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その1 『少年』

楽しくなってきました。

見ていただけるかどうかはさておき、小説を書くというのは楽しいものですね。やはり。


ということで、二話目です。前のものが『前書き』ですので、これが一話と言えなくもないですが、そこはそれ。




 現実にこの世界を開拓かいたくしようとする人間は、ことほか少ない。


 というのも、その気持ちがあったところで、身体能力の問題で外の幻獣げんじゅう太刀打たちうち出来ない者が多いからなのだが、そればかりは仕方がないといえるだろう。誰もが超人的な動きで、幻獣げんじゅうと張り合えるわけがないのだから。


 その代わりに、戦闘の出来ない者達はレストランや宿屋を開業して、あるいは両親からそれを引き継いで街の発展に貢献こうけん、サポートをしていく場合が多い。


 人の中でも類稀たぐいまれなる才能を持ち、幻獣げんじゅうと戦う勇気のある者。領域の外を探索し、開拓かいたくこころざす彼らのことは、その活動の内容から、こう呼ばれる。


 ―――開拓者かいたくしゃ。と。




 開拓者かいたくしゃ。人類の領域の拡大を目指し、人類の知識を広げるために冒険する者たちの呼称こしょう


 資格や試験などは一切無いのだが、この職業に就くためには、一切の例外を認めず、実戦的な能力が必要とされる。

 薬草の採集や鉱物の採掘など、幻獣げんじゅうと戦うばかりが仕事ではないといえばそうなのだが、それでも強さは十分条件の一つだ。


 なので、開拓者となれている時点で、彼らはたたえられるべき存在であり、決してしいたげられるような者ではないのだが、それでも同業者間に差はあるものだ。

 もっといえば、その差を明確にしてしまうのも、人の悪い癖だ。


 そうはいっても、指標があると便利なのは事実だ。わざわざ若輩者じゃくはいものに依頼をする必要はないのだし。何より、幻獣にも危険度を設定してあるので、色々と都合が良い。街にとっても、当の開拓者にとっても。


「……はぁ、俺も大分だいぶ強くなったはずなんだけどなぁ」


 開拓者は、六つの色で熟練度を評価されるが、それの最低値である“くろ”。つまり、並み居る中でも落第らくだい、落ちこぼれだとひょうされた少年は、カップに入った飲料を一息で飲み干し、静かに嘆息たんそくする。


 場所はとある酒場。空はまだ明るいために、本来は業務時間外となっているのだが、顔馴染かおなじみの人物がいとなむ店ということで、彼はここに昼からよく愚痴ぐちを吐きに来ていた。

 ちなみに、カップに入っていたのは麦酒むぎしゅたぐいではない。


 だが、彼の前には、店の雰囲気に合ったステーキが置かれている。それこそ、酒類と一緒に食せば食指しょくしがよく進みそうなくらいには贅沢ぜいたくな一品が。


「これだって、食材としては結構なもんだしさ。ちょっとかたいかもしれないけど」


 むしゃり。と、フォークで口に運び、少年は咀嚼そしゃくしながらまた愚痴を吐く。そしてまたため息。


「でもでも、フィンっていつも緑熊フォレストベアしか狩って来ないでしょう。そこが問題なんじゃないの?」


「う―――……っ」


 図星ずぼしを突かれ、少年は不意にのどを詰まらせる。


「ゲホッ。あの、さぁ。分かり切ってることを言うのはやめてほしいんだけど」


 ここでまでストレスを溜め込みたくはない。と、少年―――フィン=ルーディスは隣の少女に視線を投げかける。


 隣に座っているのは、彼と同じくらいの歳の少女。朱色しゅいろの髪が特徴的な子で、頭の右側には短いポニーテールがぴょこんと生えている。ぞくに言うサイドテール、というやつだ。

 一言でいえば美少女。なのだが、今はフィンをいじめる快感に震えていて、なんというか楽しそうだ。


 彼女の名はシャリス=フレイン。フィンの幼馴染で、同じくこの酒場の店主とは昔からの顔馴染みである。


「まぁ、そこまで落ち込まなくても大丈夫だよ。だって、まだ開拓者になったばかりなんだからさっ」


 流石に悪ふざけが過ぎたと思ったのか、シャリスは幼馴染の肩をぽんと叩き、なぐさめの言葉を投げかける、が。


「……でも、なんでかシャリスは“しろ”じゃん」


 ずぅぅうん、と沈んだ表情でフィンは、「おかわりください」と言って、カップをバーの店主に預けた。


「そ、それは……えっと」


 シャリスは、フィンの“黒”より一つ上の階級かいきゅうの持ち主だ。彼の言う通り、同時期に開拓者を目指したというのに、早数ヶ月で両者の間には既に差が出来てしまっている。


 階級などおかざりだ。開拓者としての練度の指標とは言っても、いざ街の外に出てしまえば、その危険性は変わらない。噛まれれば誰だって致命傷を負うし、四肢を失えば命を失う。

 なので、開拓者間で階級それに関して言い合ったりするようなことはほとんど無いのだが、それが幼馴染となれば話は別なのだろう。


 男と女の差なんて無いに等しいし、たまたまシャリスの方が優れているというだけの話だ。

 だから、妬みや怒りではない。フィンが抱いているのは、もっと単純なもの。


「情けないなぁって、思うよ。やっぱり」


 彼女の方が上だとしても構わない。むしろそれはフィンにとっても誇らしいことで、自慢こそすれ、卑下する理由にはならない。

 けれど、どうしてもそういった感情は生まれてしまう。だからこそ、自分が情けなくて仕方がない。


 フィンの言葉に、三人しかいない店は今以上に静まりかえる。

 軽く笑っていたシャリスも、幼馴染の本心を聞いて目を見開かせてしまっていた。


「……って、ていうか、この前の模擬戦とか俺の勝ちだったし? やっぱり階級ってアテにならないんじゃない?」


 この空気はまずいと思ったのか、フィンはケロッと表情を変えて笑った。愚痴に続く愚痴を聞かされて楽しい人などいないだろうし、それに。

 こうして感情を吐露とろするだけしても、もっと情けなくなるだけだ。と。


 そもそも、自虐ばかりしていても仕方がない。すれば何かが変わるわけでもないし、ストレス発散をした方がまだ健康的だ。


 フィンの言葉にムッとしたシャリスは、負けじと罵詈雑言を少年フィンびせかける。

 育った施設が同じである二人の間に、遠慮えんりょとかいう他人行儀な作法は存在しないも同じである。


馬鹿バッカじゃないの? 私たちは鍛治師ファラとか薬師レピオスとは違うのよ? 階級はお互い低くても、正式な開拓者として登録されてるんだからね。だから、その称号こそが何より重要視されるんだよ?」


 今の今まで気にするなと言っていたものを使って、幼馴染を泣かせにかかるシャリス。そのまま二人は、先ほどの静寂せいじゃくが嘘だったかのようにあーだこーだ言い合いを始める。

 そして、とうとう取っ組み合いにまで発展しようとしたところで、カウンターの向こうから三人目の声がかけられた。


「俺の店で喧嘩すんじゃねぇっつの、ガキどもよぉ」


「うっ、ジャージィさん」

「……ごめんなさい、ジャージィさん」


 鶴の一声ならぬ店主マスターの一声で、二人は手をピタリと止めた。


「フィン。嬢ちゃんの言うように、そんな落ち込む必要は無いぜ? それに、嬢ちゃんにだって上があるんだ。フィンばっか見てっと山登りも出来ねぇんだ」


 少年フィン少女シャリスの喧嘩をほぼ毎日見ている酒場の店主マスターは、見かねてようやく制止にかかった。

 彼はジャージィ=ルーフェルト。フィンとシャリスの幼馴染コンビがよく行くこの店『休息地スポット』のオーナーであり、二人の面倒見役でもある壮年の男だ。


 フィンとシャリスからは、ジャージィさん、と呼ばれ、客からは当然店主マスターと呼ばれている。


 特徴は、そのボサッとした茶髪に程よく手入れされたダンディな顎鬚あごひげ。いかにも大人の男、という風貌ふうぼうなのだが、


「その歳で彼女出来た事ないジャージィさんに言われたくないですよ」


 このオヤジ、何故かモテない。今は酒場の店主マスターだから料理や酒に配慮して吸っていないが、店の外では煙草もバスバス吸っている。それなりに顔も整っているし何なら身長だって一九〇前半という高さだ。これでモテないというのなら、中身に相当の問題があるのだろう。


 そんな独身店主マスターはギクリ、と図星を突かれて焦っている。数秒モタモタしているかと思えば、今度は必死に言い訳を始めた。その慌て具合から見るに、やはり心の傷は深いようだ。


「いや、ほら、俺は店主マスター一筋だからよっ。色々とあんだよ、色々と」


 と、ジャージィがシャリスに向かって話しかけたので、仕方なく彼女は応答する。とてつもなく“面倒めんどうくさそうな顔”で。


「私はどーぉでもいいですけどねぇ。ジャージィさんの婚活事情こんかつじじょうとか。正直行きおくれでしょうし」


 追加で「ダサッ」という言葉が加えられ、ついにジャージィがカウンター内でひざを曲げた。ここまでくると、流石に可哀想かもしれない。大の男がこうも精神的苦痛を受けることなど、そうそうあるものではない。


「シャリス! そ、そこまで言わなくても……‼︎ 大丈夫ですよジャージィさん‼︎ きっといい人見つかりますって‼︎」


 本来、こういうのは男が弄って女が慰めるものではないのか? という思考が脳裏をよぎったが、これがフィンとシャリス、並びにジャージィを加えた三人の関係でもある。


 珍しくもない話だが、小さい頃から同じ孤児院で育った彼等には、親類と呼べる存在が一人もいなかった。幼いフィンとシャリスは時に喧嘩し、時に仲良く手を繋いでこの歳まで成長してきたのだ。

 現在は彼等も小さな宿舎しゅくしゃの個室で別々に暮らしているのだが、大きくなった今でもこうして二人でジャージィのいる酒場に遊びに来る。


 その話題はもっぱら“冒険ぼうけん”だ。


 ジャージィが立ち上がって、夕方からの営業に向けた準備を始めたところで、彼等の話題は戻る。


「でさ、フィンが上にあがりたいなら、まずは緑熊フォレストベア以外の幻獣げんじゅうを狩ってみるべきだと思うのよ」


 言いながら、シャリスは両の肘をカウンターテーブルの上に乗せ、白い指を組んでその上に顎を乗せる。


 緑熊フォレストベア。その名の通り、濃い緑色の体毛を持つ熊属くまぞくの幻獣なのだが、熊とはなばかりに、その体躯は成人男性と比べても遜色が無い。巨大な個体でも、精々が二メートル半を越すか越さないか、といった程度だ。


 その動きも、単純明快かつ猪突猛進。極め付けに、数がかなり多いという事もあって、その動きは昔から研究に研究を重ねられている。何をすればどういう対応を取ってくるか、相手がこうしてきた時にどういう戦法を取ればいいか、住処や縄張りの特徴まで。その全てが図鑑に全て記載されているわけだ。


 解剖までされているものの、その動きは意外と俊敏なので弱いわけではない。であっても、研究され尽くしているため、初心者ルーキーの模擬戦相手としては最適だ。危険なことには変わりないが。

 なので、そこから付いたあだ名が『駆け出しのサンドバック』である。


「言ってしまえば、そんな誰でも倒せるマニュアル付きの幻獣げんじゅうなんて倒しても階級はきっと上がらないの」


 それに、開拓者を測る階級はその開拓者の腕っぷしだけで決められるものではない。開拓者はあくまで未開の地をひらく者。門の外で新たな鉱石を採掘したり、新種の動植物を発見したりするなど、功績を得る事の方がどちらかというと重視される。と、されている。


 要は、幻獣げんじゅうに勝てなくても、それなりの功績を立てていけば階級は上がっていくのだ。門の外には幻獣げんじゅうが生息しているがために、自動的に強さが身に付いていくに過ぎない。


「でもシャリスの言う通り、俺……緑熊アイツ以外倒した事ないしなぁ」


「だからそれが駄目なのっ‼︎」


 弱音。弱音。弱音。彼の口から出てくるのは、自分に対する言い訳ばかり。

 そんなことばかり聞いていられない。と、席を立ったシャリスが、彼に自分の顔を至近距離まで近づける。


「……シャ、シャリス?」


 フィンは席を座っているので、身長一五〇余りの女の子に見下される形になっている。鼻先と鼻先が触れそうになるくらいに近い。お互いの息がお互いの顔に触れる。


 幼馴染とはいえ、ついぞ恥ずかしくなってフィンは顔を離すが、シャリスがそれを追いかけて逃がさない。じっと見つめるシャリスは、人差し指をぴんと上に立てて、


「フィン、私達の目標を忘れたの?」


「え――――っ?」


 どこか寂し気な、それでも強気な顔で、朱色の髪の少女は、海のように鮮やかな髪色の少年かいたくしゃに問いかける。

 目標は何か、と。


勿論もちろん、覚えてる……よ」


 幼い頃、まだ孤児院で暮らしていた時に少年と少女は誓った。院の外にもまともに出た事がない彼等はある日、孤児院の院長に連れられて他の数人の孤児と共に街の外へ出た。


 その時、純粋な瞳に映したものは、壁の無い大地。地平線の更に先まで広がる平原に森、河川、山脈。遥か遠くからやってきては遥か遠くへと消えていく雲と、果てしない空。そして、人間を警戒する幻獣げんじゅう


「私達は誓った。あの大地を、あの大空を、あの世界を果ての果てまで冒険するんだ、って」


 何が待っているのかわからない。そもそも、果てなど無いのかもしれない。それでも。いや、だからこそ。

 終着点を見たい。誰も知らない場所を見てみたい。と、二人は誓ったのだ。おそらくは、街の外を見た全ての人間が思ったであろう願いを。


「うん、誓った……幼い頃に、僕と君の、二人で」


 あの日の誓いを、一瞬一秒に至るまで。思い出してフィンはうなずく。忘れてなどいない。忘れるはずがない。これは自分達の原点だと。噛み締めて。


「開拓とかそんなものには、興味がない。けど、あの広い“自由”な世界には興味が湧いたわ。だから、こんな所で弱気になってたら駄目でしょ?」


 人の領域の拡大。そんなものに興味は無い。未踏の土地の果てを誰かに紹介したいわけでもない。なんなら、名誉も階級も必要ない。めてもらおうなんて思わない。

 ---開拓なんて、どうでもいい。


 言い終えて、シャリスは顔を離す。


「………」


 放心してしまったように、フィンは動かない。

 彼女の想い。約束。過去の自分の描いた夢に、現在の自分がしっかりと向き合えていなかった。


 これからの自分。


 数秒間の空白は、それを考え直すには十分過ぎた。

 一度、幼馴染の顔を見て、フィンは自分の腰に手をかけ、亜麻色あまいろのポーチから、小型のナイフを取り出した。

 砂で柄の色がせていて、刃はボロボロだった。使い古された武器だというのが一目で分かる。


「俺の武器。……幼い頃からずっとこれだけを使ってきた。何度も、何度も。陽が落ちてはまた上がり始めるまで、何時間も振ってきたんだ」


 そのナイフを、亜麻色のポーチに再びしまってから、顔を上げた。


「シャリス。僕は新しい武器を買う事にするよ。……近所を探検してるだけじゃ、いつまで経っても夢は叶わないもんね」


「ええ、じゃあ―――」

「おっ、良い顔になったじゃねぇかフィン‼︎ これならもう大丈夫だな」


 シャリスの言葉を遮って、ジャージィがフィンの頭を豪快な手のひらで叩いた。次に、ついでにシャリスの頭も。

 子供のように嬉しそうに、髭をさすりながら、口角をあげて破顔はがんする。


「行って来い。新しい武器買うんならお小遣いをやるよ。お前らの親代わりなんだからよ、これくらいはさせろよな?」


 ジャージィ=ルーフェルト。ワイルドな酒場の店主マスターの前職は、開拓者。かつて、フィン達を含めた孤児院の子供たちに外の世界を見せる際、院長から護衛を頼まれた青年開拓者その人だ。



 外に出ると、太陽は既に沈みかけていた。

 白煉瓦しろれんがの家並みの中を、フィンとシャリスは歩き出す。ジャージィに別れを告げて。


「ありがとう、二人とも」


いかがでしたでしょうか。

基本的には前作のものを改訂した形ですので、展開自体はまだ一緒です。が、ですが、ですよ。もう少し書き進めれば、おそらく変更点も出てくると思います。


では、ありがとうございました。



……ルビ、多いですかね?

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