表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
242/242

原罪のドラゴン その2

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「ん………………」


 目を覚ましたファフニールは、1度大きく背伸びをした後、両肩をグルグル回した。


 正直なところ寝る前に不愉快な話を聞かされたせいで、興奮のまま眠れないかと思っていたが、体がそれを許さなかったようだ。


 幸い疲れの方はしっかりととれている。入り口の壁には弟のレギンに修繕を頼んでいた石斧が立てかけられているのを見て、坑道の見回りの前に敵の情報を整理しようと、ジークリンデの言葉を思い出す。


「ドラゴン、世界の敵、か」


『怠惰なるエキドナ』

『怒りに狂いしヨルムンガンド』

『傲岸不遜のヴリトラ』

『卑屈なるテスカトリポカ』

『色に溺れた黄龍』


 ジークリンデの話に出てきたそれら世界の敵は、この根の世界(スヴァルタルヘイム)のひとつ下、影の世界(ニブルヘイム)に住む魔族のおぞましい術によって生み出されたということだった。


 ドラゴンを世界の敵と定めるのであれば、昨日の天人の言う通り魔族は悪である。だが、ファフニールの素直な感想は『仕方がない』だった。


 そもそも、そのおぞましい術とは何ぞやという話だが、肉体を捨てた魔族が他人の欲望を煽りに煽って、それに憑りつかれた者に力を与えてやるという甘言をもって近づく。そして心の隙間にうまく入り込んだあと、その欲望でぐちゃぐちゃになった元の精神を遠くに追いやり、肉体を奪うというもの。


 うまく行けば魔族がその生物に成り代わり、中身だけ入れ替わった状態で生活することになる。だが失敗した時は、特に魔族の方が吸収されてしまった時は、増えに増えた欲望に支配された、元の生物に魔族の力が上乗せされた化け物が生まれる。それがドラゴンという生命だ。


 これだけ聞けば天人の言う通り魔族が悪なのだが、そもそも魔族はなぜそのような手段を使うに至ったのか?


 鉱人族ドワーフの年寄りたちが常に言っていることだが、もともとは根の世界(スヴァルタルヘイム)にも太陽と呼ばれるものの光が届き、万物の生の源である世界樹の雫が、はるか頭上の世界樹の葉より落ちてきたという。


 それがある日、今頭上を覆っている大地の世界(ヨツンヘイム)に住む巨人族が、その大地を広げ根の世界(スヴァルタルヘイム)に蓋をしてしまう。そのせいでファフニールが生まれた時から、根の世界(スヴァルタルヘイム)は世界樹の根が放つぼんやりとした光と、上の大地から染み出してくるわずかな世界樹の雫しか取れない世界になっていた。


 結果はどうだ。鉱人族を生かすにはその雫では少なすぎて数が激減した。ましてや根の世界(スヴァルタルヘイム)より下の、より雫が得にくくなったであろう世界がどうなっているのかと考えたら答えは簡単だ。生命が住める環境じゃないのだろう。


 だから魔族は肉体を()()()()()()()、それでも肉体を持ってその太陽とやらの下で暮らしたいと願ったヤツが、大地の世界(ヨツンヘイム)よりも上の世界を目指すのを誰が止められるのか。


 生まれてこの方地下で生活してきたファフニールには、似たような環境で生きて来ただろう魔族の気持ちは分かったし、逆に年寄りどもが嬉々として天人の依頼を受けている方が理解できなかった。


「まあいい。オレのやることは変わらん」


 なんであれ、ドラゴンとやらに変わった者はすべて地上の世界の者たちらしい。魔族が地上に住む者と成り代わろうというのなら当然だ。魔族には同情するがドラゴンには同情の余地はないと、今日もエキドナの子供たちとやらを狩りに行こうと、ファフニールは寝床を出て斧を手にする。


「ん?」


『姉者へ、光り輝く武器は姉者にこそ相応しい。いずれオリハルコンを手にした時は、真っ先に姉者に最高の武具を用意しよう』


 斧に付けられた弟からのメッセージに軽く笑うと、ファフニールは斧を片手に家を出た。



 やがて町の中央にある広場に近づくと、そこでは鉱人族の年寄りたちが天人族の使節団をもてなしているところだった。それぞれの手には黄金でできたジョッキが握られ、そこには全ての世界樹の雫が注がれている。


 長老が自慢の腕輪で周りの石や土を黄金に変えて見せてる中、ファフニールに気づいたジークリンデが声をかけた。


「あら、ファフニールさま。弟さんも少しの間、武具作りに参加されてたのですが、すぐにいなくなってしまわれて……何か重要な事案をお抱えになられているので? わたくしでよろしければ力をお貸しいたしますよ、これから手を取り合う仲間なのですから」


「寝ていただけだ。手を借りるようなこともない」


「寝ていただけ……?」


 言葉の意味が分からずジークリンデは首をかしげた。それもそのはずで彼女にはその言葉の意味が分からない。


 生命の源たる世界樹の雫を飲むと、それだけで生命活動に支障はない。睡眠をとる必要も無ければ、それ以外の食事で栄養を補う必要もないのだ。


「若い連中は寝るだのなんだのと、すぐに地面に転がりよるのよ。ワシらがずっと働いているのに、死んだ真似をしては労働から逃げる、とんだ軟弱者よ。それよりも見て下されワシの物質を黄金に変える腕(アンドヴァラナウト)輪を! この腕輪は――」


「そうですね素晴らしい宝物とお見受けいたしますわ」


 長老を軽くあしらう様に褒めるジークリンデ。そのやり取りをファフニールが冷めた目で見守っている。根の世界(スヴァルタルヘイム)ではすでに貴重品となっている世界樹の雫は、年寄りたちが独占し、ファフニールたちのような若輩まで降りてこないため、睡眠は欠かせない。


 それを軟弱者呼ばわりされたのも腹が立つが、広場にある壺の中には世界樹の雫が詰まっているらしいのを見ると、天人族の依頼の報酬とはどうやらソレのようだ。なのにこの宴会には若者が誰ひとりとして参加していない。それを見たファフニールの冷めた心はより冷たく、どす黒いものへと変質していく。


 それとは知らずに長老の自慢話をうまく退けたジークリンデは、真面目な顔つきでファフニールの方に振り向いた。


「ファフニールさま、昨日も説明させていただいた通り『怠惰』はドラゴンになる可能性のある罪のひとつ。我々生きるものすべてが持って生まれた5つある原罪のひとつなのです。その欲望に身を委ねるようなことがあってはなりません」


「怠惰だと……?」


 ファフニールが生まれた時には、既に化け物――エキドナの子供たちとやらは根の世界(スヴァルタルヘイム)に進出していた。それを相手にこの鉱人は30年以上毎日戦い続けている。それに対して、地上まで化け物が溢れたからと、今更ながら武器を依頼しに来た連中に言われる筋合いはない。


「そうですわ。よろしければ、わたくしの息子のお嫁さんになるのなんていかがでしょう? そうすればお互いすることが多くて、怠惰に流されることもありませんもの。息子も天人族にあって5本の指に数えられる武勇を持つ英雄、きっと気もおあいになるわ」


 昨日の話の中でレギンからどれほど姉が優れた戦士なのか聞かされたジークリンデは、何の含みもなく笑顔で提案する。その姿に最早ファフニールの感情は何も揺さぶられるものが無い。


 唯一感じたのは世界の理不尽。


 なぜ自分たちが命がけで守っている世界の平和に、ただ乗りしているだけの年寄りどもが、世界樹の雫や、宝物を独占しているのか?


 なぜ最前線で戦っている自分らに世界樹は恵みをもたらさず、こんな今更動き出した連中が自分らよりもいい装備を与えられるのか?


(何故、血と汗に塗れながら、毎日倒れるまで働き続けるオレたちが何も得られず、のうのうと生きているヤツらが利益を得ている? それはすべて、オレが手に入れて然るべきものじゃないのか?)


 どす黒く変質した心が一気に熱を帯びた。それは怒りにも似た、嫉妬にも近い複雑な感情。


 沸々と心を滾らせるファフニールの耳に、誰もいないはずなのに声が聞こえた。


『力が欲しいか?』と。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【ファフニール】――鉱人族最強の戦士。のちの金熊童子。

【ジークリンデ】――天人族の女。ドラゴン退治に必要な武具の制作を依頼しに、鉱人族の町に来た。

【レギン】――ファフニールの弟。有能な鍛冶師。

【ヨルムンガンド】――憤怒が七つの大罪になった原因のドラゴン。

【エキドナ】――怠惰が七つの大罪になった原因のドラゴン。

【ヴリトラ】――傲慢が七つの大罪になった原因のドラゴン。

【テスカトリポカ】――嫉妬が七つの大罪になった原因のドラゴン。

【黄龍】――色欲が七つの大罪になった原因のドラゴン。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【根の世界(スヴァルタルヘイム)】――世界樹に支えられた8つの世界の第5階層。鉱人族たちの世界。

*【影の世界(ニブルヘイム)】――世界樹に支えられた8つの世界の第6階層。魔族たちの世界。

*【魔族】――神代から生きる旧人類の1種族。魔術に優れ、影の世界が生物の生きれる環境じゃなくなると肉体を捨て精神体になった。現在は第6天魔界で暮らしている。

*【天人族】――神代から生きる旧人類の1種族。背中から翼が生えて自由に空を飛べる。世界樹崩壊の際、天界と呼ばれる異世界を作り、生き延びた種族のひとつ。新しい現代の世界が生まれた後は、同じく天界に逃れた種族と同様に神を名乗り見守っている。

*【ドラゴン】――欲望を増幅させ、体を乗っ取ろうとした魔族を逆に吸収した存在。『心を見透かす者』の名を冠する悪魔王(第6天魔王と同一存在)、またはその眷属(天狗と同一存在)を指す言葉――というのが神の教えだが、第6天魔界に暮らす者は体の乗っ取りに成功した者たちであり、元のドラゴンの定義とは全くの別者。

*【鉱人族ドワーフ】――神代に生きた旧人類の1種族。石や鉱石を魔力を込めた鎚で叩き、自由に形を変える能力を持っていたが、神代の崩壊とともに全滅。

*【世界樹ユグドラシル】――神代と呼ばれる、現在の世界が誕生する前の世界を支えた大木。生い茂る葉で地球の半球を覆えるほど大きい。

*【世界樹の雫】――世界樹の葉が存分に太陽の力を吸収し、自らの生命活動を維持するために根に落とす生命力の源。この雫からあらゆる生命が生まれ世界が構築された。

*【大地の世界(ヨツンヘイム)】――世界樹に支えられた8つの世界の第4階層。巨人族たちの世界。

*【オリハルコン】――神代より伝説として伝わる鉱石。太陽の輝きを放つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ