第31話 レッドスライムの外殻
「ん? こいつら私を見ていない?」
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フリージアの目の前にいる芋虫は、首を45度程捻り、前顔に配置されている複数の赤い目を、何故かエヴァの方に向けている。
「よくわからないが、それは私に失礼。」
フリージアは、縮地と言われるのであろう動きで一気に距離を詰め、一匹また一匹と……その捻っている首を削いでいく。
残るは、エヴァ側にいる3匹なのであるが、明らかにその動きはフリージアの狩ったもの達とは異なり、餌を狩り尽くす『ハンター』の動き。
第3階層に着く前に対峙したそれとはまったく異なる動きに、エヴァは驚かされるも、カイト姐さんから「タイマンなら中層級でも何とかなる」と言いせしめた、その努力に裏付けされた技術で、それらが放つ粘着糸を躱していく。
「んんー。何で私にだけそんなにやる気満々なんだよー!」
エヴァは苦い笑みを浮かべながら、その内の1匹に向けて小さな身体を縮めて低い体勢で踏み出し、通り過ぎる勢いを利用して サクリ―― と『きゃっぴー』の魔核を2つにする。
残りの2匹も何事もなく泡に返したエヴァ達は、取りあえずは地面の残された糸を拾い一旦マーガレット達の元に戻ってくる。
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リンデンは、顎の先を親指と人差し指で摘まみながら、その目は半目となり少し先の地を見つめている。
私達以上に、何かが気になっているようだね……と、彼女達は、彼の邪魔にならない声で感じた違和感を話し出し、エヴァは今しかないであろう時間の中で、メモを書き加える。
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リンデンは当然、あの『きゃっぴー』達の赤い目の動き……エヴァを一斉に見る目線を思い出しながら、引っ掛かっている何かを考えていた。
(あの目が見ていたのは、エヴァさんそのもの? いや違う! それならば、ここに来る途中で、彼女は真っ先に襲われているであろう。)
(彼女達の話では、『きゃっぴー』全てがここを目指していた……? ならその時に、ここにあった物? あ……。)
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「エヴァさん。先程拾っていた『レッドスライム』の外殻は今何処に?」
考え込んでいたリンデンが急に立ち上がりエヴァに聞く。
「ふぇえ……びっくりした。この殻のことかな?」
メモを書きながら、彼女なりに考えをまとめていたそのタイミングで、突然口を開いた彼の言葉にエヴァが驚いて答える。
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「やはり持っていましたか……。僕の推測でしかないけど、いいですか?」
右手を小さく挙げ、自信なさげに言うリンデンにフリージアが言い放つ。
「考えるのがお前の仕事。その考えに『私達はしっかり耳を貸す』。だから自信をもって話す。おどおどな態度はイラっとするから。」
口は悪いのだが、リンデンには、これ以上ない期待の言葉である。
彼は、自分の眼に光を籠めて、自分の意見を、自分の言葉で、口早に話し出す。
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サーシャは、『迷宮』ギルドの執務室に入り、まずは上役のシトラスに話を通す。
第2階層への調査は当然話が進んでおり、そのタイミングで「双舞子」からの提案である。
シトラスは二つ返事で手続きを部下に命じる。
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手続きには少しだけ時間がかかることを熟知しているサーシャは、その時間を使って、エヴァ達の行方を、世界樹と繋がるあの『謎キーボード』を起動し、調べだす。
「やはり、まだ帰還をしていないわね……。今いるのは、第3階層に向かう『マザーの子』から南西から少し奥に進んだ平原辺り。それで……え?」
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サーシャは、彼女達の導きの妖精に名前が表示されていることに驚く。だが、これなら……導きの妖精を使い直ちに帰還するように、メッセージを送ることが可能かもしれないと期待を寄せる。
だが、彼女のその期待は、結論から言うと叶わない。
それは、名前の付いた導きの妖精がまだ生まれたばかりの赤子のように、該当機能として成り立っていないからだと《《彼女は考え》》、残念……と、小さなため息を漏らす。
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だが、溜息を付きつつも、エヴァがまだ迷宮にいることが分かり、急がなければと思い席を立とうとした彼女は、ひとつの『怪しい動き』をする3つの迷宮探索家の影を見つけてしまう。
彼らは、『マザーの子』に向かって逃げていたように思われるが、その途中で足止めを受けたように留まっている。時折、影がピクリと動くことから、戦っているようにも見え、サーシャは嫌な予感を覚える。
「よし。手続きが終わった。「双舞子」に動いてもらえ。」
シトラスが書類を持ってサーシャの元に来る。
「シトラスさん……これなのですが。」
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サーシャは、恐らくはモンスターに囲まれて身動きが取れないであろう迷宮探索家の影をシトラスに見せ、額の汗を拭う。
「はぁ……。お前さんの考える通りだろう。これも「双舞子」に伝えとけ。こっちは何かあったら追加報酬でいいだろう。」
シトラスは、お金を模った指の「丸」を広げ、両手の掌を天に向けるジェスチャーと苦笑いで、サーシャにそう言った。
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依頼として体裁が整ったことを確認して、サーシャがロビーに急ぎ舞い戻ると、相変わらずの混乱現状に嫌気を覚えるの彼女であったが、まずは、この依頼を「双舞子」にと、騒ぐ新人を払い除けて、彼女達をカウンターに通し正式な発注手続きを迅速に済ます。
「お前も大変だな♪」
カイトは、他人の不幸を笑うようにサーシャにそう言うと、フローラを連れて『マザーツリー』の方へ向かって歩き去っていった。




