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断罪を回避しようと身を引いたら、冷酷だったはずの婚約者が激甘ヤンデレ化して逃がしてくれません!  作者: もも子


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4/7

廊下のすれ違いと、氷の公爵の焦燥

事故の翌朝。私は昨日の頭痛もすっかり引き、晴れやかな気持ちで学園の静寂な図書室を訪れていた。


「エルザ様、お体の具合は本当によろしいのですか?」


心配そうにつき添う侍女のミナに、私は優しく微笑みかけた。


「ええ、全く問題ないわ。ミナ、今日は自主学習のための参考書を探しに来ただけだから、そう心配しないで」


前世の記憶を取り戻してから、私の目標は明確だ。

アレクセイ様とマリア様の邪魔を一切せず、円満な婚約破棄を成立させること。そして、一人の自立した淑女として、いつ婚約が破棄されてもいいように学業に励むことだ。


かつての私は、授業免除の生徒会室へ押しかけてはアレクセイ様の邪魔をし、マリア様を睨みつけることだけに時間を費やしていた。

(ああ……なんて無駄な時間を過ごしていたのかしら。これからは自分の人生をちゃんと生きなきゃ!)


目的の図書を借り受け、静かな廊下をミナと歩いていると――前方から歩いてくる二人影が目に入った。


黒髪をなびかせた凛々しい佇まいのアレクセイ様と、その隣で小さく跳ねるように歩く金髪の可憐なマリア様だ。


「あ、アレク! 昨日の生徒会資料、私の方でまとめておいたよ!」

「ありがとう、マリア。助かる」


二人の会話が聞こえてくる。アレクセイ様がマリア様に向ける眼差しは、相変わらず柔らかい。

あだ名で呼び合う二人。まさに物語の主人公とヒロインにふさわしい、絵になる光景だ。


(よしっ! ここで私が話しかけたら邪魔になるわね。完璧なスルーを決め込むわよ!)


私は速やかに壁際に寄り、ドレスの裾を軽く持ち上げて優雅にお辞儀の姿勢をとった。

二人が目の前を通り過ぎるのを、視線を落としたまま静かに待つ作戦だ。


カツ、カツ、とアレクセイ様の洗練された靴音が近づいてくる。

(そのまま通り過ぎて、マリア様と甘い時間を過ごしてくださいませ……!)


だが――靴音は、私の目の前でぴたりと止まった。


「……エルザ」


頭上から降ってきたのは、低く、どこか抑え込まれたようなアレクセイ様の声だった。


「……? なにかご用でしょうか、カルステン様」


私はスッと顔を上げ、練習通り完璧で隙のない「笑顔」を向けた。

感情を一切乗せない、ただただ礼儀正しいだけの微笑みだ。


私のその対応を見た瞬間、アレクセイ様の眉がピクリと跳ね上がった。


「『カルステイン様』……? 君は昨日から、僕をそう呼ぶな」


「まあ。公爵家の嫡男であり生徒会長であられるあなた様を、伯爵令嬢の私が役職でお呼びするのは当然の嗜みにございますわ。何か非礼がございましたでしょうか?」


「非礼ではない! だが――」


アレクセイ様は言葉を詰まらせた。

いつものエルザなら、彼を見るなり「アレクセイ様ぁ!」と叫んで抱きつき、隣にいるマリアを「キッ」と恐ろしい顔で睨みつけ、「どうしてこの女と一緒にいらっしゃるの!?」と発狂していたはずなのだ。


それが今や、マリアの存在など眼中にないかのように一切触れず、自分に対しても一線を引いた態度で接してくる。


「……エルザ様」


アレクセイ様の隣で、マリア様が心配そうに私を見つめていた。


「昨日は凄く大きな音がして……お頭のお怪我は、もう大丈夫なのですか? 私、心配で……」


純粋な善意と心配から出た言葉だろう。

かつての私なら「あんたのせいで怪我をしたのよ! 偽善者ぶらないで!」と怒鳴り散らしていたところだ。


だが、今の私はマリア様に向き直し、心からの優しさを込めて優雅にお辞儀をした。


「お気遣いいただき、ありがとうございます、マリア様。幸いタンコブ程度で済みましたので、どうぞご安心くださいませ。昨日は私のお見苦しい失態でお二人のお邪魔をしてしまい、大変申し訳ございませんでした」


「えっ……い、いえ! そんな……!」


マリア様が驚いて目を丸くする。

嫌がらせの対象だったヒロインに対しても、完璧な配慮と誠意を見せる私。


(どうかしら! 嫉妬も恨みも一切なし! 完璧な対応でしょ!)


心の中で自画自賛していた私だったが――ふとアレクセイ様へ視線を戻すと、彼の紫の瞳に暗く燃え上がるような「激しい苛立ち」が宿っていることに気づいた。


アレクセイ様は拳を強く握りしめ、私とマリアの間に割り込むように一歩前に踏み出してきたのだ。


「……エルザ。僕を見ろ」


「……はい?」


「なぜマリアを睨まない。なぜ僕に詰め寄らない。……君は一体、どうしてしまったんだ」


(ええ……!? なんでマリア様と仲良くして引き下がってるのに、そんなに怒ってるのよー!?)


冷酷だったはずのアレクセイ様の瞳に、困惑と、そして逃がさないと言わんばかりの強い執着が兆し始めていた。

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