逃げ場のない夜会と、強引なエスコート
学園の大きなイベントである「創立記念の夜会」が目前に迫っていた。
絢爛豪華な大ホールで行われるこの夜会は、生徒たちがパートナーを伴って参加する社交の場だ。
私の部屋のサロンでは、侍女のミナが夜会用のドレスのチェックを行っていた。
「エルザ様、今年のご衣装ですが……やはり例年通り、カルステン公爵家のお色に合わせた濃紺のドレスになさいますか?」
「いいえ、ミナ。今年は私に一番似合う、この淡いローズピンクのドレスにするわ」
私は迷わず、公爵家の象徴である濃紺とは関係のないドレスを選んだ。
かつての私なら「アレクセイ様とお揃いの色じゃなきゃ絶対嫌!」と大騒ぎし、彼がマリア様と色合いを合わせていないか見張っていたはずだ。
けれど、今の私の目標は円満な婚約破棄。
(マリア様とアレクセイ様がお揃いの装いで現れて、周囲から『なんてお似合いのお二人なの!』と称賛される……それこそが私の望む展開よ!)
私は二人の邪魔にならないよう、当日も会場の端で静かに美味しいお料理でも食べて過ごす気満々だった。
◇
だが、夜会の当日の夕刻。
我がヴァルハイト伯爵邸の玄関に、予定外の豪奢な馬車が横付けされた。
応接室で待っていたのは――カルステン公爵家の意匠である、濃紺のタキシードを完璧に着こなしたアレクセイ様だった。
「カルステイン様……? どうされたのですか?」
私が完璧なお辞儀とともに尋ねると、アレクセイ様は私を一瞥し、不機嫌そうに眉をひそめた。
「どうされた、ではない。僕の婚約者を迎えに来ただけだ」
「……え?」
「当然だろう。今夜の夜会、僕が君をエスコートする」
(ちょっと待って……!? 乙女ゲームのシナリオでは、アレクセイ様はマリア様をエスコートして登場するはずじゃないの!?)
私は驚きを隠し、落ち着いた「営業用スマイル」を作った。
「お言葉ですが、カルステイン様。マリア様は今夜、パートナーがいらっしゃらないとお聞きしております。昔からのご友人であるマリア様をお迎えに行かれてはいかがでしょうか? 私は一人で静かに参加いたしますので――」
「エルザ」
私の言葉を遮り、アレクセイ様が一歩踏み込んできた。
彼の紫の瞳には、逃げ場を塞ぐような強い執着が宿っている。
「……僕のパートナーは君だ。マリアではない」
「ですが、お二人で過ごされた方が、カルステイン様もお心が休まるかと――」
「余計な配慮をするなと言っている!」
アレクセイ様の手が伸び、私の手首を強すぎない、けれど絶対に振りほどけない力加減で掴んだ。
「君は僕の婚約者だ。僕の隣に立つ義務がある。……それに、そのドレスの色は何だ」
彼は私のローズピンクのドレスを睨みつけ、苦々しく吐き捨てた。
「僕の色を身につけないのは……僕の婚約者を辞める準備でもしているつもりか?」
(鋭い! 鋭すぎるわカルステイン様!! 正解だけど口が裂けても言えないわよ!)
「滅相もございません。ただ、カルステイン様のお邪魔にならないよう配慮しただけで……」
「僕にとって一番の邪魔は、君が僕の隣から勝手にいなくなることだ」
低い声で告げられた言葉に、背中に冷や汗が流れる。
マリア様だけに「アレク」と呼ばせて蕩けるような笑顔を見せていたあの冷酷なヒーローは、一体どこへ行ってしまったのか。
完璧に一歩引き、二人の未来を応援しようとすればするほど、アレクセイ様の執着は留まることを知らず膨れ上がっていくのだった。




