九十九話 幼馴染、再び
あれから茂たちと別れたあと、三人で歩いていると中学時代の同級生と出会った。中学時代のあの事件を知っている連中なので、俺が繭奈と関係を持っていたことにとても驚いていた。
それどころか、冬夏までも相手の一人と知って、最終的にふらふらと腰を抜かしそうになっていた。驚きすぎだろ。
それから少しだけ言葉を交わした後に彼らと別れて、俺たちはそのまま家族と合流したのである。ちなみに、冬夏の従姉妹である小春さんや、その友人の好透さんたちとも会ったよ。元気そうでなによりだ。
初詣を終えて、繭奈と冬夏と別れた俺は両親と帰路についた。随分と距離の近い冬夏を見て、両家の親は首を傾げていたが繭奈の友人だからということで誤魔化した。
彼女と繭奈の仲の良さ、そして繭奈の信頼を得た俺ということで、疑問は拭えないながらも一応納得してくれた。
ちなみに、うちの両親には "俺が二股できるような男に見える?" と尋ねてみると "あんな素敵な女の子を射止めたんだからないとも言えない" と返ってきてしまった。親バカかと思ったが、二股なのは事実なので鋭いとも言える。
まぁ二股といえど公認なので、大人たちの納得がないだけで当事者間では問題ないのだ。
そして今、俺はとある人物と話をしていた。
「悪いね。どうしても話がしてくてさ」
「それは構わないんだけど……たしか、繭奈の幼馴染だっけ?」
そう。そのとある人物とはいつぞやか、俺たちの目の前で繭奈の肩を抱いた勘違い男であった。短く整えられた茶髪の彼は、俺の言葉に頷いて返す。
「そっ。棚田 翔って言うんだ。棚田でも翔でも、好きに呼んでよ」
「そうか。俺は蔵真 龍彦だ、そっちも好きに呼んでくれ。んで、その棚田くんはなんの用なわけ?」
あの時に見た様子に比べて随分と人の良い笑みを浮かべた棚田に、俺も自己紹介を返し、素直な疑問を投げかける。
すると彼は、気まずそうに頭に手を当てて笑った。
「いやぁ、繭奈の彼氏とちょっとだけ話してみたくなってさ。家は少し離れてるんだけど、初詣ついでに会えたらと思ってたんだ。どうせ神社はこっちの方にしかないしね」
「そうか。悪いけど、俺は別に話せることなんかないぞ?棚田のこともよく知らないし、話題については完全にそっち任せだ」
俺の言葉に、棚田はもちろんと返す。あの時に比べ不快感のない彼は、そのまま言葉を続けた。
「分かってる、話し相手になってくれただけでもありがたいさ。それはそうと、蔵真くんはどうやって繭奈と仲良くなったんだ?こう言っちゃなんだけど、あの子は元々かなり警戒心が強い方だったから、友達だってそんなにいなかったし気になって」
どうやら棚田は、繭奈を知る幼馴染として気になったらしい。たしかに、彼の言う通り繭奈は積極的に人と関わるタイプじゃない。
相手から来ることはあっても、自分からは必要のない限り行かないな。
「まぁなんていうか、俺としては普通にしてただけなんだけど、それが繭奈にとっては嬉しかったみたいでさ……」
「……?あー、そういうこと?まぁ繭奈は可愛いからね、お近づきになろうとする連中は多かっただろうし、それに比べたら適度な距離を空けてくれるだけでも、特別だったってことなのかな」
棚田は察しが良く、俺の曖昧な言葉を的確に纏めてくれた。さすが繭奈の兄的存在ってわけだ、良く分かっているし頭も良いな。
「あぁ、繭奈もそんなこと言ってたよ。最初のうちは "ただの良い人" だったらしいんだけど、関わっているうちに段々と興味が湧いたみたいだな」
本当は例の事件もあったわけだが、それを棚田に話すのは憚られた。そもそもややこしい話だし、それはまたの機会にすればいい。
「じゃあ君としては、元々付き合いたいとかそういうのじゃなかったんだ?」
「だな。あくまでクラスメイトとしてしか、関わってはいなかったんだよ。まったくどうなるか分からんもんだよな」
腕を組んでしみじみと噛み締める俺に、棚田はそうだねと、軽く笑って空を仰いだ。小さく吐いた白い息が、浮かんでは空に溶けていく。
ほんの少しの沈黙の後、彼はこちらを見て口を開いた。
「俺さ、繭奈のことを妹だと考えてた。けど、本当は全然違ったんだよ。好きだったくせに、気取ってかっこつけて兄のフリして、その気持ちにラベルを貼ってた。綺麗事みたいに」
どういう意図なのか、棚田は滔々と自らの胸中を語り始めた。彼が繭奈のことを好きなのはなんとなく察していたが、まさかあちらから話してくるとはちょっと驚きである。
せめてこっちから尋ねないと言わないと思っていた。
俺は黙ってその言葉を聞いている。
「小学生のときに引っ越しが決まって離ればなれになって、本当は諦めていたつもりだったんだ。でも、久しぶりに会えてすっかり浮かれちゃって、その結果がこないだのあれだよ。少し考えれば分かるだろうに、繭奈に良いところを見せようって早とちりしてた」
もはや言及するまでもない、初めて棚田を見た時のこと。彼が繭奈の肩を抱いて、彼女にキレられてビンタされて……ってやつだ。
内心でめちゃくちゃはしゃいでいたと考えれば、人の話を聞かなかったのは理解できる。興奮すると、人間なんてのは周りが見えなくなるからな。
それを思い出しているのか、棚田は気まずそうに目線を下げて、落ち込んでような表情をしている。
「あのことは本当に申し訳なかったよ。さすがにあんなことがあればさすがに吹っ切れたし、もう勘違いしない。本当は繭奈にちゃんと謝りたかったけど、会えなかったから今回は諦めるよ……って、それもやめた方が良いかな?」
「別に、それくらいなら繭奈も怒ったりしないだろ。同じ間違いをしなけりゃな」
眉尻を下げた棚田の小さな謝罪と、苦笑いしながらの質問。自身の行いから顔を合わせることさえ不安になっているようだが、繭奈だってベタベタ触れられたりしなければ怒ることはないだろう。
ましてや幼馴染相手なのだから、きちんと頭を下げれば嫌悪されることもないはずだ。
「分かった。もしまた機会があれば、ちゃんと謝らせてもらうよ。それに、色々と話も聞きたいし」
「まぁ、それは好きにしてくれ」
安堵の表情を浮かべた棚田。また会ったとて俺に話せることなどあまりないが、繭奈なら色々と話すこともあるだろう。




