閉じられた生徒会室と、すれ違いの真相
ガゼボでの出来事から数日後。
私は逃げ場を失っていた。
マリア様は私を避けるどころか、「エルザ様! 今日のお茶会、ご一緒してもよろしいですか?」「エルザ様のお召し物、とても素敵です!」と、目を輝かせて懐いてくるようになってしまったのだ。
(なんで……!? ヒロインに嫌われるどころか、猛烈に好かれてる気がするのは気のせい……!?)
しかも、マリア様が私に接近すればするほど、それを見つめるカルステイン様の瞳は嫉妬と焦燥で怪しく揺らめく。
そして今日の放課後――私はついに、生徒会室へと呼び出されていた。
カチャリ、と重厚な鍵が回る音が静かな室内に響く。
「……カルステイン様? なぜ鍵をお掛けになるのですか?」
私は背中に嫌な汗をかきながら、完璧な「営業用スマイル」を維持して彼を見上げた。
執務机に背をもたせかけていたカルステイン様が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。その紫の瞳には、一切の逃げ道を許さない圧倒的な熱が宿っていた。
「こうでもしなければ、君はまた僕から逃げるだろう」
「滅相もございません。私はただ、カルステイン様とマリア様のお邪魔にならないよう――」
「またそれか」
カルステイン様の手が伸び、私の両肩を強く掴んだ。
そのまま壁際まで押し込まれ、彼の高い体躯によって完全に閉じ込められる。
「いい加減にしろ、エルザ。マリアは僕にとって、ただの幼馴染だ。……あいつに恋心など微塵もない」
「え……?」
思いがけない言葉に、私の営業用スマイルがぴきりと固まった。
(え? 恋心がない……? でも、乙女ゲームのメインヒーローとヒロインよ!? あだ名で呼び合って、あんなに甘い雰囲気を醸し出していたじゃないの!)
「嘘ですわ……。現にマリア様はあなたを『アレク』とお呼びになり、カルステイン様も彼女にだけは優しく……」
「マリアが僕をそう呼ぶのは幼い頃からの癖だ。僕があいつに優しくしていたのは、特待生として周囲から浮いていたから、生徒会長として配慮していたに過ぎない!」
カルステイン様は悔しそうに歯を噛み締め、私の額に自分の額を押し当ててきた。
熱い吐息が唇を掠めるほどの至近距離。
「僕が本当に欲しかったのは……僕だけに執着し、僕の名前を呼び、僕の隣で笑う君だけだ。……なぜ分からない」
「っ……」
「マリアも言っていたぞ。『エルザ様はアレクと仲直りしたいはずなのに、悲しそうな顔をして遠ざかってしまう』とな」
(マ、マリア様ー!? 余計なアシストをしないでちょうだいー!!)
脳内で叫ぶ私だったが、事態はさらに恐ろしい方向へ転がっていた。
「君が突然『カルステイン様』と僕を他人扱いし、僕から離れようとした時……頭が狂うかと思った」
カルステイン様の指先が、私の頬を包み込み、耳元へと滑り落ちる。
ぞくっとするような低く甘い声が、鼓膜を震わせた。
「二度と『カルステイン様』などと呼ぶな。……以前のように『アレクセイ様』、いや……『アレク』と呼べ。君にそう呼ばれるなら、どんな我がままも聞いてやる」
(ちょっと待って……! マリア様とヒーローの甘い恋を応援して破滅フラグを折ろうとしていたのに……私が本命で、しかもヤンデレ化させちゃったってことーー!??)
すれ違いの真相が明かされた瞬間、私の「円満な婚約破棄計画」は音を立てて崩れ去ったのだった。




