32 分水嶺③
勝利を確信したイコライはそれでも淡々と表情を変えず、しかしながら雄弁に語る。
「残念、あなた達の攻撃は無駄。何故なら私はこの雪その物でありこの地であるから。氷の魔女でありこの大地その物。指輪を渡せば死なずに済んだのに・・・」
その言葉に誰よりも怯え震えていたのは意外にもシメオンだった。
震える手を抑えながら、彼女と目を合わせない様に伏せている。同じくして恐怖しているグラシーとはまた違う表情、表情を変えない彼女が初めて見せたその顔はとても印象的だった。
「街の人達を殺して・・・そこまでして手に入れたかったの?この指輪・・・。仲良く暮らしていたのも・・・、それにリーヴ・・・自分の娘さえ犠牲にして」
「私にとってそれらはどうでも良い」
食い気味の即答だった。その一言はあまりにも無情な程。
怒りを顕にした私に向かって更にこう言う。
「この地は元々、雪の魔女が住まう世界。
私を除くこの地に要る魔女、そして魔力を封印されその力を解放する為にその指輪を探していたの。
街もそこに住む連中も私からすれば害虫でしかない、勿論リーヴ・・・」
話の途中、彼女に1つの青い炎が襲う。
リフレシアの”焼失の瑠璃"だ。しかしそれを受けても全くの無傷、いや当たっていない。通り抜けている様にも見える。
やはり実体が無い。
「的が出来たと思えば勝手に喋り出す。随分おしゃべりなんだな?なんだったかお友達が居ないって話だったか?」
「もういい、少し話過ぎた」
彼女は再び姿を消した。すると吹雪は再び強まり辺り一面から大きな氷塊が私達の元へと飛んできた。
「芸が無いな!!」
再び襲い掛かる彼女の攻撃にリフレシアは炎を纏いそれらを打ち消して行く中、私は彼女に攻撃の阻止を任せシメオンに話掛けた。
「逃げてる間の時にもそうだけど、もしかして彼女の存在が感じ取れる?」
その問いにシメオンは頷き答える。
「あぁ・・・何となく嫌な感じだけだが・・・」
「街へ入りたくなかった時と同じ?」
彼女は黙ったまま頷く。どういう理由があるのかはさておきシメオンは彼女の存在に気が付く事が出来る。
つまり対象の位置を確認が出来る。
「グラシーさん・・・」
私が彼女に伝える前に彼女は何か察した様に答える。
「自分の身は自分で守れる。この男のお陰かさっきより随分と気分が楽になった」
「ありがとうございます。ロロイ、戦おう」
ロロイは何も聞かずただ頷き、抱えていたグラシーをその場に下ろし立ち上がった。
勝てる。奇跡的な程に揃った条件、絶望的に思えたこの逆境の為に揃えられたと思えてしまう程に。
「勝算はあるの?」
不安げに言うグラシー、私はその状況に似つかわしく無いぎこち無い笑みを見せて答える。
「私達なら」
ロロイ、彼は人の姿をした"マグ・メル"。
それはかつて私達が仲間だったメンバーしか知らない、当時仲間達皆が彼の存在について誰もがこう思った。
『彼は何か特別な力があるのか?』
彼自身も知らなかった力、その力を知るのは私達が旅をししばらく経った頃の事だった。
とあるいわく付きの街での出来事。
呪いと憎悪に満ちた実態の無い何かが漂うその空間。
私達は重く淀んだ空気の中じわじわと精神を病み、幻覚を見せられ心が壊れてしまいそうになっていた時、彼はそれ等を拳1つで薙ぎ倒すようにうち払ったのだ。
聖職者でも無く、白魔法を使える訳でも無い。
何より実体の無いその何かをまるで存在するかのように物理で片付けた。
闇雲に空を切り戦うその姿はまるで不思議な光景だったが、彼のその行動により街に蔓延る呪いや魔術は祓われ私達は助けられた。
彼の特質、"実体を持たぬ魔力や呪いに対し物理で戦う事が出来る"。
一方的な彼女の攻撃は止まない。幾重にも飛び交う氷塊に氷槍はリフレシアにとっては何でもなかった。
しかし、彼女が放つ炎に焼かれ溶ける氷の中には石が混入されており石は度々、攻撃を受けるリフレシアに何度もぶつかる。
「姑息な手だな!!」
リフレシアにとってその痛みはさほど無いだろう、しかし彼女の性格上、気分を逆撫でし冷静さを欠くのには十分だった。
彼女のその攻撃に対しリフレシアは徐々に怒りで攻撃に粗が出始める。そのタイミングの事だった。
どこからとも無く現れたイコライはリフレシアの右手を掴んだ。直ぐに薙ぎ払いはしたものの掴まれた右手は徐々に氷だし右手には氷の花が大きく咲く。
そう、グラシーに与えたあの花と同じ。
「この・・・!!!」
彼女は残された左腕でイコライを殴るが既に彼女は雪と共に散りそこにはもう居なかった。
「こんなもの・・・!!!」
左腕に浮かび上がる紋章、炎をこれでもかと凍り付いた右腕に浴びせるがその氷の花は無傷でありその花弁は徐々に枚数が増え大きくなっていく。
「リフレシア落ち着いて!!それは魔力による呪いだから!!」
「落ち着いてられるか!!」
少し焦って見える彼女の様子に右手に何か必死に力を込めている。その様子から彼女の右手から炎を作り出せていない、魔力は封じられている。
「あなたさえ居なければどうと言うことは無い」
駄目押しの一撃だった。油断を見せたリフレシアに畳み掛けるように再び現れたイコライ、彼女は後ろからリフレシアに抱きつくように現れた。
「一人」
一瞬だった。リフレシアは抵抗する間も無く大きな氷の花となり、その花の中心に収められるように彼女は封じられた。
「次はあなたよ、カペラさん」
身動きひとつ見せないリフレシア。氷塊の花に封じられた今、彼女の攻撃を受けるにも限界がある。それ程までにリフレシアが抑えてくていた攻撃は凄まじい物だった。
「ごめんリフレシア必ず助けるから」
再び吹雪く雪と共に散るイコライは姿を消した。
そして間も無く空から氷槍が幾つも降り注ぐ。
私達はそれを避ける事ばかり気を取られてしまい連携がまともに取れない、辛うじてロロイが降り注ぐ彼女の攻撃をその拳で薙ぎ払い壊してくれてはいるもののリフレシア程の広範囲の魔法を身につけている訳では無い。
防げる攻撃の数にも限度がある。
止まぬ攻撃に彼女は姿を現さない、現さずとも攻撃が続けば全員倒せると思っているのだろう。
「ロロイ!シメオン!グラシーさん!戦おう!」
作戦等伝えている暇等ない、互いに何をすれば良いのか説明すらしていない。
けれどその言葉で伝わった。それは今各々がこの状況下で出来る事が限られているからこそ伝わる役割。
「準備ならとっくに済ました。どうするのかは知らないけど合わせるくらいなら出来る」
流石、特別編成で国のトップの部隊のリーダーをしているだけある。その心強い一言に私は強く頷く。
「シメオン!どこの方角に違和感を感じる?」
「・・・、丁度右手の方角」
「分かった。ロロイ、いつでも飛び出せる準備して。攻撃ならそれぞれかわしてみせるから」
「ああ」
彼は軽く返事をしながら、降り注ぐ氷塊や氷槍を叩き割る。
降り注ぐ彼女の氷魔法の攻撃はいくつかのタイミングで強まったり弱まったりしている。
その瞬間を見逃さなかった。次の強まったり数が増えたタイミング、それが反撃の機会。




