行ってきます
今私は物凄く後悔している。
あの時扉を蹴破ってでも中に入ればよかったと。
***
「ク、クリスがグレた」
自分の部屋のソファーに蹲り頭を抱えた。
「何言ってるんですか」
そんな私をベットメイキングしながらツッコむリリィさん。
「だって! あれから一週間も経ったのにクリス部屋から出てないんだよ!?
この一週間私、クリスと話してない!!」
ガバッと身体を起こしそう大声で言った。
「クリス様もきっと何か思うことがあるのでしょう。
もう少しソッとしてあげるのもアリなのでは?」
確かにそうだ、けど……。
「うぅー……」
「唸らないで下さい」
****
あれから、何ヶ月か経ち、今日はいよいよ『マリンschool』の入学式がこの壱の国で行われる。
ちなみにこの長い期間私はクリスと一度も顔を合わせていない。
もちろん、話してもいない。
何度訪ねてもあらからクリスは出てこない、それどころか返事も返ってこない。
「はぁー……」
まとめた荷物が入った鞄を手に今自分が着ている『マリンschool』の制服を見下ろす。
ため息が出るのはクリスのことだけではない。
「お嬢様、ため息を吐いてては幸せが逃げますよ」
そう言われ私は次に思いっ切り息を吸った。
「ゴホッゴホッ」
吸いすぎた。
「やっぱりそうなると思ってました」
なら言って!?
「リリィ……」
「はい?」
このやり取りも今日まで。
『マリンschool』には屋敷の者を連れていけない決まりになっているのだ。
寂しい。
「お嬢様、私はお嬢様の成長した姿楽しみにしております」
私の気持ちが分かったのだろうか、リリィはそう言って微笑んだ。
思わず涙が出そうになる。
バシッと自分の頬を叩き気持ちを切り替える。
結局行くって言ったのは私なんだ、クヨクヨするなんて百年早いっ!!
「さ、そろそろ入学式の時間ですよ」
そんな私に微笑みながらリリィはそう告げた。
お父様とお母様は先に入学式が行われる場所に向かっている。
「場所取りしてくるわね」と言って。
お父様、お母様、席はちゃんと用意されてます。
馬車に乗る前、屋敷をもう一度振り返り見た。
クリスの部屋の電気が点いていた。
「お嬢様、お乗りください」
ノンさんに促され私は、少しだけ電気の点いているクリスの部屋に後ろ髪をひかれながら馬車に乗り込んだ。
***
「皆さんこんにちは。
えー、今日の善き日に我が校の入学式を行えることをえー、嬉しく思います。
えーそれから……」
壱の国のホールの中で入学式で校長先生のお話中、少し思ったことがある。
「えー」多くない?
まぁ、いいけどさ、何かそう思いだすと、「えー」の数数えたくなるよね。
「王子はどこにいらっしゃるか見えまして?」
「分かりませんわ、どこにいるのか全くですわ」
そんなヒソヒソ声が聞こえてきた。
王子達はあのオーラを消せるイヤリングをしててかつ、顔を知られていないという素晴らしい環境下にいる為か、全く見つからないようだ。
と、校長の話が終わり、オールバックのダンディーな人が前に立った。
「あー、まず、皆さん入学おめでとう。
さっそくガイダンスをしたいところだが、それは後でするとして、解散」
は?
皆の思いが一つになった。
「これから暫く会えないんだから今のうちに大切な人と挨拶してこい」
その言葉に皆心にグッときたことだろう。
なんていい人!
それから一人また二人と席を立ち、外に出ていく。
私とソフィアもその流れにのって、共に外に出た。
***
「すごっ」
外に出るとものすごい盛り上がりだった。
「ティナ」
お父様とお母様がやって来た。
「屋台面白そうね」
目をキラキラさせながらお母様が言った。
「そうだな……回るか?」
そんなお母様に微笑み、お父様がそう提案した。
それからソフィアは父であるシウォルさんと一緒に屋台を見に、私はというと、お父様とお母様とで屋台を回った。
その間も少しボーッとするとクリスのことを考えてしまう。
クリスの部屋の扉を蹴破るぐらいすれば良かった。
拒絶を怖がってる場合じゃなかった。
と、今更後悔してももう遅い、その証拠に今ここにクリスはいない。
***
「とうとう行っちゃうのね」
「怪我をしないような」
船に乗り込む前、そんな少し泣きそうなお父様とお母様以外に、わざわざ見送りに来てくれた屋敷の人達にも言われた。
「はい!」
「お嬢様」
と、少し不安そうな顔をしながらシウォルさんがやって来た。
「大丈夫! ソフィアはちゃんと守るから」
安心させるように、かつ周りに聞こえないよう、小さい声でそう言えば、「違います」と首を振られた。
「そうではなくて、どうか気を付けて下さい。
お嬢様が無事に帰ってくることを皆、願っています」
そう言ってその場で頭を下げた。
それに倣い、他の屋敷の人達も頭を下げる。
『行ってらっしゃいませ』
「行ってきます!!」
前が霞んで見えたのはきっと気のせいだ。
「ティナ?」
船に向かっている途中、足を止めた私を不思議そうに見るソフィア。
「……今、何か聞こえなかった?」
「え? 私は何も聞こえなかったわよ?」
聞き間違え、かな?
さっきクリスの声が聞こえた気がしたんだけどなぁー……。
そう思いながらもまた足を進め始めると、誰かにグンッと腕を後ろに引かれた。
「うぉ!?」
「姉さん!!」
クリスだ。
やっぱりさっきのは聞き間違えじゃなかったんだ!
っていうか、クリスだ!!
え、本物?
「ははっ、本物だよ」
心の中で思っていたハズが……あれっ?
「……今までごめんね」
目を伏せそう呟くように言った。
またクリスと喋れていることに感動しすぎて声が出ない私はその言葉にフルフルフルと首を何回も横に振った。
「あのね、これ」
そう言って渡されたのは一冊の分厚い本だった。
「これは?」
中を開けるとなんと全部白紙だった。
え、これ本? ってか、本って言える!?
「それに文字を書くと僕が持ってるもう一つのにも同じことが浮き出てくるんだ、逆も可能だよ」
「え、そんなこと出来んの!?」
ってか、えっ、そんなこと出来る物がこの世界にあったの!?
「うん、一人で街に行った時があって、その時に噂であるって知たんだ。
それで探してたんだけど、これが中々見つからなくって……見つかったのは昨日の夜中。
おかげで寝坊して、ギリギリになっちゃった」
「そう、だったんだ……怒ってたワケじゃなかったんだ……じゃあ、いつも屋敷内でクリスを見かけなかったのは?」
いつ屋敷内でウロウロしていても全くクリスと姿すら見えなかったのは?
「あー……実はこれが売ってる店が夜に開いている店らしくって、気付いたら夜型になっちゃっててさ、午前中は部屋でずっと寝てた。
ちなみに今もちょっとツライ」
ちょっと、と言った割には結構辛そうなクリス。
そんなクリスに「ありがとう」と言ってガバッと抱きついた。
よろけず抱きとめてくれたクリスに成長を感じた。
「姉さん、行ってらっしゃい。
もし連絡が五週間以上途切れたらそっちに行くから、そうならないようにしてね?」
後半耳を疑う言葉が聞こえたのは気のせいだろうか、いや違う。
「ティナ、そろそろ行かないと集合時間に遅刻するわよ」
ソフィアの忠告に促されクリスから離れた。
「行ってきます」
クリスの目を見、お父様とお母様と屋敷の人達を見、そう言って私は背を向けソフィアの後を追い、歩き出した。
クリスの肩が少しだけ濡れていたのは私とクリスとの二人だけの秘密だ。
クリスの肩が濡れていたのはティナの鼻水ではないか疑惑発生中。




