曖昧な彼女 ー1ー 前世
「イヨちゃん!」
本名は忘れた。
けれど、私はいつも彼女をそう呼んでいた。
名前を呼べばニカッと向日葵のような笑顔で「キイどうした?」と答えてくれる彼女は幼い頃から両親を亡くし、児童保護施設に入っている私にとってこの世で最もいなくてはならない人だ。
そして彼女もまた、私より前から施設に入所している子達の中の一人だった。
だから私は彼女のことを姉のように慕っていた。
「イヨちゃん、今週の日曜日から修学旅行行くんだよね?」
「そうだよ、東京まで行ってくるよ」
「すごいなぁ! 東京かぁー! 行きたいなぁ」
ここ北海道から東京はとても遠い。
近所に回覧板渡してくる的なノリでは行けない所だ。
「キイもあと一年すれば行けるじゃないか」
「まだ一年もだよ!」
そう言えば快活に笑うイヨちゃんに私もつられて笑ってしまった。
いかんいかん、イヨちゃんの笑いは人に伝染するの忘れてた。
「そうそうキイ、アカリが修学旅行中に『ドキドキッ! マリンschool』をゲーム機ごと貸すからキイちゃんも是非やってみて、 だって」
アカリちゃんは、イヨちゃんのクラスメイトであり、友達でもある高校三年生だ。
イヨちゃんを間に知り合い、主にゲーム中心に趣味が合い、言わずもがな友達になった。
「本当にー!? やったー!」
「良かったな」
イヨちゃんはピョンピョンとその場で跳ねている私を目を細め見ながらまた快活に笑った。
そしてまた、つられて私も笑う。
飛び跳ねながら笑う私のその様は、ここに第三者がいたら絶対に引かれる自信がある。
「あれはゲーム全然やらない私でも面白かった」
私はどちらかと言うと乙ゲーはあまりやらない方だったのだが、珍しくハマったイヨちゃんのゴリ押しに興味を持たされたのだ。
「いいよね、イヨちゃんは、私もアカリちゃんと同じ学年が良かった!!
そしたらイヨちゃんみたいに休み時間にプレーさせてもらえるのにー!」
と文句を言えば、また快活に笑いながら「結局のところキイも出来るんだからいいじゃん」
と宥められた。
「そーだけどさぁ」
少しムクれていると、イヨちゃんが鞄からクッキーを取り出した。
「今日遊びに行った時にアカリのお母さんから貰ったんだ。もうすぐご飯だけど食べる?」
「おばさんから!? 食べる食べる!!」
おばさんの手作りクッキーは店に出せるレベルで美味しかった。
***
「さーてと、イヨちゃん東京に行っちゃったし、さっそくアカリちゃんから借りた『ドキドキッ! マリンschool』やろっかなー」
与えられてる自室で床に寝そべりながらゲームを開けた。
「キイ、ちょっといい?」
想像以上の絵のクオリティの高さにワクワクしながら第一章を終えた直後、半開きの扉から先生こと、ここで私達の世話してくれる女の人に呼ばれ私はゲームを続行するのを諦めた。
**
「ありがとう、助かったわ〜」
「へへっ、それは良かった」
そんな日の昼過ぎのことだった。
バタバタとしている施設内のテレビに唐突と速報が流れたのは。
そのニュースは、北海道から飛び立った東京行きの一機の飛行機がエンジントラブルを起こし墜落したというものだった。
東京へ向かう修学旅行生も乗っていたその飛行機事故には死者、重軽傷者多数いると、ニュースキャスターが真面目な顔で言っていた。
「……キイ」
それを他人事のように眺めていた私の肩をさっきまで電話に対応していた先生が遠慮がちに叩き、あのニュースキャスターと同じ顔をして話し始めた。
***
「イヨちゃん……っ!!」
無機質な機械音が鳴る真っ白な部屋の窓際のベッドで全身傷だらけのイヨちゃんが生気のない顔で眠っていた。
「大丈夫ですよ、ちゃんと生きてますよ」
泣きそうな声で呼んだ私に近くに立っていた看護師さんは優しく微笑み私を安心させた。
「……ただ、いつ目を覚ますかは分からないとのことです」
ドンっと暗闇に落とされたような気がした。
「……大丈夫、絶対起きる。大丈夫」
自分に言い聞かせるように繰り返し唱えた。
「そう、ですね……」
「どうしました?」
歯切れの悪い看護師さんに気付いた先生が尋ねた。
「いえ、その……イヨさんの乗った飛行機が墜落したのはご存知ですよね?」
「はい、ニュースにもなってましたし」
「その……同じく飛行機に乗っていたイヨさんのご学友は確認したところ、どうやら全員亡くなったそうで……」
「……っ! そんな、じゃあ……!」
全員って……アカリちゃんも、死んじゃったってこと……?
「ですので、このまま目が覚めない方がいいのかな、なんて思ったり……」
「……そうかもしんないけど、けど! ……私はイヨちゃんとまた話したい……っ」
イヨちゃんの手を握ったまま、看護師さんの言葉を遮った。
「そうですよね、すみません、でしゃばったことを言いました」
すまなさそうにそう言って、看護師さんは部屋を出ていった。
その時の私の単純な頭は、ただイヨちゃんにまた会いたい一心で、その先イヨちゃんが受けるであろう痛みを想像することは出来なかった。




