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原罪のドラゴン その1

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

 青白くぼんやりと光る世界樹ユグドラシルの根が張り巡らされた坑道の中、そこに小規模な地獄が生み出されていた。


 激しい匂いを放つ黒く焼け焦げた鉱人ドワーフの死体が22体。彼らが戦っていた化け物の死体はその3倍を数える。


 そんな中唯一満身創痍ながら立つ鉱人の男の前には、坑道の奥にあるさらに濃い闇を湛える大きな穴。そこから次々と湧き出す化け物の群れに、男は体を支えるのに使っていた長さ50㎝ほどの石斧を両手で構えた。


 2本の角と白い体毛を生やした蛇の姿の化け物は、喉元を大きく膨らませると、前歯をカチカチと鳴らして火花を散らす。その種火に向かって喉に溜め込んでいた可燃性の強い体液を吐き出すと、それはたちまち炎の渦となって男に向かう。


「オッテル! 邪魔だ退け!!」


 後ろから疾風のごとく駆け寄って来た鉱人の女は、オッテルと呼んだ男の首根っこを掴んで後ろに引き、迫る炎に向けて石斧を振るう。


 するとその鋭い斬撃から生じた旋風が炎を散らして、化け物との間にできた一本道を駆け抜けあっという間に化け物の頭を勝ち割った。


「兄者、無事か?」


「レギン……それに姉者か……向こうの大穴はどうなった……?」


「とりあえず出てきた化け物どもは、全て姉者が蹴散らしたぞ」


「そうか……さすがは鉱人族最強の戦士……我らは20人以上集めてこの様か……情けない……」


 オッテルは、両手に持った石斧を振るい、這い出して来る化け物を手当たり次第に薙ぎ払う姉の姿を霞む目に焼き付けながら目を閉じる。たちまち体温を失っていきながらも、その表情には安堵が浮かんでいた。


 化け物の死体をさらに100ほど積み上げたところで、女の鉱人は腕を止めた。汗を拭きながら、兄の体を力なく支える弟に向かって声をかける。


「オッテルは?」


「……残念だけど」


「そうか」


 それだけ呟くと女は弟たちの横を通り元来た道を戻っていく。それを見たレギンは1度辺りを見渡して散っていった同胞たちに黙祷をささげると、兄の死体を背負って姉を追う。


「姉者、この化け物どもはなんなんだ。この眩しくて熱いものを吐き出す力。今までこんな個体いなかった。それに質もだけど数の方も異常だ。ふたつの坑道それぞれにあふれ出してきた数が、どちらも過去最多の規模になってる」


「知るか。原因などどうでもいい、現れたものをすべて殺す、やることは変わらない」


「それはそうだけど……兄者も他の戦士たちも、もういないのにこれからどうすれば……」


「やれることは万全に備えるだけだ。少し疲れた、村に帰ったらオレは寝る。お前は斧の修繕を頼む」


 その冷たい態度に何か言いかけたレギンだったが、姉の握りしめた拳から鮮血が垂れるのに気づくと何も言えなくなり、村に帰る道すがらはどちらもひと言も話さなかった。



「レギン! どこ行っておったのじゃ探したぞ!」


「どこにって……姉者たちと一緒に坑道の奥から溢れて来る化け物退治に行ってたに決まってるじゃないか。それより…………兄者たちが――――」


「まあよいわ。そんなことよりも今、工房の鉱人たち総動員の仕事が入ったところじゃ。お前も手伝えい」


「そんなことって……」


 背負っていた兄の死体をゆっくりと降ろしながら、悲しみの報告をしているというのに、父親から放たれた言葉はあまりにも情がない。


 それというのも、生命とは大半が世界樹が生み出すもの。数少ない性交渉で増えた命には親は愛情をもって接するものの、そうでない大半は生まれた命を見つけた者が親となるのが習わしなのだ。この3姉弟どうしも血がつながっていないし、当然この父親も血がつながっていない。


 生まれてこの方、溢れ出る化け物を相手に背中を預け合っていたからこそ持ち得た家族愛というものを、父親が持っていないのも無理はなかった。


「レギン、オレの斧の修繕が終わったら部屋の中に置いておいてくれ」


「姉者……」


 まだ生まれて20年ほどしか経っていないレギンは、子供が死んだ時くらいはこの血の繋がっていない父親でも悲しんでくれると期待していたが、その倍の長さを生きている姉は何の期待もしていない。


 今はただ、早く体と心を休めたい思いから家に帰ろうとする姉だったが、その前におおよそこの根の世界(スヴァルタルヘイム)に似つかわしくない、背中に4枚の純白の翼を生やした、腰に剣を帯びた女性が道を塞いだ。


「申し訳ございません。失礼とは存じますが、あなた方のお話が耳に入ってしまいまして……。その化け物とはどのようなものでしょう?」


「誰だアンタは」


「なんじゃいその態度は! この御方はわざわざ天の世界(アスガルド)からお越しになった天人族のお偉いさんじゃ。この村に大量の武具の発注をしてくださった依頼主様じゃぞ――――」


 がなり立てる鉱人を宥めた天人は、右手を自分の胸に当て恭しく頭を下げて口を開く。


「申し遅れました。わたくしはこの度の使節団の団長を務めます、ジークリンデと申す者。鉱人の皆様にドラゴンと戦うための武具を作って頂きたくこちらへと参ったのですが、貴方がたの言う化け物というもののお話も聞かせていただければと思います」


「あ、え、あ……わ、わたくしは鉱人の鍛冶師でレギンと申しますでありまする? こ、こ、こっちは姉者……わた、わたくしの姉で鉱人族最強の戦士の……」


「ファフニールだ。武具の制作だと? その必要があるようには見えないが?」


 眩しそうに目を細めながらファフニールがジークリンデの兜と胸甲キュイラスを見ると、恥ずかしそうに笑いながらジークリンデは腰の剣を抜く。その剣もまた彼女の身に着ける防具と同じようにまばゆい光を放った。


「すごい! まさかそれが噂に聞く幻の鉱石オリハルコンですか!?」


「いえ、これらは全て世界樹の枝でできております。世界樹が認めた者の前にふさわしい形となって現れる物であり、加工して作ったものではありません。そもそも天の世界の大地とは世界樹の葉のことであって土や鉱石は存在しないのです」


 ファフニールは手で光を覆いながらジークリンデの後ろを見ると、使節団という通り他にも翼を生やした種族が何人かが様子を窺ってるのが見て取れた。その者たちは世界樹に認められていないのか、団長の持つ輝く武具を身に着けているものはない。


 ただ、その視線は明らかな鉱人に対する侮蔑の光を帯びていて、団長の友好的なソレとはまるで違う。その人となりも世界樹が認める素質の一部なのかもしれないと思い、ファフニールは鼻で笑った。


「天の世界は今……いえ、この10年の間、天を覆い太陽を隠す憤怒のドラゴン――ヨルムンガンドとの戦いを続けております。その巨体を相手には世界樹に選ばれた英雄たちだけでは手が足らず、他所から武具を調達しようと、こちらにお願いにあがりました」


「随分と悠長な話だな」


「耳が痛いです。それと言うのも、世界樹の中を通って裏の世界(ヘルヘイム)に閉じ込めた怠惰のドラゴン――エキドナの子供たちが世界への侵略を開始して手が足りなくなったというのもありまして。貴方がたの言う化け物もまた、恐らくはこのエキドナの子供たち。それに真っ向から渡り合える戦士と言うなら、どうでしょう? 力を合わせて世界の脅威に立ち向かいませんか?」


 その言葉にファフニールは再び鼻で笑う。その態度に他の天人族が怒りで顔を赤く染めるのも気に留めず、家に帰ろうとする姉を止めたのは弟のレギンだった。


「姉者、気持ちは分かるけど力を合わせるかは別にしても、戦ってる相手の情報はあった方がいい」


「この甘ちゃんたちに何の期待ができるのかね?」


 憎まれ口を叩きながらもファフニールは近くの岩に腰掛け、ジークリンデの言葉を待った。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【ファフニール】――鉱人族最強の戦士。のちの金熊童子。

【ジークリンデ】――天人族の女。ドラゴン退治に必要な武具の制作を依頼しに、鉱人族の町に来た。

【レギン】――ファフニールの弟。有能な鍛冶師。

【ヨルムンガンド】――憤怒が七つの大罪になった原因のドラゴン。

【エキドナ】――怠惰が七つの大罪になった原因のドラゴン。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【世界樹ユグドラシル】――神代と呼ばれる、現在の世界が誕生する前の世界を支えた大木。生い茂る葉で地球の半球を覆えるほど大きい。

*【鉱人族ドワーフ】――神代に生きた旧人類の1種族。石や鉱石を魔力を込めた鎚で叩き、自由に形を変える能力を持っていたが、神代の崩壊とともに全滅。

*【根の世界(スヴァルタルヘイム)】――世界樹に支えられた8つの世界の第5階層。鉱人族たちの世界。

*【天の世界(アスガルド)】――世界樹に支えられた8つの世界の第1階層。天人族たちの世界。

*【ドラゴン】――『心を見透かす者』の名を冠する悪魔王(第6天魔王と同一存在)、またはその眷属(天狗と同一存在)を指す言葉。

*【オリハルコン】――神代より伝説として伝わる鉱石。太陽の輝きを放つ。

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