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断罪を回避しようと身を引いたら、冷酷だったはずの婚約者が激甘ヤンデレ化して逃がしてくれません!  作者: もも子


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3/12

冷めきったお茶と、戸惑う生徒会室

学園の保健室。清潔なホワイトリネンの匂いが漂う室内で、私はベッドの上に腰掛け、侍女のミナから冷やしタオルを受け取っていた。


「エルザ様、本当にお怪我はありませんか……? 医務室の先生からは『タンコブ程度で済んだのが奇跡』と言われましたが……」


青ざめた顔で心配してくれるミナ。彼女は昔から高慢な私に振り回されながらも、健気に仕えてくれている大切な侍女だ。前世の記憶を取り戻した今、申し訳なさと感謝が胸にこみ上げてくる。


「ええ、大丈夫よミナ。ご心配をかけてごめんなさいね。……それと、今まであなたに酷い当たり方をしてしまって、本当にごめんなさい」


「えっ……!? エ、エルザ様……!? あ、頭を強く打たれたせいで、おかしなことに……!?」


素直に謝罪した私に対し、ミナは目を見開いて怯えるように後ずさった。

(……うん、まあそうなるわよね。今までの私は本当に酷い悪役令嬢だったんだもの……)


そこへ、ノックもなしにバタバタと保健室のドアが開いた。

入ってきたのは、今まで私の「いじめ」の手先となって動いていた取り巻きの令嬢二人――クラリスとシャロンだ。


「エルザ様! 大変ですわ!」

「あの平民上がりのマリアが、またアレクセイ様に馴々しく『アレク』なんて呼んで纏わりついておりますのよ! 今すぐ懲らしめてやりましょう!」


以前の私なら「なんですって!?」と跳び起き、マリア様のもとへ怒鳴り込んでいただろう。

だが、今の私は静かにハーブティーのカップを口にし、優雅に微笑んだ。


「まあ、クラリス、シャロン。声を荒らげるのは淑女の嗜みに反しますわよ」


「……はい?」

「エルザ……様?」


「マリア様はアレクセイ様の幼馴染でいらっしゃいますし、二人が『アレク』『マリア』と呼び合うのは昔からの自然なことでしょう? 仲が良いのは微笑ましいことですわ。私たちが口を挟むことではありません」


ポカンと口を開ける二人。

かつてマリア様が「アレク」と呼ぶたびに発狂し、「アレクセイ様と呼んでちょうだい! 馴々しくあだ名で呼ぶなんて万死に値するわ!」と叫んでいた私を知っている二人からすれば、宇宙人と会話しているような気分だろう。


「で、ですがエルザ様! アレクセイ様は貴女の婚約者ですのよ!? あの女、アレクセイ様に甘えて、勉強を教えてもらったりお菓子をあーんしてもらったり……まるで恋人気取りですのよ!?」


(知ってるわよ。乙女ゲームのスチルで見たわ。アレクセイ様がマリア様にだけ見せる、あの激甘な蕩ける笑顔ね)


胸の奥がチクリと痛んだ。かつてのエルザの「アレクセイ様が好き」という感情が残っているからだ。

けれど、破滅フラグ(処刑)を回避するためには、この感情を完璧に押し殺さなければならない。


「アレクセイ様がどなたにお勉強を教えようと、それは生徒会長としての慈愛の心ですわ。私のような高飛車な女よりも、可憐なマリア様と過ごされる方が、アレクセイ様のお心も休まるでしょう。……私はもう、お二人の邪魔をするつもりはありません」


完璧な微笑みとともにそう告げると、取り巻きの二人は恐怖で顔を引きつらせた。


「エルザ様……本気で仰っていますの……?」

「頭を打って、本当に人が変わられてしまったのでは……」


「ええ、本気よ。だからあなたたちも、もうマリア様へ嫌がらせをするのはやめなさいね。もしこれ以上、私の名前を使って彼女をいじめるようなことがあれば――カルステン公爵家ではなく、我がヴァルハイト伯爵家があなたたちを裁きますわ」


静かだが逃げ場のない圧力をかけると、二人は「ひいっ」と悲鳴を上げて保健室から逃げ出していった。


これで取り巻きたちの暴走も止められた。よしよし、着実に死亡フラグを折っていっているわ。



一方、その頃。

学院の生徒会室では、重苦しい空気が漂っていた。


「……アレク? どうしたの、ずっと難しい顔をして……」


マリアが心配そうに、淹れたての紅茶を執務机に置く。

いつもなら「ありがとう、マリア」と優しく微笑み、あだ名で呼ばれることに目を細めるアレクセイだったが、今日の彼は書類に目を落としたまま、微動だにしない。


「……マリア」


「なに、アレク?」


「……エルザは、今日保健室から直帰したのか?」


「ええ。侍女の方と一緒に馬車でお屋敷へ帰られたそうよ。頭のお怪我が心配ね……あんなに酷く倒れるなんて」


マリアは優しく胸を痛めている様子だったが、アレクセイの頭の中にあるのは、エルザの「怪我」そのものよりも、彼女が去り際に見せたあの瞳だった。


いつもなら、マリアが「アレク」と呼ぶたびに血相を変えて割り込んできた。

「アレクセイ様! その女を『マリア』と甘く呼ぶのはおやめください! 私にはそんな風に笑ってくださらないのに!」と、醜く嫉妬を爆発させていた。


冷酷に突き放しても、ウザがっても、彼女はしがみついてきた。

その執着が鬱陶しく、不快で、だからこそ徹底的に冷たくあしらっていたはずだった。


なのに――今日のエルザは違った。


頭から血を流しかけながら、マリアを睨むこともなく、アレクセイに縋ることもなく。

まるで「見知らぬ高貴な公爵閣下」に接するかのような、隙のない完璧な礼儀作法。

そして、氷のように冷たく、けれど美しく澄んだ「他人をみる瞳」。


(『お気遣い感謝いたします。ですが、このような無様な姿をお見せし続けるのは、ヴァルハイト伯爵家の名に傷がつきますので』……だと?)


アレクセイは手にしていた羽ペンをギシッと力任せに握りしめた。


「……ふざけるな」


「え……? アレク……?」


突然低く吐き捨てられた言葉に、マリアが驚いて肩を跳ねさせる。


アレクセイの胸の中に渦巻いていたのは、解放された安らぎなどではなかった。

自分を追いかけ回していたはずの女が、突然手の中から滑り落ち、二度と触れられない遠い場所へ行ってしまったような――強烈な「不快感」と「焦燥」だったのだ。

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