曖昧な彼女ー3ー ありがとう
棺が霊柩車に運ばれるのをボーッと眺めるその横でイヨちゃんはしっかりと深々と頭を下げて見送っていた。
私たち二人についた線香の匂いが妙に鼻についた。
「今日で最後だね」
何も言わないイヨちゃんをチラリと見た。
彼女は病室で大泣きして以来泣かなくなった。
代わりにストンと落ちたように彼女の顔からは表情という表情が消えた。
そんなイヨちゃんの希望で、イヨちゃんのクラスメイトたち全員の葬式に出ることになった。
私はその付き添いだ。
何度もお願いして許可を貰った葬式はどれも酷いもので、イヨちゃんは何人ものクラスメイトの親族に罵倒され続けた。
「どうしてあなただけ」
そんなことを憎々しげに言う人はたくさんいた。
葬式だらけの毎日はイヨちゃんをげっそりと痩せさせた。
それでもしゃんとしていたのは、もしかしたら葬式に出ることが亡くなったクラスメイト達への償いの一つだと感じていたからかもしれない。
そして今日、最後の葬式はアカリちゃんだった。
まだ、おばさん達に挨拶は出来ていない。
と、アカリちゃんのお母さんが会場からヨロヨロと旦那さんに支えられて出てきた。
「あ……」
その姿を見たイヨちゃんは二人の元に向かった。
一言イヨちゃんがおばさん達に挨拶をすると、突然おばさんがイヨちゃんに掴みかかった。
「どうして、どうしてっ!? どうして孤児が生き残ってウチの子が死んだの!? よりによって孤児がなんで生き残ってるのよ……!!」
そんな一番彼女自身気にしていることを泣きじゃくりながら言った。
「おばさ……っ」
「ごめんなさい! ……っごめんなさい」
『それ以上はもう止めて』と言いかけた言葉はイヨちゃんの悲痛な声によって遮られた。
多分この時からだと思う。
イヨちゃんの心がヒビを作って壊れはじめたのは。
「イヨちゃん、帰ろ?」
止めに入った旦那さんがおばさんを車に乗せるのを見送った後、イヨちゃんの袖を引き歩き出した。
その間イヨちゃんはずっとボーッとしていた。
***
月日が経ち、夏が訪れた。
夏休み中、部屋を掃除していると、いつぞやのアカリちゃんから借りたゲームが出てきた。
返すのをすっかり忘れていたそれを返しに服を着替え外に出た。
迷ったけど、イヨちゃんも連れていくことにした。
イヨちゃんの今の抜け殻状態を何とかしたかったのだ。
「今日も今日とて暑っついねー! 早く冬になんないかなー。あ、でも冬になったらなったで夏が恋しくなるかも。
あ、イヨちゃん帽子忘れた? 私の貸そーか?」
「大丈夫」
イヨちゃんは長く言葉を発することが極端に少なくなった。
それと比例するかのように、私の口はよく動くようになった。
それから少しするとアカリちゃん家に着いた。
少しだけイヨちゃんの顔が強ばって見えるのはきっと気のせいじゃない。
そんな彼女をチラリと見て恐る恐るインターホンに手を伸ばした。
『はい』という落ち着いた男の人の声の後、玄関が開き、白髪混じりの男の人が出てきた。
「こんにちは」
「君たちはー……ああ、あの時の」
驚いたように目を見開きそう呟くように言った。
「あの、生前アカリちゃんから借りていた物を返したくてー……」
「ああ、わざわざありがとう。取り敢えず上がって。外は暑いだろう?」
優しい笑顔に断りきれず、私達はお邪魔することにした。
**
「イヨちゃん、は君かい?」
「あ……はい」
麦茶を用意してくれたおじさんが向かい側に腰を下ろしながらイヨちゃんの方を見て尋ねた。
「あの時は悪かったね。妻も本心では無いと思う」
「いえ、そんな……」
おじさんの言葉に、イヨちゃんはかぶり振り俯いてしまった。
そんなイヨちゃんを見ていると、ふと、おばさんがいないことに気が付いた。
「あの、その……おばさんは?」
そう尋ねるとおじさんは一瞬口ごもってから答えた。
「……妻は今ちょっと精神病院に行ってるところなんだよ」
「精神病院……」
「そう……あ! そうだ、まだ先の話になるだろうけど、もし二人がよければ四人でいつかご飯でも食べに行かないか? アカリの話でもしながらさ……いいかな?」
「……っ許してくれるん、ですか……っ」
目尻にシワを作って微笑むおじさんにイヨちゃんがポロリと一つ涙を零した。
そんなイヨちゃんに、おじさんは大きく縦に頭を振ってから口を開いた。
「君だけでも生き延びてくれて本当に良かった。ありがとう」
それは私が言いたくて、でも私が言うのは何だか違うような気がして言えなくて、でも誰か言ってくれるんじゃないかって、ずっと待っていた言葉だった。
「……っうぁぁああ!!」
おじさんの優しい声音にイヨちゃんはとうとう、大きな声を上げて泣いた。
私はそんなイヨちゃんの肩を支えながらおじさんに感謝を込めて小さくお辞儀をした。
***
帰り道、おじさんの「きっとその方がアカリも喜ぶ」という言葉からもらったゲームソフトを手に二人で夕暮時の街を歩いていた。
イヨちゃんの顔は事故後で一番明るい顔をしていた。
ーーーそんな時だった。
「危ない!!」という叫び声が聞こえたのはーーー
ふと横を見ると大型トラックが歩道を暴走しながら走っているのが見えた。
着実に私達の方向に迫っていた。
ここならまだ走れば避けれる距離だ。
「イヨちゃん!」
逃げようと腕を引っ張るも、イヨちゃんはトラックの方を見てるばかりでピクリとも動かなかった。
「イ、イヨちゃん……?」
「キイ、ゴメンな」
久しぶりに見た快活な笑顔と共に、イヨちゃんはそっと自分から私の手を剥がした。
ああ、もう。
今その顔出すのは反則だよ。
止めらんないじゃん。
「……私はイヨちゃんを一人にしない」
あの日、イヨちゃんには届かなかった言葉をもう一度口にした。
「キイ……今までいっぱいゴメン、ありがとな」
「へへっ、こちらこそ」
イヨちゃんとぎゅっと手を握り微笑んだ。
車のヘッドライトが私達を包み、街の人達の叫び声が大きくなる。
ーーーそこで私の意識は途絶えた。




