マリアの秘密と、生徒会室の事件簿
公爵邸での晩餐会から数日後。
「エルザ様! 大変です、助けてください……っ!」
放課後の廊下で、パタパタと可憐な足音を響かせて駆け寄ってきたのは、いつもニコニコしているヒロインのマリア様だった。
珍しく桃色の瞳を潤ませ、桃色のスカートをキュッと握りしめて怯えている。
(な、なに!? まだ何か破滅フラグが残っていたの……!?)
「落ち着いてマリア様。一体どうされたのですか?」
私が優しく肩を抱くと、マリア様は声をひそめて、周囲を気にしながら耳元で囁いた。
「実は……最近、誰かに『つけ回されて』いるような気がするんです。視線を感じたり、放課後になると後ろから足音が聞こえたりして……すごく怖くて……」
(ストーカー……!? ヒロインにストーカーがつくなんて、乙女ゲーム『聖女の誓い』にそんな不穏なイベントあったかしら!?)
「分かりましたわ。マリア様、ご安心なさい。この私がついているわ」
私は即座にマリア様をかばうように立ちはだかった。
前世の記憶を取り戻してからというもの、純粋で私を慕ってくれるマリア様は、私にとって可愛くてたまらない「妹」のような存在なのだ。
大切なマリア様を脅かす不審者など、この元・悪役令嬢が絶対に許さないわ!
「まずは生徒会室へ行きましょう。あそこなら安全ですし、アレクセイ様にも相談できますわ」
「はい……! エルザ様、ありがとうございます!」
マリア様の手を引いて、私たちは急いで生徒会室へと向かった。
◇
カチャリ、と生徒会室の重厚な扉を開ける。
「アレクセイ様! 大変です、マリア様がストーカーに――」
言いかけた私の言葉は、室内に漂う異様な空気によって途中で飲み込まれた。
部屋の奥、執務机に腰掛けたアレクセイが、ゆっくりと顔を上げた。
その紫の瞳は、まるで冷たい氷の奥で怪しい炎が揺らめいているかのように、不穏な光を帯びていた。
「……エルザ。マリアの手を放しなさい」
地底から響くような、低く静かな声。
「え……? アレクセイ様?」
「僕が『マリアと距離を置け』とあれほど言ったはずだ。……なぜ君は、いつも僕よりマリアを優先する?」
アレクセイは静かに立ち上がると、迷いのない足取りでこちらへ歩み寄ってきた。
彼の手には、一通の『差出人不明の手紙』が握られている。
「アレクセイ様、お言葉ですが今はそんな嫉妬をしている場合では……」
「嫉妬? ああ、そうかもしれないな」
アレクセイは私の腕を掴むと、マリアから引き剥がすように自分の背後へと隠した。
そして、マリアに向かって冷ややかな視線を向ける。
「マリア。生徒会室に届いたこの手紙……『エルザ・フォン・ヴァルハイトを生徒会から追放しろ』という脅迫状だ。……君をつけ回している人物と、何か関係があるのではないか?」
「えっ……!? エルザ様を追放……!?」
マリア様が驚きで目を見開く。
(ええっ!? ストーカーの狙いはマリア様じゃなくて……私!? それに、私を排除しようとしている裏幕がいるってこと……!?)
「エルザ。君を危険に晒す者は、誰であろうと排除する。……たとえそれが、学院の人間全員であろうとね」
アレクセイの瞳に、今までで一番深く暗い「ヤンデレの狂気」が宿る。
自分に向けられた脅迫状と、マリア様を狙う影。二つの謎が交錯し、平和になったはずの学園生活に、思いもよらない「新たな波乱」が巻き起ころうとしていた――。




