真実の鏡の殺意
原作:
殺意のRPG
初回投稿日:
2021年8月10日
原作pt数:
844pt(2023年2月16日現在)
私は、S国を治める王である。
王様の業務というのは、決して楽なものではない。
政治に正解はないにもかかわらず、少しでも人々の生活が不安定となれば、私の責任問題となってしまう。
いざ外国と戦争することになれば、一睡すら許されない極限状況の中、重大な判断を任されることになる。
そんな激務の中で、常に国民に対して笑顔を振りまかなければならない。
人間社会は、魔物の社会と比べて、はるかに複雑であり、気苦労が多い。トロールである私にとって、人間に化けて生活すること自体がすでに楽なことではない。
ましてや国王に化けて生活するだなんて、我ながら物好きだと思う。
それでも、私はS国の国王となったことを一度たりとも後悔したことがない。
権力で人を従わせ、権威を振り翳せるから、ではない。
私は、この国を、そして、この国の民のことを心から愛しているからである。
結局のところ、私は魔物として生まれながらも、魔物として不適格なのである。
繊細な心を持った私には人間社会の方が性に合っている。
国王の業務に関しても、下手な人間よりもはるかに向いていると思う。
現に、私の統治に対して文句を持っている国民は皆無である。
私にとって、国王は「天職」なのである。
今、私は毎日幸せな日々を送っている。
今日の私があるのは、魔物にしては過度に神経質であることを心配し、私に人間社会へと同化することを勧めてくれた両親のおかげである。
同時に、今日の私があるのは、「あの日」の危機を無事乗り越えたからである。
その日、S国に訪れた勇者は、王族に対し、あるものを寄贈した。
鏡である。ただし、ただの鏡ではない。
その者の真実の姿を映す「真実の鏡」である。
どういうわけか勇者は、王族の中に魔物が混ざっていることに気付いていて、この「真実の鏡」によって、私の正体を明かそうとしたのである。
人間社会で平穏に暮らしていた私にとって、それは「人生」最大の危機であった。
もっとも、私は、上手く機転を利かせることによって、その危機を回避した。
もう何年も前になるが、その日のことを回顧してみたいと思う。
…………
「私たち王族の中に魔物が混ざっている!? そんなバカな話はないわ!!」
ヒステリックに叫び、両手でテーブルを叩いたのは、アガレスである。
アガレスは国王の妻、つまり、王妃である。
アガレスがヒステリックになるのは珍しいことではない。お城に住む者にとってはお馴染みの光景である。
彼らはそんなアガレスの様子を見て呆れることが多かったが、今回ばかりは繰り返し頷き、アガレスに同意する者が多かった。
「王妃様の言う通りです。こんなバカな話はありません。これは由緒正しき我々王族への挑戦です。断固として立ち向かわなければなりません」
起立し、そう発言したのは、アガレスの弟であるブネだった。
強気な性格を買われた彼は、この国の護衛兵を指揮する立場にある。
「とはいえ、勇者様の進言です。無下にはできないでしょう」
アガレスの三男であるディアマトが、淡々と話す。アガレスとブネに対しても同じように落ち着くように諭すように。
「勇者の功績を否定するつもりはない。とはいえ、いくら勇者がすごい奴だと言っても、彼がこの国を訪れたのはつい昨日じゃないか。彼がこの国の何を知っているというんだ?」
すかさず兄弟に異議を出したのは、次男であるバルバトス。
「たしかに勇者様といえども、さすがにこの国へのリスペクトが足りないよね。ハッキリ言って、失礼じゃない?」
次女であるブエルがそれに次ぐ。
「私は嫌だよ。鏡の前に立たされて正体を吟味されるのは。別に私の正体は魔物じゃないけど、疑われること自体が屈辱じゃない?」
「俺もブエルに賛成だ」
「私も」
今まで発言のなかった者も含め、多くの参加者が、拍手をし、ブエルに賛意を示した。
私も同様に拍手をした。
王族による会議は、このような緊急事態でない限り、滅多に開かれることはない。
そのため、意思決定のプロセスについて明確な決まりはなかったが、仮に多数決であれば、すでに軍配が上がっている。
また、もしも王族内での地位が高い者によって判断されるのだとしても、この会議の出席の中で一番偉いのは私であるから、やはり結論は出ている。
決して表情には出さなかったが、私は内心ホッとしていた。
真実の鏡は、私をターゲットにした踏み絵なのである。
しかし、アガレスの長女であるグシオンの発言が、会議の流れを一転させた。
「皆さん、この国の歴史を忘れたんですか?」
拍手は一瞬にして止んだ。
誰しもが、グシオンの言おうとしていることを即座に理解したのである。
「今から300年前、この国の王政は腐敗していました。政治は賄賂によって行われており、官僚の出世は縁故で決まり、国民は理不尽な重税に苦しめられていました。そこでクーデターが起き、『王族』が交代しました。国民の代表だった私たちの先祖にね」
グシオンが説明した歴史を知らない者は、この会議はおろか、この国にだって一人もいない。
「今回、勇者からの提案を断ることは何を意味するでしょうか。すでに国民は、勇者からの提案について知悉しています。この国に訪れた勇者が真実の鏡を持っていて、それによって王族に紛れ込んだ魔物を炙り出そうとしていることは、すでに国民の知るところなのです。それにもかかわらず、王族が身体検査を拒否したらどうなるでしょうか。国民は到底納得しないでしょう。私たちに対して要らぬ疑念を抱かれかねません」
「……それもそうね。グシオン、あなたの言う通りね」
王妃アガレスが態度を翻したことで、風向きは完全に変わる。
「私たち王族の中に魔物がいるだなんて、そんなバカげた考え、一瞬で吹き飛ばしてしまいましょう。勇者の持ってきた鏡の前に立つ。私たちの信頼は保つためにはたったそれだけでいいのよ」
「王妃様に賛成です。我々には疾しいことなど何もないんですから、堂々と身の潔白を証明すべきです」
ブネはアガレスの風見鶏である。
つい先ほどは「断固として立ち向かう」などと言っていたのに、なんて白々しい男なのか。
私は心の中で毒付いていたものの、会議場ではブネの発言に対し、再び拍手が巻き起こっていた。
先ほどよりも大きな拍手だ。
――このままではマズイ。
この場で一番偉いのは私である。
私が、勇者の提案を断るべきだ、と発言すれば、私の意見が通る可能性がある。
とはいえ、リスクも大きい。
この流れに棹をさすことは、自分の正体が魔物であることを自白することになりかねない。
ブネの言う通り、「疾しいことなど何もない」のであれば、鏡の前に立つことに反対する大きな理由もないのだから。
他の王族達の視線が私に集まる。
ここで悪目立ちするのは得策ではない。
私は、表情を読まれないように顔を下げたまま、ゆっくりと拍手をした。
…………
善は急げ、というよりは、嫌なことは早く済ませたいと思ったのだろう。
会議の決定事項は、城下町をぶら歩きしていた勇者に直ちに伝えられ、身体検査の集合時間は、そのわずか1時間後に設定された。
私の「人生」のリミットはほとんど残されていなかった。
このわずかな時間の間に、勇者を、そしてお城の者の目を欺く妙案を思いつかなければ、真実の鏡によって私の正体が照らされる。
私は今までこの国で上手くやってきたものの、一度トロールの醜い姿を晒せば、そんなことはお構いなしに、私は抹殺される。
さて、どうしたものか――
身体検査が始まる前に、このお城から抜け出し、S国での生活を捨て去る、ということならば可能かもしれない。
そう思い、私は、お城を出て、城門の方まで歩を進める。
しかし、私の考えはあまりに浅はかだった。
勇者パーティーの一員である戦士が、すでに城門の前で立ち塞がっていたのである。
私は彼と目が合う前に、慌ててUターンをする。
勇者パーティーの実力は本物である。
いくら正体が魔物であるといえども、数年あまり戦闘から遠ざかっている私が、戦士を打ち負かすことができるとは思えない。
仮に戦士とやり合えたとしても、追っ手に囲まれたら終わりである。
魔物であることがバレてしまえば、城中の者、いや、国中の者が私の敵になるのだ。
お城から逃げることはできない。他に私に残された手段はないのだろうか。
真実の鏡に照らされたら終わりなのである。
なんとかして、真実の鏡の前に立たずに済む方法はないか。
たとえば、病気のフリをして、身体検査を逃れるというのはどうか。
――上手くいくはずがない。
ベッドで寝込んでいるところに鏡を持って来られてしまえばそれまでだ。
勇者は、王族の中に魔物がいる、と断言している。
王族である以上、早かれ遅かれ必ず鏡の餌食になるのである。
ゆえに、たとえ、病気で寝込んでいたとしても――
――そのとき、私の頭に、あるアイデアが浮かんだ。
逆転の発想である。
真実の鏡から逃げるのではない。
むしろ、真実の鏡を積極的に利用するのだ。
時計を確認している時間すら私には残されていない。
私は、すぐに準備に取り掛かった。
「ゴホ……ゴホッゴホ……」
大広間の扉をゆっくりと開けた私は、さも病人らしい深い咳払いをした。
「お父様!」
会場に遅れて登場した私に、グシオンが駆け寄る。
「お父様、ご体調が悪いならばご無理はされないでください!」
「……いや、平気だ。……ゴホゴホッ」
「お父様!!」
少しよろけて見せた私に対し、グシオンが腰に手を回して介助をする。
他の王族の面々も、一斉に私に心配の眼差しを向けている。
誰も私の演技には気付いていない。
私は心の中でガッツポーズをする。
「親父、こんなイベントのために無理をしなくてもいいんだぜ」
「いいや、バルバロス、これは大事なイベントさ……ゴホ……」
私は、グシオンの手を振り払うと、大広間の中央で、真実の鏡を抱えて待っている勇者の元へと歩を進めた。
「勇者殿、よくぞ我々の国まで来てくれた。私はこの国の王であるルシフェルだ。挨拶が遅れてすまない」
そう言って、私が半ば倒れ込むようにして勇者の前に跪き、王冠を外し、深く頭を下げた。
同時に、私は鏡の方を確認する。
勇者は鏡を裏向きにして抱えていたため、現在のところ、私の姿は鏡には映っていない。
「国王様、丁重にお迎えいただきありがとうございます。ただ、ご家族も心配されています。体調が優れないのでしたら、ベッドで休まれていたらどうですか? 国王様の検査は後回しにし、最後にお部屋まで鏡を持って伺いますから」
「そんな不甲斐ないことはできないよ……ゴホゴホ……さあ、その鏡で私のことを照らしてくれ……ゴホッ……」
「国王様、大変恐縮ですが、まだ王族の方が全員揃っていないそうなんです。証人が多いに越したことはないので、全員が揃うのを待ちましょう。えーっと、王妃様、誰がまだ来てないんですっけ」
「アザゼルです。私の長男です」
「ご長男のご体調は?」
「悪くはないはずです。先刻の会議にも参加していましたし」
「……ゴホッ!!」
私は、今までで一番大きな咳をすると、その場に倒れ込み、うずくまった。
「お父様! 大丈夫ですか!!」
「グシオン、大丈夫だ。その場にいろ……。勇者殿、すまない。思ったよりも私の体調が芳しくないようだ。ゴホッ……ゴホッ……。我儘は承知でお願いするが、アザゼルを待たず、私の身体検査だけでも早く済ませてくれないか?」
「勇者様、私からもお願いします。お父様を早く休ませてあげたいんです」
勇者は、少しだけ悩んだ後、
「それならば仕方ないですね。ご長男を待たずに始めましょうか」
と言い、鏡を裏向きで抱えたまま、数歩後ずさりをした。
私との距離を取るためである。
距離が近過ぎれば、私を上手く照らすことはできない。
私は、うずくまる姿勢のまま、神経を研ぎ澄まし、その瞬間を待つ。
「それじゃあ、いきますよ」
勇者が、真実の鏡をゆっくりと裏返す。
鏡に、王冠を被ったトロールの姿が映し出される。おぞましい、緑色の化け物の姿が。
広間全体の空気が固まる。
――よし、今だ。
隙は今しかない。
「うおおおおお」
呻き声を上げながら、私は立ち上がると、王冠を頭から取り、真実の鏡に向かって思い切り投げつけた。
見事に王冠が鏡面に激突し、パリンと音を立てる。
「国王の正体はトロールです!! 皆さん、捕まえて下さい!!」
勇者が叫ぶ。
勇者は腰に差している剣を抜いたが、間合いの外にいる私に咄嗟に斬りかかることはできなかった。
これが準備の差である。
真実の鏡が割れたことを確認すると、私は、今度はポケットから黒い球を取り出した。目を瞑った状態で、床に向かって叩きつけた。
「きゃあ!!」
閃光玉である。
眩い光が、短時間であるが、大広間にいる者の視野を潰してくれる。
私は、目を押さえてもがく人々の間をすり抜け、大広間を脱出した。
作戦大成功である。
私は、誰もいない廊下を駆けながら、真実の鏡の恐ろしさに改めて思いを致す。
私の見た目はルシフェルそのものなのに、鏡には緑色の化物として映っていた。
そして、それは間違いなく、魔界で生活していた頃の、本来の私の姿だった。
トロールの持つ高い変身能力をもってしても、真実の鏡は騙すことはできなかったのである。
しかし、そのことを含めて、私が考えた通りの展開だった。
――さて、これでもうおしまいだ。
私は、ついにこの国での安寧を手中に収めたのである。
私は、お城にある自分の部屋へと駆け込むと、扉を閉め、最後の仕上げを行った。
…………
あの日、閃光玉によって目を眩まされた勇者たちは、視界を取り戻すと同時に、ルシフェルを追って大広間を飛び出した。
臣下も含め、城の者はみな大広間に集められていたから、廊下やそれ以外の部屋に警備をする者はいなかった。
唯一見張りとなっていたのは城門を守る戦士だったが、彼は何も目撃していなかった。
つまり、ルシフェルは城の中のどこかに隠れているはずだった。
勇者とお城の者は手分けをしてルシフェルの捜索を開始したが、結論から言うと、ルシフェルは、あまりにも簡単に発見された。
彼は、自分自身の部屋にいて、ベッドに横たわっていたのである。
それは客観的に見ると、ただの病気で伏せている国王であるが、ルシフェルを発見した護衛兵にはそのようには見えるはずがなかった。
護衛兵は、ルシフェルに刃を向けると、有無を言わさずに急所を襲った。
こうして、国王ルシフェルはこの世を去ったのである。
全て私の思惑通りだった。
私は、人間社会においてアザゼルに化けている。
アザゼルは、ルシフェルとアガレスとの間の長男、つまり、皇太子であった。
国王であるルシフェルが崩御すれば、アザゼル――私が新たな国王となる。
勇者が「真実の鏡」を持ち込んだとき、ルシフェルは重い病を患っていて、終始ベッドで寝ている状態だった。
そのため、彼は王族の緊急会議に出席することができなかった。ゆえに、緊急会議においては、皇太子、つまり、次期承継者である私が一番偉い立場にあった。
身体検査を目前にした私は、病気と嘘を吐くことによって鏡の前に立つことを回避できないかと考えた。
それ自体は愚かな発想だったが、そのとき、ふと、病に伏しているルシフェルのことを思い出し、これが閃きに繋がった。
私は、彼に変身し、彼になりすますことを思い付いたのだ。
トロールである私が、自在に人間に変化できることについては、アザゼルに化けて生活している私が一番よく知っている。
身体検査のときだけ、アザゼルの姿を捨て、ルシフェルに変身するのだ。
もちろん、単にルシフェルの姿になるだけでは不十分であり、病気に侵されている様子までもを真似る必要があった。もっとも、日頃より、魔物であるにもかかわらず人間を演じている私にとっては、それはいとも容易いことだった。
そして、ルシフェルになりきった私は、あえて真実の鏡に映る。
そうすれば、トロールは私ではなく、ルシフェルであるということになる。
そのことを皆に知らしめた上で、真実の鏡を割り、再検査を阻止する。
トロール=ルシフェルを固定するのだ。
あとは、その場から逃げ出し、最後の仕上げとしてアザゼルの姿に戻れば、完璧である。
真実の鏡はもう破壊されているのであるから、もう私に火の粉が及ぶことはない。
しかも、この作戦の出来過ぎているところは、ルシフェルを「トロール」として抹殺してもらうことによって、皇太子である私が、国王の座に昇格できることである。
まさに一石二鳥である。
私は、愛するこの国のために、より多くの仕事ができるようになったのだ。
こうして、あの日、私は最大の危機を乗り越えると同時に、最大の栄光をつかんだのである。
グーテンベルクは、既存の木版印刷と、ワイン絞り機の原理を組み合わせることによって活版印刷を発明したとされています。このように、発明が既存技術の組み合わせなのだとしたら、既存のシンプルなトリックの組み合わせによって「新しい」ミステリーが生まれることもあるはずです。
この作品は、倒叙トリック(時系列をあえて逆に書くことで読者を騙す)と王位承継(王が死んだことにより王子が王を承継する)との組み合わせがハマったなと思わず自画自賛した作品です。シンプルながらもかなりの自信作です。
この作品は「殺意のRPG」という連作短編の中の一つのストーリーです。お気付きの方も多いかと思いますが、「ドラ◯エ」から取材しています。
今もあまりゲームはやらないのですが、子どもの頃もそこまでゲームはやらず、「ドラ◯エ」は親がプレイしているのを見ていました。あとは、「ドラ◯エ」を題材にした4コマ漫画が好きで、児童館でよく読んでいました。この4コマ漫画が、本作および「殺意のRPG」の元ネタだったのかなと思います(分かる方いるんですかね……)。
あ、あとこの作品の登場人物は、全て悪魔から名前をとってますが、もっというと、「メギド72」というソシャゲからとっています。当時も、今も、妻がよくやっているソシャゲです笑