第98話 動き出す✿『母』の糸と影
話は少し前に遡る。
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マーガレットの執事マーカスは、ギルドのコテージのバックヤードに馬車を停車させる許可を取り、その横でパラソルと机椅子を出しティータイムを楽しんでいた。
(お嬢様も、これでD級迷宮探索家でございますか。奥様のあの頃を思い出すようで、感慨深いですね~。)
―――ズズズッ
と、お気に入りのハーブティーを御者とすすり、ふと砂漠の奥の方に目をやり、マーガレット達の活躍に思いを馳せる。
(おや?)
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ギルドコテージの裏手で、ギルド職員の男性が耐熱用のマントに身を包んだ男性? と何かを話している声が聞こえる。
……手筈は、……よし、いいか……相手は …者だ、…………ぞ。『ビー・ディ』……なのだ……。
聞こえてくる声に『ビー・ディ』という単語が耳に入り、彼は眉をひそめる。
(ふむ、奥様の心配は当たっていそうでございますね。では……失礼致しまして。)
と、マーカスはハーブティを飲む姿勢のまま目を閉じる。
◇
⦅いいか、この『幻惑貝の魔香水』は最後まで使うな。第2階層と本来の試験場の森で使っていて渡せるのは1つだけだ。これ以上は流石に誤魔化せない。⦆
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⦅ああ、「セビオ」分かっている。『爆弾ワームの破裂殻』がこれだけあれば、砂虫共を上手く誘導出来る。こちらで進めるのは計画の通りだ。⦆
⦅……最後の混乱に乗じて、分かっているな。⦆
⦅あぁ、魔香水を使って上手く拉致する。欲を言えばもうひとり……だろ?⦆
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⦅いや、あっちはいい。今回はあいつを優先しろだそうだ。⦆
⦅確かに情報屋の情報がイマイチだったからな、まぁ、組織の指示に従おう。⦆
⦅すべては『バードック』の理想の為にだ。⦆
⦅あぁ、理想の為に……。⦆
◇
チラリと片目を開けるマーカス。
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(金貨袋とアイテム袋……、導きの妖精を出して仕舞いませんね。ということは、あの男は迷宮探索家ではありませんね。……ふむ。)
彼は胸元のポケットから小さな紙とペンを出す。
サラサラッ―—と書いたメモ2つ。
「ウノ、これを……。」
そう言うと、「ウノ」と呼ばれた御者にメモを渡しお使いを頼む。
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ウノはその『情報』をに届けるため走り去る。
砂漠の陰に潜む『アリアウルフの糸』、そして『華の蝶』元S級迷宮探索家フィオレのもとに。
「ではでは、わたくしめは。」
ウノに指示を出したマーカスは、お湯を沸かし始め、その間、椅子に腰かけて再びお茶を楽しむ。
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彼のスキル『風の囁き』―――。
距離は最長200m程度であろうか、風が遮蔽されない場所限定とはなるが、風が話し声や、人の位置を運んでくれる不思議なスキル。
★ スキルではないが、彼自身も彼以外の保持者を知らない珍しいスキルで、セビオ如きには想定すら出来ないであろう、マルガリーテス家極秘の最強の力。
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―——ふんふんふん♪
お湯が沸き、お気に入りのハーブ配合でお茶を淹れるのを楽しむ彼の顔は、普段とは打って変わりとろけそうな笑顔をしている。
立ち上るフレイバーな香りがする湯気を嗅ぎ、更にご機嫌となった彼は、その笑顔のまま、試験準備の激務に疲弊しているであろう5名のギルド職員に、疲労回復効果が高いそのお茶を振る舞うため、ギルドのコテージのドアをノックする。
◇
「失礼いたします。皆様徹夜でのお仕事とお見受けいたします。宜しければ疲労回復のハーブティを淹れましたが如何でしょうか?」
「ふぇええ? すごくいい香り~ですぅ♪ 宜しいのですかぁ?」
と、ギルドに侵入している『三つ葉』のライティアがフラフラと近寄ってくる。
「どうぞどうぞ♪ 馬車を置かして頂くお礼としてお持ちしました。」
「えー! 私も欲しいです!」
同じく『三つ葉』のローズヒップもハーブの香りに寄って来る。
「ふむ。お嬢様方、徹夜でのお仕事でございますでしょうか?
お肌の状態が、あまりよろしくありませんね。」
「ふぇ?」
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「「睡眠不足な鳥の《《噂話》》は、風に運ばれ、森を駆け抜ける『狼』や夜を踊る死の『蝶』に《《届けられ》》、狙われる故となり『尻尾を捕まれ』羽をボロボロにされ食べられてしまう。」と言うお話をご存じでしょうか?」
「いいえ、それは一体?」
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「とある異国貴族の御婦人が、睡眠とお肌の関係を『例えた』お話でございます。」
マーカスはニッコリと『三つ葉』のふたりの瞳を見つめて微笑む。
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「なるほど~、確かに徹夜はお肌の敵ですもんねー。『良く分かりました』。」
『三つ葉』のローズヒップもニッコリとマーカスの目を見て微笑み返す。
「左様でございす。実はこのハーブティは、その御婦人が美容のために好んで飲んだとされるもの。宜しければ、皆様とお飲み頂き、お肌と気持ちの疲れを癒してくださいませ。」
マーカスは優しい口調でそういうと、ティーセットをゆっくりと机の上に置き、ひとつお辞儀をして、再び笑顔の奥にある鋭い瞳に火を灯しコテージを後にする。
✿ ✿ ✿
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御者の「ウノ」は、街道を尋常ではない速さで走り戻り、ギルドコテージが見えなくなった辺りで道を逸れて、大きな岩山を迂回する。
その岩山の岩と岩の窪地、岩陰に茶褐色の天幕でカモフラージュしたテントを見つけ、駆け込むように入る。
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「あら、ホワイトキングの御者ね。
その急ぎ用だと、『風耳』のじいさんが何か掴んだのかしら?」
茶褐色の肌を、赤と銀の基調が入った黒い上下のインナーと灰色のローブを纏った美しい女性……『影縫い』のフィオレが、漆黒のフェイスカバーをずらしながらウノに目線を向ける。
コクリと、ウノは首を縦に振り、マーカスからのメモをフィオレに渡す。
フィオレは、そのメモを一読し、人差し指から出した炎でメモを焼くと、
「ちょっと待ってね」と、テントの奥から『鷹』を連れた女の犬族の獣人を呼んでくる。
ウノはその獣人にもうひとつのメモを渡すと、彼女もコクリッと首を縦に振り、『鷹の足』にある通信筒にメモを入れて、『ピューッ』と口笛を鳴らす。
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飛び立つ鷹の行先は『アリアウルフ』。
彼女はフリージアも知らないアリア直属『アリアウルフの糸』のひとりで幹部。
名前をぺスカと言う。
鷹がしっかりと風を掴み、凄い速さで一直線に飛んでいくのを見届けたふたりの猛者と御者のウノは、お互いひとつ相槌を入れ、テントをそのままに、その場から散開する。




