苺より勝るもの
「……ん」
目を覚ますと見慣れた天井があった。
どうやら誰かが私の部屋に運んでくれたようだ。
「……返す、そっか……」
この身体は元はといえば『ティナ=シーナ』のものなんだ、と改めて実感した。
でもあれだな、あっちでガン泣きしたお陰か今とてつもなく気分がスッキリしている。
そう思いながら起き上がり、ベッドの上で「んー…」と一伸びしていると、おでこから何かがポトリと布団の上に落ちた。
「ん?」
見ると今はもうぬるくなったタオルだった。
運んでくれた人が乗せてくれたようだ。
と、辺りを少し見渡すと、ベッド近くにある一人専用のソファーに長い脚を組んで静かに眠るウィルの姿があった。
朝、開けたまま閉め忘れた窓からそよそよと吹く潮風がウィルの金髪を優しく揺らしていた。
あれ? 男子って女子寮に入れたっけ?
確かダメじゃなかったっけ?
そう頭にハテナマークを飛び散らせた直後、ウィルがパチリと目を覚ました。
「あ、おはようさんー」
と、寝起きのウィルにヒラヒラと手を振れば、いつもの王子スマイルを引っ込め、少し眉間にシワを寄せたまま、スタスタと歩いてきたかと思えば、額にひんやりとしたウィルの手が当てられた。
「熱は下がったかな……」
小さくホッとため息を吐き、起き上がっていた私をベッドに再び戻すと、ぬるいタオルを冷水に浸し始めた。
「あのぉー……ウィルさん? なんかご機嫌ナナメ?」
いつもの無駄に色気を孕んだ笑みのないその表情にドギマギしながそう尋ねた。
「そんなことないよ?」
そう言った瞬間、ウィルはすぐさまいつもの笑顔を浮かべた。
うわぁー、嘘くさいー。
んー、ウィルが不機嫌になる理由……。
そうか、分かった! ウィルのことだ、きっと今日限定のイチゴワッフル買えなかったんだな。
「待って、ティナ、俺の頭の中にはイチゴのことしかないと思ってない?」
「ひぇっ!」
そう言って何の予告もなしに、絞ったタオルを私の額に乗せた。
冷たっ!!
「じゃあ、なんでそんな不機嫌なのさー」
「……ちょっと自分にイラついてたから、かな」
その言葉に「えっ、どういうこと?」と聞くと「ティナは気にしなくていいんだよ」とサラッと躱された。
えぇー、なんか逆に気になるんですけどぉー。
「それより、はい。熱測って」
差し出された温度計を素直に受け取り、制服のリボンを緩めて、脇に差し込んだ。
「ね、ウィル。ここって私の部屋だよね?」
「うん、そう、女子寮だよ。
俺は運んできたついでにティナが目を覚まさすまで見といてくれって頼まれて、特別にここの出入りを許可されたんだよ」
そう言ってウィルは本当に私の聞きたかったことを先読みをして答えてくれた。
いやー、一言ったら十分かってくれる人って楽だな。
全部話さなくて済む。
そんなことを考えているとウィルが「あ、そうだ」と何かを思い出した素振りを見せた。
「どうしたの?」
「セオからの伝言で、『馬鹿は風邪を引いてることに気付かないらしいぜ』だって」
……は?
それを言うなら『馬鹿は風邪を引かない』なんじゃー……はっ! そうか!!
馬鹿は風邪を引いてることに気付かないから風邪を引かないんだ!
なるほど!! そーゆうことか!!
って、ちょっと待て。
それって遠回しに私のこと馬鹿って言ってるよね!?
確かに気付かなかったけどさぁ!
よし、決めた。
明日ヤツの足を思いっきり踏んでやる。
そう決意を固めていると、ウィルに「ティナは明日は休みだよ」と言われた。
「えっ!? なんで!? こんなに元気なのに!?」
「女子寮の寮長さんに熱が引いても一日は休みをとるようにって言われてるんだよ」
この船には男女の寮長さんが二人いて、それぞれ男子寮、女子寮の保護者的役割を果たしているのだ。
寮長さん命令なら仕方ない、明日は大人しくしているとしよう。
そう渋々承諾しつつ、のそのそとベッドから出ようとした。
そんな私を疑問の目で見るウィルに「着替えたくて」と言うと「ああ」と頷きなさった。
いやいや、「ああ」じゃないよ「ああ」じゃ!
「あのぉー、ウィルさん? 私着替えるんだけど?」
「え? うん…………ああ、そっか。ごめん、ティナは嫌だよね。出とくね。」
良かった、ちゃんと伝わった。
てか、ウィルさん気付くのに十秒かかったよ!? 十秒。
あの察しの良いウィルさんが!
どんだけ意識外にあったのかと問いたい。
って、ん?
「……『ティナは』?」
そう聞き返すとウィルは寝室から出るドアのノブを握ろうとした手を止め「あー……」と手で自分の髪をくシャリとして、やっちまった感を出した。
そんなウィルの反応に興味が湧いた私は「あ、そう言えば昨日イチゴ大福買ったんだよねー」と食べ物で釣ることにした。
「セオだね、悪知恵入れたのは」
あれっ、なんだろウィルから黒いものが見るなぁー。
まぁ、でもセオだし思いっきり後でウィルにシバかれたらいいと思う。
ウィルは長いこと逡巡した後、「やっぱりダメ」と難しい顔をしながら言った。
苺より勝るとは……!
よっぽど話したくないんだなぁー。
なんてちょっと残念に思っていた私は、ウィルの気まずそうな顔に全く気付かなかった。




