起こらないし、制御不能ということもない。単純に身体が魔法に適応できるのだろう。一方宝石眼所持者のように本来魔法に適していない者は、呪い返しもあり制御もできないのだろう。
魔女は一体何のために自分たちに呪いをかけたのだろう。テオドールはますますわからなくなった。
「大変だったんだね、ハイド」
「オレよりもハーグリアとヒノモトの人々の方が大変だっただろう。今ごろどうなっているのか……」
「ハーグリアでも俺たちの行った村には何もなかったよ。ただ、そのロルバッハが君を探していたのは見たけれど」
「そうだろうな。せめてあの人の管轄にある医院がまともな仕事をしてくれることを祈るばかりだ」
自分のことを語っていたハイドはずっと無表情だったのに、ハーグリアとヒノモトのことになると彼は途端に苦しそうな顔をした。やらされたこととはいえやはり罪悪感は拭いきれないのだろう。
テオドールは、ハイドという青年がどのような人間か少しわかった気がした。
「なあ、ジェンティにハーグリアとヒノモトについて調べてもらおうぜ」
「それが良いと思います。アーラファミリーならきっと助けになるでしょう」
「あーら、ふぁみりー?」
「ネイプルの白マフィア……ま、警察みたいな組織だな。行った時にそこのボスの娘に会って仲良くなったんだ。今度お前も行こうぜ」
そう言うと、ハイドは少し嬉しそうな様子で頷いた。
「それにしてもロルバッハはなかなか酷いことをするね。四大公爵家の一つがそんなことしてるなんて……そもそも公爵家が魔法や旧文明の研究なんて今の皇帝への裏切りじゃない? 知られたらどうなることやら」
「……いや、皇帝も黙認していることなのだろう。今の文明において魔法研究が禁忌とされるのは皇家が魔法を使えないからだ。皇家が魔法を得られる可能性があるとすれば話は別だろう」
「だとしたら腐りきってますね、今の皇家も」
アリリオがため息をつく。
皇家がロルバッハ家の魔法研究を黙認しているのなら、宝石眼が皇家に狙われるのも時間の問題なのかもしれない。魔宝石に由来した目を持つ、魔女の関係者。珍しい上に脅威となりうる存在を放っておくほど、あちらも愚かではないだろう。
宝石眼の所持者だけではない。旧皇帝の子孫であり呪いではなく魔法を自分の意志で使うことのできるアリリオだって狙われる。
「やっぱあんまり目立たないように行動したほうが良さそうだな」
「うーん、俺たちにも公爵家に対抗できるくらいの後ろ盾があると良いなあ。公爵家には公爵家が一番かもだけど、ラザフォードはどうなってるのかわかんないし、リーフェンシュタールはむしろこっちを調査しに来るかもだし、ムハンマドは得られる利益によってはロルバッハにつくかもだし。ジェンティの話では今のところ動きはないみたいだけど」
「その二家があの人につくことはないと思うよ。あの人は他家に成果を取られるのを嫌がっているからそもそも仲間を作らないだろう」
となれば、敵になるとしたら単独だ。それは良いのか悪いのか、テオドールには判断がつかなかった。三家が手を組めばとても太刀打ちできないのは確かだが、かといってそれぞれを警戒しなければならないのも困る。
「どうしたもんかな」
「公爵家の中ならまず警戒するべきはリーフェンシュタールじゃないですか? プレンシアの領主ですし……とはいえ、来たら来たで何とかなりますよ。こっちには魔法がありますから。それより俺たちには大きな問題があること、忘れてません?」
アリリオが言い放つ。
彼の指が示すのは、ダイニングに置いてある食材たちだった。
「大きな問題って、食べ物のこと? アリリオは食いしん坊だね」
「失礼な! 重要でしょう、まさか本当にあのままがぶっといくつもりですか?」
「いけるぜ」
「うん、俺もネイプルに行く前はテオと一緒に木の実と肉を適当に焼いたやつ食べてたよ」
「く……こうなったら試行錯誤しながらでも料理とやらをやってみるしか」
それは魔法で何とかならないのかよ、とテオドールが言うとアリリオは首をぶんぶんと横に振った。魔法も万能というわけではないらしい。
そこに、遠慮がちな声が聞こえてきた。
「あの、それ……オレに任せてくれないか」




