幕間:兄貴、懐っこいガキを拾う。
いつかどこかであったかもしれない話。
楽しんでもらえると嬉しいです。
夕闇が森の端からじわじわと這い寄ってくる頃、俺は野営の準備に取り掛かっていた。
火打石で焚き火を熾し、手慣れた手つきで重い鉄鍋を吊るす。その間、さっき拾ったこの「リア」とかいうガキは、俺の後ろをずっと付いて回っていた。
(……ったく、危なっかしいったらねぇな)
俺が薪を割れば「わぁ」と声を上げ、道具を取り出せば不思議そうに顔を覗き込んでくる。
旅慣れた人間なら誰でも知ってるような道具を珍しそうに、けれど少しだけ怖々とした手つきで触ろうとする。こいつの仕草はいちいち大袈裟で、まるで初めて見るものに興味津々な猫みたいだ。
「……おい。お前はそこでじっとしてろ。そんな細い指、火に突っ込んだら一溜まりもねぇぞ」
「何か手伝えること、ないですか? 私、兄貴の役に立ちたいんです」
リアは俺の忠告なんて聞き流して、俺が移動すればその裾を掴まんばかりの勢いでウロチョロと付いてくる。
こいつは、俺の面を見ても全く怯える様子がない。それどころか、大きな大剣を背負った俺の背中を、信頼しきったような瞳で見上げてくる。
俺は、周りでちょこまかと動くリアの首根っこを、子猫でもつまむようにしてひょいと持ち上げた。
「……ったく。手伝いは飯ができてからだ。それまでは、ここで俺のことでも見てな」
俺はリアを、乾いた丸太の上に座らせた。突き放すつもりはねぇが、こいつの柔らかそうな肌に火の粉でも飛んだらと思うと、気が気じゃねぇ。
「大人しくしてろ。お前はそこに座ってるだけで、十分役に立ってるんだよ」
「……あ。……はい。ありがとうございます、兄貴」
丸太に座らされたリアが、照れたように、けれど嬉しそうに俺を見つめてくる。
焚き火のオレンジ色の光が、リアの白い肌と、大きな瞳を揺らしていた。……いけねぇ。その「信頼しきった」顔で見られると、なんだか調子が狂う。
俺は照れ隠しにガシガシと頭を掻き、焚き火の爆ぜる音を紛れに問いかけた。
「……お前、いくつだ。その見た目じゃ、せいぜい十四か、十五そこらだろ。こんな場所まで迷い込みやがって」
「……へぇ、年齢なんてよく分かりますね……ふふ。兄貴には、私がそんな風に見えるんだ」
悪戯っぽい微笑。
リアは小首を傾げて、俺の顔をじっと覗き込んできた。
火影に照らされたその表情は、子供のように無邪気な気もするし、すべてを見透かした大人ような気もして、俺の胸をざわつかせた。
「……見えなきゃこんなに心配しねぇよ。その細っそい腕で何ができるってんだ」
俺はわざとらしく鼻で笑い、焚き火の形を整えた。
だが、リアは丸太から少しだけ身を乗り出して、囁くような声で続ける。
「私、兄貴に出会えて良かった。今日で一生分の運を使い果たしたかもね」
淡い火影の中で、リアがポツリと、けれど確かな熱を込めてそう呟いた。
焚き火の薪が爆ぜる音さえ、一瞬遠のいた気がした。
「……っ、バカ言え。そんな大層なもんじゃねぇよ」
俺は慌てて視線を逸らし、手近な木の枝で地面を無意味に弄った。
出会えて良かった。たかだか森で拾って、野営の準備をしてやってるだけの男に、そんな、命の重さ全部を預けるようなことを言うもんじゃねぇ。
(一生分の運、だぁ? ……ガキがそんな、切ねぇこと言うなよ)
こいつが今までどんな目に遭って、どんな思いでこの森を彷徨っていたのかは知らねぇ。だが、その華奢な肩にかかった「運」が俺一人に出会ったことで尽きちまったなんて言われたら、俺がこの先、責任持ってこいつを幸せにしなきゃならねぇじゃねぇか。
俺は胸の奥が熱くなるのを、必死に「ただの同情だ」と言い聞かせ、わざとぶっきらぼうに言い返した。
「運を使い果たしたなんて、縁起でもねぇこと口にすんな。……お前の運は、これから俺が街まで連れてって、美味ぇもんでも食わせる時に取っておけ」
「……あ。ふふ、そうですね。兄貴、意外と過保護だ」
「うるせぇ。ほら、そんな顔してねぇで飯だ」
俺は逃げるように、煮えたぎる鍋を火から下ろした。
木を削って作った不恰好な器に、熱いスープを並々と注ぐ。それをリアに手渡そうとして……ふと、その真っ白で綺麗な指先が目に入った。
(……こんなひょろい手じゃ、重い器を持つのも一苦労だろ)
結局、俺は器を渡すのをやめ、自分で持ったまま、添え付けの匙でスープを掬った。
「ほら、熱いから気をつけろ。……食えるか?」
「え、兄貴……食べさせてくれるんですか?」
リアが驚いたように目を丸くし、それからまた、あの悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あー……っ、お前が火傷でもして泣きつかれたら寝覚めが悪ぃからだ! ほら、口開けろ」
フーフーと、柄にもなく丁寧に冷ましてから、リアの口元へ匙を運ぶ。
リアは「あーん」と素直に口を開け、幸せそうにスープを飲み込んだ。その無防備な様子に、俺はまた「こいつはガキだ、守ってやらなきゃならねぇガキなんだ」と、自分に呪文のように言い聞かせる。
(……ったく、俺は何やってんだ、三十四にもなって)
器を持つ手がわずかに震えているのを、悟られないよう俺は必死に抑え込んだ。
【ガナッシュの精神ログ】
• 理性残量:75%
•庇護欲:街までの同行の約束なんて最早欠片も覚えてない。
• 認識バグ:肯定も否定もされてないのに気付けず。占い師に騙されるタイプ




