冷酷公爵? いえ、苦労性なお父様でした
「……ともかく、二人とも座りなさい」
公爵様の言葉で、私たちは向かい合うように席についた。
運ばれてくる色鮮やかな料理。どれも最高級の素材が使われていて、見た目も素晴らしい。
(よしっ、テーブルマナーも完璧にこなして、文句のつけようがない完璧な令嬢を見せてあげるわ!)
私がナイフとフォークを手に取ろうとした、その時だった。
「エルザ、熱くないか? 僕が切り分けよう」
隣に座るアレクセイが、当然のような顔で私の皿に手を伸ばしてきた。
一口大に切り分けたお肉を、フォークで私の口元へ運ぼうとしてくる。
「ア、アレクセイ様……!? 自分でいただけますわ……!」
「ダメだ。君の手を煩わせたくない」
「……アレクセイ」
向かいから、地底から響くような低い声が聞こえた。
見ると、公爵様がフォークを握りしめたまま、恐ろしい顔で息子を睨みつけていた。
「我が家の晩餐会で、婚約者に『あーん』をしようとする奴があるか。恥を知りなさい」
「父上こそ、エルザをあまりジロジロ見ないでいただきたい。僕の婚約者が緊張してしまう」
「……お前が一番緊張させているのだ!」
公爵様はガツンとグラスをテーブルに置き、深々とため息をついた。
(……待って。乙女ゲームの『冷血な公爵様』って、こんなに苦労人ポジションだったかしら……!?)
公爵様は疲れ切った様子で頭を抱えると、今度は私の方へ静かな視線を向けてきた。
「エルザ嬢……苦労をかけるな。……最近、息子が学園で変な行動をとっていないか?」
「え……? 変な行動、ですか?」
「うむ。急に『エルザに贈る薔薇の花壇を作る』と言い出したり、我が家の商会に『彼女の好きな製菓店を買い取れ』と指示を出したり……。以前までの冷めていたアレクセイとは、まるで別人のような変わりようでな……」
(商会に指示まで出してたの!? アレクセイ様、行動が早すぎるわよー!!)
公爵様は真剣な表情で、私に向かって頭を下げかけた。
「以前のお前たちを見て、私は『この婚約はうまくいかないのでは』と心配していたのだ。……だが、まさか息子の方がここまで重く狂うとは思いもしなかった。……エルザ嬢、どうかあいつを見捨てないでやってほしい」
「父上、余計なことを言わないでください。エルザが僕を見捨てるわけがない」
「黙りなさいアレクセイ! お前のその重さが嫌がられているかもしれないのだぞ!」
(お義父様……! いえ、公爵様! あなただけがこの状況の異常さを分かってくれているのね……!!)
冷酷だと噂されていた公爵様は、ただの「重すぎる息子に頭を痛める苦労性なお父様」だった。
「エルザ嬢。もしアレクセイが嫌がるようなことをしたら、すぐに私に言いなさい。公爵家の権力を使ってでも、お前を守る」
「父上……?」
アレクセイの目が、危険な光を帯びて細くなる。
だが、公爵様はそれを受け流し、私に優しく微笑みかけてくれた。
「それにしても……今日の立ち振る舞いといい、私への配慮といい、素晴らしい淑女だ。アレクセイにはもったいないくらいだな」
「……っ! 父上、エルザを褒めるのは僕だけにしてください」
「バカ者」
公爵様からの評価は、満点どころか大絶賛。
破滅フラグを回避し、円満に引き下がろうとした私の作戦は、「公爵様からも全面的に認められ、外堀を完璧に埋め立てられる」という結果に終わったのだった。




