旧校舎の罠とおバカな裏幕
薄暗く静まり返った旧校舎の二階ホール。
足音を忍ばせて足を踏み入れると、埃っぽい空気の中に、二つの人影が立っていた。
ガタガタと膝を震わせている書記のミハエルと――その前で勝ち誇ったような笑みを浮かべた、華やかなドレス姿の女子生徒。
「……あら、本当にお一人でいらっしゃいましたのね、エルザ・フォン・ヴァルハイト伯爵令嬢」
扇子で口元を隠しながら高高と笑ったのは、旧派閥の筆頭だった侯爵家の令嬢、クロエだった。
「クロエ様。……わざわざこのような古い校舎に呼び出すなんて、一体どういうご風配かしら?」
「ふん、相変わらずすました顔をして! 今日のあなたを陥れるために、私がどれほど苦労したかお分かり? そのミハエルを使って脅迫状を出し、不安になったあなたを一人でここに誘い出す……完璧なシナリオですわ!」
クロエは得意気に胸を張り、傍らのミハエルを顎でしゃくった。
「ミハエル! さあ、計画通り、その手に持った『盗まれた公爵家の印章』を彼女のポケットに突っこみなさい! 彼女を盗みの犯人に仕立て上げて、学園から追放してやるんですから!」
「ひ、ひえぇっ……! す、すみませんヴァルハイト様、僕も家を救うためにはこうするしか……っ!」
半泣きになりながら、震える手で怪しい小箱を差し出そうとするミハエル。
哀れなほどに単純でお粗末な罠に、私は深いため息をつき、くすっと小さく微笑んで見せた。
「……クロエ様。シナリオとしては、落第点ですわね」
「な、なんですって!?」
「盗みの濡れ衣を着せるなら、もう少し周りを警戒するべきでしたわ。……ねえ、皆様?」
パチン、と私が優雅に指を鳴らした瞬間――
パンッ!! と勢いよく扉が開かれ、隠れていたルーク率いる騎士科の候補生たちが一斉になだれ込んできた!
「動くな! 証拠はすべて押さえたぞ!」
「なっ……騎士科!? なぜここに巡回が……!?」
叫ぶクロエの顔から、一瞬で血の気が引いていく。さらにその背後の影から、可憐なヒロイン・マリア様がひょっこりと顔を出した。
「クロエ様、残念でしたね! エルザ様は最初からあなたの企みなんて、ぜんぶお見通しだったんですよ!」
「マ、マリア……!? なぜあなたが彼女の味方を……っ!」
パニックに陥るクロエと、その場にへたり込むミハエル。
だが、本当の「絶望」はこれからだった。
ホール全体を凍りつかせるような、圧倒的な威圧感と冷気が静かに満ちていく。
「――僕の婚約者に、またしても浅はかな害意を向けた鼠がいると聞いてね」
パツン、パツンと硬質な靴音を響かせて現れたのは、紫の瞳を冷たく光らせたアレクセイだった。
彼の登場に、クロエは悲鳴すら上げられずにガタガタと震え出す。
「カ、カルステイン様……! これは、違いますの! 私、私はただ――」
「黙りなさい」
アレクセイの一言で、室内の空気が完全に凍りついた。
彼はクロエを一瞥することすら拒むように無視すると、迷いのない足取りで私のもとへ歩み寄り、愛おしそうに私を横から強く抱きすくめた。
「無事かい、エルザ。……こんな愚か者の相手をさせてしまって申し訳ない」
「ふふ、大丈夫ですわアレクセイ様。予定通りの寸劇でしかありませんでしたもの」
私たちが親しげに寄り添う姿を見て、ミハエルは完全に白目を剥いて倒れ込み、クロエは絶望の表情で崩れ落ちたのだった。




