波乱の気配はじわじわと
添乗員の役割はきちんと果たさなければならないから、私はその後も色々私を独占しようとするシンを払い除けて、ツアーの参加者の皆様のために奔走した。
アレルギーその他の事は、意外かもしれないが異世界ではあまり考えなくていい部分がある。
それは、異世界の食べ物は地球のものと分子構造からして違うから、体に不調をきたす成分は、地球人の内臓が簡単に排出してしまうからである。
これに似た作用がデトックス作用で、私がお土産にお砂糖をおすすめする理由である。
異世界の食べ物で、アレルギー症状が出たという話は今のところ医学的にない。
お医者様なども、これが地球のアレルギー症状になにか役立つのではと研究を重ねているらしいが、その研究はかなり難航していると聞く。
成分が違いすぎて、何が出るか未知の世界だかららしい。
それは異世界の側でも同じで、ただ、地球の食べ物の添加物がなにかゴニョゴニョな作用を引き起こすのか、異世界に持ってくると味が一気に悪くなるので、異世界の人は地球から来た食べ物を、”市場”以外では食べたがらない。
添加物のないものは、そこそこ珍しいという事で流通するけれどね、とっても高い。地球産という事で俗に言うプレミアがついている感じだ。
そんな貿易あれこれはおいておいて、こちらの側の貴族達が、珍しさから自分の別荘にツアーの参加者の皆さまを呼びたがるので、それをぶった切るのも私の役割だ。
「大変に申し訳ありません、スケジュールが非常に詰まっておりますので」
「そんな、一日くらいいいじゃないか」
「その一日の間にとても詰められた観光をするので……」
「あんたはケチだな」
「お客様の安全が確保できないイレギュラーな行動は出来かねません、お許しください」
私が仕事で、護衛のようにツアーの参加者の人々の予定を管理していると、貴族達もだんだん察してきて、そもそも自分たちも似たような立場での外出が多いことも思い出したのか、鬱陶しいくらいに粘着質な人はいない事が、ありがたかった。
参加者の皆様の中には、異世界の美味しいお料理に舌鼓を打ち、お酒を満喫する人がいれば、
絵画などの情報を貴族の方々に丁寧に質問して、代わりに地球の伝説などで盛り上がる人もいる。
女性同士、美容法で盛り上がって、地球の美容法のあれこれを教えるかわりに、こちらの美容法で使えそうな方法を聞く人もいる。
中には一目惚れよろしく、貴族の方に踊りのレクチャーをしてもらって踊る人もいる。これが浮気にならないのは、異世界である地球から来た異文化の人に対するおもてなしと、思われるからだろう。
皆様とても満喫していてほっとした。
これで誰も楽しめないとなったら、私は今後どうやってツアーコンダクターとしてやっていくべきか、自問自答したくなるからだ。
そんな私は一歩引いた形で全体を見るしかない。フロアの人々で、参加者の皆さんが困らないようにするのが私の仕事で、呼ばれたら行くのが私だ。
しかし楽しい時間はあっという間というやつか、もうホテルに戻る予定の時間を告げる、時計の音楽的な音が響く。
時計の読み方は皆にしっかり教えているので、私が立っている場所に皆さん集まってくる。
「皆さんお揃いですか? では、総督、非常に素晴らしい時間をありがとうございました。心から感謝いたします。心の広い貴方に神から良き贈り物があることを」
神から良き贈り物があることを、というのは社交辞令でありこの世界でもありふれた感謝の言葉の一つだ。だから間違いじゃない。
私がシンに一礼し、皆さんも頭を下げ、私達は来た時のように案内の人に連れられて、シンのプライベートな船着き場から、ホテルのある二の島に戻って、そして全員を無事にホテルの部屋まで私は送り届けて、そこでやっと一息ついたのだった。
翌日から数日は、観光名所案内みたいな事だ。シンが許可してくれた遺跡めぐりと、オリジナルのなにか小さな物が作れる工房でのワークショップと、島に一番近い大陸の港のいち大観光名所である、時計塔見学。
同じツアーに何度も参加している人でも、喜んで参加するのだから、やはり異世界というものはそれだけで価値が出来てしまうのだろう。
地球の便利なものが何も無いから、不便で、それもワクワクすることに変換してしまうのが、異世界というカテゴリのなせる技とも言えるだろう。
「毎回違うものを選んじゃうけど、このワークショップで作ったものって、壊れないから気軽に外歩きに使えていいわよね」
そういうのは、携帯ストラップみたいなものを作った樋口さんである。娘さんも同じものを選んでいるけれども、出来上がったものの印象はまるで違う。これが個性である。
「親戚からも羨ましがられるから、頼まれると作っちゃうわよね」
「どうりで樋口さん、工房の作れるものリストアップを見ると、鉛筆とメモ帳でアナログに記録するんですね」
「私みたいに、何度も何度も参加するのがずるいって言われるけど、私はそのために毎日毎日貯金しているのよ!」
「おかあさん、恥ずかしいから……」
「何よ、好きなもののために貯金することの何がおかしいのよ!」
「お母さんそれで、お父さんに笑われてたじゃない」
「お父さんの趣味だって私は否定しないでしょ! これが夫婦円満の鍵よ!」
胸を張る樋口さんと苦笑いの娘さんを否定する気はこれっぽっちもない。
他にも三人仲良しで、おそろいのものを作る人達がいたり、夫婦でラブラブなものをつくる人もいる。
皆楽しそうで何よりだ、と思いつつ、時計塔観光の鉄板である、精密に描かれた絵葉書を皆さん購入して、ホテルに戻る時である。
いつもと違う事が起きたのは。
「何で……」
ホテルに戻ろうと、目印の旗を振りながらツアー参加者の皆さんを案内していた時である。
先頭の私にいきなり、一人の女性、それも地球から来たのであろう、どう見ても日本人の女性が立ちふさがって吠えたのだ。
「何であんたが、あんな立派なホテルに泊まれるのよ! ずるい、ずるいわ! あんたの選んだツアーってあたしの選んだツアーよりも遥かに安っぽい値段だったじゃない!!」
「厚田さん……?」
吠えた女性が指さしたのは豊橋さんだった。お一人で参加して、シンの誕生日のパーティでは、貴族の男性にダンスをレクチャーしてもらって、素敵なロマンスだったと喜んでいた彼女である。
豊橋さんは困惑している。私も困惑するしかない。ツアーを選ぶのは個人の選択であり、豊橋さんがずるい事をしているわけではない。
「なんであんないいホテルなのよ! あたしも泊めなさいよ! あんたがあたしの代わりにあっちの安いホテルに泊まればいいんだわ!!」
「それは契約上出来かねません。お引き取りください」
私はぴしゃりと彼女を払った。厚田と言う彼女は鬼のような顔をしているが、私は厳格な声でこういった。
「豊橋様はきちんとツアー参加者として料金を支払い、シンズホテルに宿泊する権利をお持ちです。きちんとツアーに参加していらっしゃるからこそその資格があるのです。大変申し訳ありませんが、ツアーに参加していらっしゃらない方を、あのホテルにお泊めする事は出来かねます」
「何よ! 添乗員のくせに偉そうに!」
「ご自分でツアーをお決めになったのでしょう? そちらのツアーの添乗員の方はどちらにいらっしゃいますか?」
私が呆れて周りを見回した時である。
一人の男性が、慌てた調子で走ってきて、厚田さんに言ったのだ。
「厚田さん! 一人での行動はやめてくださいって言ったでしょう! 昨日も今日も! きちんとツアーの予定に従ってください!」
「あいつら、あんないいホテルに泊まるのよ!? それもあんたのツアーよりも安いツアーで! なんで! あんた達だって頑張ればあのホテルに泊まれてたってことじゃない!」
厚田さんの指差す、最高級ホテルである、シンの所有物であるシンズホテルを見て、添乗員さんの顔色が変わる。
「あのホテルに……? うちより安く……?」
頭の中が大混乱だろう。そしてうちのツアーの参加者の皆さんは、私がいたからそれが可能だったなんて事を言う、空気を読まない人は一人も居ないでくれたので、私は添乗員さんにこういった。
「そちらのご事情はわかりませんが、こちらのツアーの予定を阻害する事をしないでください」
「はい、大変に申し訳ありません……」
「役立たず! 髪留めは砂になるし、服もあれこれぼろぼろになるし、本当に最悪!」
あ、プラスチック製品持ち込んじゃったんだ……税関で止められたのにこっそり持ち込んだんだな……と私は察して、ツアー参加者の皆さんを案内して、ホテルに戻るのだった。
だが、厚田さんが目ざとく
「なんであのツアー客だけ、島じゃない観光ができてるのよ、おかしいでしょ!!」
と叫んでいるので、これは帰国後に上司と社長に報告と相談だな、と心にメモすることになったのだった。




