開き直った悪役令嬢と、甘すぎる従属
あれから数ヶ月。
王立貴族学院の生徒会室は、かつての厳格で冷たい雰囲気から一変し、妙に甘やかで穏やかな空間へと姿を変えていた。
「エルザ、今日届いた焼き菓子だ。一口食べるか?」
最高級の紅茶とともに、一口大のクッキーを私の口元へ差し出してくる男――生徒会長にして私の婚約者、アレクセイ・フォン・カルステンである。
「……カルステイン様、私には手がございますので、自分でいただけますわ」
「ダメだ。僕が食べさせたい」
「……」
かつての私なら、冷酷な彼に放置されて泣いていた。
少し前の私なら、破滅フラグを恐れて「どうぞマリア様とお召し上がりください!」と悲鳴を上げて逃げ出していた。
だが――今の私は違う。
(……はぁ。もういいわ。諦めたわよ!!)
私は思考を放棄し、すっかり開き直っていた。
どうせ何を言っても逃げてくれないし、円満な婚約破棄なんて夢のまた夢。
ならば、この男の重すぎる執着と激甘な甘やかしを、利用できるだけ利用してやろうじゃないの!
「ん」
私が観念して小さく口を開けると、アレクセイは目を細めて蕩けるような笑みを浮かべ、優しくクッキーを口に運んでくれた。
「美味しいか?」
「……ええ、大変美味しゅうございますわ」
「そうか。なら、この製菓店をまるごと買い取っておこう」
(スケールが極端すぎるのよー!!)
心の中で突っ込みを入れつつも、私は優雅に紅茶を啜った。
そこへ、パタパタと可憐な足音が響き、生徒会室の扉が開いた。
「エルザ様~! 今日の放課後、一緒に図書室でお勉強しませんか?」
入ってきたのは、ヒロインのマリア様だ。
彼女は私を見るなりパッと笑顔を咲かせ、アレクセイのことなど視界に入っていないかのように私へ駆け寄ってくる。
「まあ、マリア様。ええ、喜んでご一緒しますわ」
「やったー! エルザ様とお勉強すると、すごく分かりやすいんです!」
私の隣に当たり前のように腰掛け、嬉しそうに腕を絡めてくるマリア様。
かつては「ヒロインとヒーローの邪魔をしちゃダメ!」と怯えていたけれど、今やマリア様は私を「頼りになる素敵なお姉様」として全面的に慕ってくれている。
……そして、その光景を面白くなさそうに睨みつけている男が約一名。
「……マリア。僕のエルザに気安く触れるな。放課後、エルザは僕とデートの予定だ」
「えぇ~? アレク、昨日もエルザ様を独り占めしていたじゃないですか! たまには私にもエルザ様を貸してください!」
「貸すわけがないだろう。彼女は僕の婚約者だ」
「もう、アレクのケチ!」
幼馴染同士のくだらない意地張り合いを横目に、私はふっと息を吐いた。
(……まあ、前世の記憶を取り戻した直後の『絶望の断罪ルート』に比べたら、100億倍マシかしらね)
かつて命がけで折ろうとした破滅フラグは、いつの間にか「愛されまくるフラグ」へとすっかり書き換わっていた。
「エルザ。放課後はカルステン家の街の邸宅で食事にしよう。君の好きな薔薇の花を庭いっぱいに咲かせておいた」
「あら、カルステイン様。それは楽しみですわね。……あ、でもマリア様もご一緒にいかが?」
「えっ! 行きたいですエルザ様!」
「ダメだと言っているだろう、エルザ……!」
嫉妬で眉をひそめるアレクセイに、私は完璧な「元・悪役令嬢」の余裕たっぷりのニヤリ顔を向けてやった。
「いいではありませんか、カルステイン様? 私のお願い……聞けないとおっしゃるのですか?」
小悪魔のように首をかしげて微笑むと、アレクセイは苦しげに胸を押さえ、ぐうの音も出ない様子で顔を覆った。
「……っ、君がそう言うなら……拒めるわけがないだろう……」
(ふふん、勝ったわ!)
かつて冷酷だった氷の公爵令息を、完全に手のひらで転がす術を覚えてしまった私。
開き直った悪役令嬢の学園生活は、重すぎるヤンデレヒーローとピュアなヒロインに囲まれて、今日も賑やかで甘く過ぎていくのだった。




