ヒロインの問いかけと、影からの執着
昨夜の馬車の中での出来事に、私の頭はすっかり混乱していた。
(ヤンデレルートって何よ……!? 乙女ゲーム『聖女の誓い』にそんな隠しルートなんてなかったじゃないの……!)
翌日の放課後。気持ちを落ち着かせるため、私は学園の中庭にある静かなガゼボで、一人温かい紅茶を口にしていた。
ミナには少し離れた場所で待機してもらい、これからの対策を必死に考えていた時のことだ。
「……あの、エルザ様」
可憐で控えめな声が聞こえ、顔を上げると、そこに立っていたのはマリア様だった。
(ヒロインのマリア様……! 今の状況、彼女から見ても絶対に不気味よね……)
「マリア様。ごきげんよう。何か私にご用でしょうか?」
私はすぐさま姿勢を正し、隙のない「完璧な営業スマイル」を向けた。
マリア様は困ったように眉を下げ、桃色のスカートをぎゅっと握りしめながら、私に向かい合うように座った。
「……昨日の夜会、アレク……いえ、カルステン様とダンスを踊られていましたね」
「ええ。カルステイン様のご意向でお相手をいたしましたけれど、マリア様にお嫌な思いをさせてしまったのなら申し訳ありませんわ」
すかさず謝罪の言葉を口にする私。
けれど、マリア様が首を横に振ったのは意外な反応だった。
「違います! 私が気になっているのは……エルザ様の態度なんです。……エルザ様、本当はもう、アレクのことなんてお好きじゃないのですか?」
直球すぎる問いかけに、私は一瞬言葉を詰まらせた。
「……なぜ、そのように思われるのです?」
「だって! 以前のエルザ様なら、私が『アレク』ってあだ名で呼ぶだけですごく怒って、アレクの手を引っ張って連れて行ってしまいました。……でも今のエルザ様は、私とアレクが話していても、悲しそうな顔をして『カルステイン様』って他人みたいに呼んで、スッと遠くへ行ってしまうから……」
マリア様は心配そうに澄んだ瞳で私を見つめてきた。
「私、知っています。アレクは昔から不器用で、感情を表に出すのが下手な人です。……でも、エルザ様が急に『カルステイン様』なんて冷たく呼んで距離を置くようになってから、アレク、生徒会室でずっと恐ろしい顔をしているんです。書類を見るフリをして、ずっとエルザ様のことばかり考えていて……」
(えっ……!? アレクセイ様、マリア様の前でそんな顔をしてるの……!?)
マリア様は真剣な表情で、私の手をそっと包み込んだ。
「私とアレクは昔からの幼馴染で、特別な感情なんてありません。……エルザ様、お願いです。昔みたいに『アレクセイ様』って呼んであげてください。アレクを……一人にしないであげてください」
ヒロインからの、あまりにもピュアでまっすぐな説得。
(マリア様……なんていい子なの……! でもね、私が下手に近づいたら破滅フラグが復活して首が飛んじゃうのよー!!)
私が困惑し、どう言葉を返すべきか迷っていた、その時だった。
「……マリア。僕の婚約者に、余計な吹き込みをするなと言ったはずだ」
ガゼボの影から、氷のように冷たく、けれど低い熱を孕んだ声が響いた。
振り返ると、そこには黒髪をなびかせたカルステイン様が立っていた。
いつからそこにいたのか、彼の紫の瞳は私とマリア様が重ね合っている手へ、激しい嫉妬を込めて注がれていた。
「あ……アレク……!?」
「僕とエルザの問題だ。……下がりなさい、マリア」
幼馴染であるマリア様にさえ一切の甘さを見せず、カルステイン様は迷いのない足取りで私へと歩み寄ってきた。
そして、マリア様の手を解くように私の腕を強く引き寄せ、逃げ場を無くすように後ろから抱きすくめてきたのだ。
「カルステイン様……!? 大勢の目がございます、離してくださいませ……!」
「嫌だと言ったら?」
耳元で落とされた低い囁き。
カルステイン様はマリア様の前であることも気に留めず、私の首筋に顔を埋めるようにして、狂おしいほどの執着を露わにした。
「マリアの言う通りだ、エルザ。……僕を『カルステイン様』と呼ぶな。僕から逃げようとするな。……君が僕を名前で呼ぶまで、絶対に離してやらない」
(……嘘でしょ!? ヒロインの前でこんな激甘ヤンデレ見せつけるなんて、乙女ゲームの展開が完全に崩壊してるじゃないのよーー!!)
完璧に身を引こうとすればするほど、カルステイン様の冷酷な氷は解け、恐ろしいほどのヤンデレへと変貌していくのだった。




