華やかな夜会と、引き寄せる手
大広間は、幾重にも重なるシャンデリアの輝きと華やかなドレスの色彩に包まれていた。
「……ご覧になって、カルステン公爵令息よ」
「お隣にいらっしゃるのは、ヴァルハイト令嬢……? 噂では距離を置かれていると伺っていたけれど」
会場に入った瞬間、貴族たちの囁き声が一斉に広がった。
いつもなら「ほらご覧なさい、私がカルステン様のパートナーですわ!」と周囲を睨みつけ、誇らしげに腕にしがみついていた私。
けれど今の私は、彼の手首に優しく指先を添えるにとどめ、完璧な社交スマイルで背筋を伸ばしていた。
すると、人混みを割って、一人の可憐な少女が近づいてきた。
桃色のドレスに身を包んだマリア様だ。
「アレク! こんばんは。今夜もとても素敵ですわ」
鈴を転がすような愛らしい声。そして幼馴染ならではの親しげな「アレク」というあだ名。
周囲の貴族たちも「やっぱりあの二人がお似合いなのに」と言いたげな視線を送ってくる。
(そうよ、これよこれ! 乙女ゲームの正当な展開はこれなのよ!)
私はマリア様との邪魔にならないよう、スッと手を引き、一歩後ろへ退いて淑女のお辞儀をした。
「マリア様、今夜も大変可愛らしいですわ。どうぞカルステイン様とご歓談なさってくださいませ。私はあちらで冷たい飲み物でもいただいてまいりますので」
マリア様とカルステイン様を二人きりにするため、優雅に身を引こうとした――その瞬間。
グッ――
引きかけたた私の腰が、強い力で抱き寄せられた。
「あっ……!?」
体勢を崩した私の体が、カルステイン様の胸の中にすっぽりと収まる。
会場から「きゃっ」と小さな悲鳴が上がり、マリア様も目を見開いて二人を見つめている。
「……カルステイン様!? 大勢の目がございますわ、お戯れは――」
「戯れなどではない」
カルステイン様は私の腰を抱いたまま、耳元へ顔を近づけ、逃げ場のないほど低く、焦燥の混じった声で囁いた。
「マリアはただの幼馴染だ。僕が夜会にエスコートするのも、ダンスを申し込むのも、僕の『婚約者』である君だけだ、エルザ」
「で、ですが……」
「だがも何もない。……曲が始まる。僕と踊れ」
私の返事も待たず、彼は強引に私をダンスフロアの中央へと連れ出した。
バイオリンの美しい旋律が流れ始め、ワルツのステップが始まる。
ダンスの最中、彼の視線は一瞬たりとも私から離れなかった。
「エルザ。なぜ僕を見ない。なぜ昔のように……僕にしがみついて嫉妬しない」
「……私は、カルステイン様にご迷惑をおかけしたくないだけでございます」
「それが一番の迷惑だと言っている!」
彼はステップに合わせて私の体をグッと引き寄せ、息が触れ合うほどの距離で密着させた。
「君が僕に冷たい笑顔を向け、マリアとの仲を推奨するたびに……胸の奥が不快で破裂しそうになる。……僕から勝手に離れられると思うな」
(……ちょっと待って!? マリア様だけに『アレク』と呼ばせて甘やかしていた冷酷なヒーローはどこ行ったの!? なんで急にこんなヤンデレみたいな執着見せてくるのよー!!)
完璧に身を引こうとする私の努力は完全に裏目に出て、カルステイン様の冷たかった氷の仮面は、いまや恐ろしいまでの「執着の炎」へと変わりつつあった。




