最終話 一途な二人と眺める彼女
「そう、翔くんがね……」
龍彦が話を終えると、繭奈は伏し目がちになり、なんとも言えない表情でそう言った。その翔とは、いつだったか繭奈にブチギレられた幼馴染だったはず。
イケメンぽくはあったけど、最後に見せたアイツの情けない後ろ姿がやけに印象的だった。
どうやら龍彦は昨日、初詣の帰りにその翔とやらに声を掛けられたらしく、先日についての謝罪をされ、繭奈と付き合った経緯を尋ねられたらしい。そして別れ際に、繭奈にも謝りたいと言われたのだとか。
その二人の間にどんな会話があったのかは分からないけど、龍彦の様子を見るに少なくともネガティブな出来事ではなさそうだ。
「俺は別にどうでもいいし、向こうも都合良くは考えてないだろうから、話を聞いてやってとは言わないよ。ただそんなことがあったってだけ」
「そう……」
龍彦の話を聞いて、静かに相槌を打った繭奈は彼の肩にそっと身を寄せる。相も変わらず甘ったるい雰囲気を出しており、嫉妬を通り越して呆れてしまう。
思えば、二人が付き合い初めて五ヶ月くらい経っただろうか。夏休み前から付き合い始めたという二人だが、最初はまったく気が付かなかった。せいぜい、話すことが増えてるなと思った程度。
実はあの時にアタシは、繭奈に対して "なんか、蔵真と仲良くなった?" と尋ねたことがある。もちろん "そんなことはない" という返答だったが、今考えてみるとそれはきっと、龍彦をアタシという外野から守るためだったのだろう。
あの時のアタシは龍彦に対して中学の時の印象が強く、興味もなければ関わりたくもないと考えていた。だから、二人が付き合っていると知ったときは繭奈に怒られるくらいに、龍彦をこき下ろしてしまった。
アタシの大切な親友がどうしてこんな男と!ってな具合にね。
しかし、あれだけ他人に興味を持たなかった繭奈が彼にくびったけなことを知って、強い驚きと興味がアタシの中に現れた。それが、龍彦との関係の始めたきっかけ。
最初は悪い印象を持っていたというのに、関わってみるとみるみるうちにそれは覆っていった。いつぞやか彼が言ったように、意外と私もちょろいのかもしれない。
一度覆った悪印象が強い好意へと変わり、今では二番でも良いから傍から離れたくないというくらいに、私は龍彦を強く信じている。
最初は、見たことのない親友の姿を見たかったから、彼女が信じているならと龍彦と友達になった。暴走気味の繭奈に振り回されながら、それでも応える彼が面白くて、良いところばかりが目に入ってくる。
そんなの、好きにならない方が無茶というものだ。
横恋慕であることは自覚しているし、認められているとはいえアタシの立場は浮気相手のようなものだ。もちろん龍彦が選んでくれるなら、いつでも本命にして欲しいとは思うけれども、それが叶わないものだとも理解している。
だからアタシは、この二人のやりとりを特等席で眺めながら、私にもその愛を分けてもらうだけで幸せだ。
「せっかくなら今度翔くんに会ったら、龍彦くんの良いところを教えてあげようかしら」
「ごめん意味が分からん」
相変わらず変なことを言い出す繭奈に、龍彦は真顔で返した。そんな素っ気ない返事に対して、彼は繭奈の腰に手を回す。
そんな二人を見て苦笑したアタシは、腰を上げて彼の隣に座る。すると、龍彦はその腕をそっと腰に回した。
「両手に花だね、龍彦」
「花にしては豪華すぎる」
アタシたちに挟まれた龍彦を少しだけからかってみると、彼は臆面もなくそう言った。すっかり耐性がついているのか、軽くつついた程度じゃニヤリともしない。
しかし、彼の返答に繭奈が嬉しそうにニヤニヤしていた。龍彦からなら少し褒められただけで喜ぶなコイツ。
まぁ、それはアタシも大差ないだろうけど。でもそれにしたって、些か過剰すぎやしないだろうか?今さらだけどさ。
龍彦の部屋で、三人で静かな時間を過ごす。気が付けばアタシも繭奈も、彼の胴に抱きついていた。
落ち着いた幸せな時間だけれど、くっついているはずのアタシそっちのけで、いつの間にか二人が色っぽい雰囲気を醸し出していた。
いやいや、下には龍彦の両親いるのよ?正気か?
そう思ったものの、この二人なら素面でやりかねないと納得してしまう。というか、すぐに二人の世界を作るなコイツらは!
おかしいな、これでもアタシだってモテてたんだけど?それが通用しないとは、龍彦も繭奈に負けず劣らず一途だなと思った。
いやでも二股してるからどうなんだろ。まぁいっか、アタシとしては文句ないし。
「龍彦くん、もう我慢するのはやめましょう」
「え、ちょおい待て待て」
「ぎゃー!」
スイッチの入った繭奈が、勢いに任せて龍彦をアタシごと押し倒してきた。
当然アタシはそれに巻き込まれ、彼ごと繭奈に潰されたアタシは、腰に回していた右腕に思い切り体重がかかる。
痛すぎるだろふざけんな。
「繭奈ストップ、冬夏が危ない」
「あら、ごめんなさい」
潰されたアタシを庇うように、肘で床に手をついた龍彦が、空いたほうの手で繭奈の肩を押さえて制止している。
すっかりアタシを見落としていた彼女はスッと身を引いて、解放された龍彦が体を起こした。
「いってぇわバカ」
「ごめん冬夏。いきなりのことで反応できなかった」
「龍彦は悪くないでしょ、興奮した繭奈のパワーってありえないくらい強いし。ってかアンタもちっとは悪びれろ!」
アタシを起こしてくれ、右肩の後ろをさすった龍彦が、眉尻を下げて謝罪の意を示す。しかし、そんな彼に対して気にした様子のない繭奈の頭に、アタシはチョップをかます。
「悪かったわね。ムラムラしてきちゃったのよ」
「くッそコイツ……」
しれっとした繭奈にムカついていると、龍彦が苦笑いしながら頭をなでてくれる。そうなればアタシだってあげた拳を下げるしかないだろう。
おらもっとやれ。
「……気持ち良さそうね」
「え……?あーうん」
いつの間にか龍彦の手を堪能していたのか、彼の方に体を傾けて目を閉じていた。好きな人に撫でられるなんて気持ちいいに決まってんだろ!
「冬夏もすっかり龍彦くんの虜になったわね。私の気持ちが分かるでしょう?」
「いや押し倒す気持ちは分からんわ」
したり顔の繭奈に理解はできないが、とはいえドキッとするのは分かる。行き過ぎなのは分からん。
「さて、冬夏も落ち着いたことだしそろそろ……」
「相変わらず早いな」
「大会なら一位だよアンタ」
言うが早いか、繭奈がいつの間にか服を脱いですっかりその気になっていた。一度スイッチが入った時のポテンシャル凄すぎだろ。龍彦も呆れている。
脱ぎ捨てられている服を見るに、その直後であることがよく分かる。アタシたちが準備している間に畳んでおいてもらおう。
そんな彼女を尻目に、アタシたちは今日も今日とて行為に及ぶ。当たり前のようにアタシも交じって、二人の仲を特等席で楽しみながら、そのおこぼれにあずかっていく。
繭奈に負けず劣らず甘い雰囲気を作る龍彦を見ていると、やっぱりお似合いなんだなぁと心底思った。
この二人ならきっと、末永く関係を紡いでいけるのだろう。横から見ていてそれが良く分かった。




